葡萄の告白|掌編小説 シロクマ文芸部
(1175字)
レモンからキウイ、グレープフルーツまで。酸味の強いものも含め、果物は郁実の大好物。なかでも、葡萄は特別な存在だ。
だまされた。
新任教師は顧問をするものだと教頭にそそのかされ、副顧問を引き受けたのがまちがいだった。
顧問は1カ月もしないうちに産休に入り、郁実は実質的な後釜に据えられた。申請はとうの昔に受理され、決定事項だったはず。ハメられたとしか思えない。
「朝練スケジュール配ってくれた?」
スマホに熱中していた浅野は、かったるそうに顔を上げ、無言で再びゲーム画面に目を落とす。
「そんなの今どきLINEっすよ、いくみん」
教師を教師とも思わない態度のコイツ。これでも強豪バスケ部の部長で、部員からもクラスメイトからも厚い人望を誇る。
思えば、不運が重なった。
長年、部を率いてきたカリスマ教師がパワハラ行為で追放され、バスケ部の環境は様変わり。くしくも、県教育委員会の方針で、部活動を外部コーチにまかせる過渡期に入っていた。
そんなタイミングで素人教師が顧問になったものだから、風当たりが強いのなんの。根っからの文系社会科教師が、運動部を指導できるわけもない。
先生としてもひよっこだし、右往左往がまわりにバレバレである。
当初は、ノウハウ本や動画を漁って勉強した。けれど、なにを提案しても部員からは総スカン。的外れなことばかりほざいてんなあ、とでも思われたのだろう。
じたばたするのはやめて、浅野に好きにさせてみた。
生徒だけの練習だとお遊びっぽくなるかも。それは杞憂だった。
「宮下。遊んでないで片づけろよ。全員でやれば早く帰れる」
言うべきことは言う。なあなあにさせない。意外と筋の通った生徒だった。
土曜練習。お弁当のあとは、デザート。
「ぶどうまるごとって。引くんすけど」
「えっ、そう?」
実家がぶどう農家なので、シーズンになると大量に食べるのは郁実にとって普通のことだった。
「おいしーよー。食べる?おっしゃる通り、たくさんあるし」
興味はあったようで浅野は黙って手をのばす。一粒食べ、表情を変えた。
あまっ、と書いてある。
「でしょ?けっこう評判いいんだよ。新品種もどんどん取り入れてるし。注文さばくのに大変なんだって」
うれしくなって、ひとしきり自慢話をする。そのあいだ浅野はあいづちを打つでもなく、黙々とぶどうを胃におさめていた。
「いつから?」
郁実がお茶を飲むタイミングだった。
「いつからつきあってんの、コーチと」
週3で指導をお願いしているスポーツクラブのインストラクター。スケジュール管理や指導法など打ち合わせを重ねるうち、グチをこぼせる間柄になっていた。
「郁実先生を認めているのは、あいつだけじゃないんで」
先生と呼ばれるのは、正真正銘はじめて。そのことにびっくりしていると、浅野はいつものあきれた表情をした。
(おわり)
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