パリもちピッツァをどうぞ|連作小説⑦
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どうしよう。いつもはほがらかな一青が顔をこわばらせ、黙ってしまった。扉がひらかれていると勘違いしてしまったのか。距離感をまちがえた?
花歩が動揺していると、魅惑の物体に思考をさえぎられる。
おせちに飽き飽きしたタイミングで、明太子マヨ餅ピッツァの登場だ。縁はこんがり、パリッサクッと小気味よい。生地はもっちり本格派。チーズとお餅がびよーんと楽しい。
「あ……っと、ヘンなこと訊いてごめんなさい」
「うん。それよりどうかな?」
「めっちゃ、おいしいです!」
語彙力のなさゆえ毎回コレだ。
「しょっぱすぎるとかない?」
ナイナイと左手を振り、もちもちを味わう。
王道マルゲリータを筆頭に、ヒナタボコのピッツァは種類が豊富。
美絵の農園から仕入れているブルーベリーと百花はちみつを使用したデザートピザは、花歩のピザ概念をひっくり返した。
そのへんの洋菓子店で売っているチーズケーキより格段においしい。サイズも大きいから幸福感たるや。表情筋がゆるんでしまって「しあわせおばあちゃん」になりそう。
「じつは絶交してるんだよね」
「絶交?」
あっかんべーをして走り去る小学生男子が脳裏に浮かぶ。
「最後に口をきいたのいつだろ?ってレベル」
意外だった。七生との兄弟関係がそんな状態だったとは。
いくら社交的な彼でも、家族となると人にはうかがいしれない事情があるのかもしれない。好奇心だけでうかつに踏み込んではいけない領域だ。逆の立場だったら警戒して口を閉ざすだろう。
たとえば花歩には結婚願望がない。ゼロだ。
母と祖母との嫁姑バトルが激しすぎたのが原因。ひと昔前のドラマでは嫁いびりがお決まりだったが、花歩の知っているそれとはかけ離れていた。
母が長期入院したとき、祖母は母の持ち物を片っ端から処分し、葬儀屋に連絡をとっていた。いやがらせなのか本気なのか、どちらにしても強烈すぎる。
母は不満をすべてグチとして娘に吹き込んだ。家庭を守るため、波立たせないため。我慢している立場に同情はしたけれど、それを聞くのがいやでいやでたまらなかった。心の底から母に寄り添うことができない自分も、許せなかった。
父の態度も煮え切らなかった。注意はするのだが、祖母は息子の意見を受け入れるようなキャラではなかったので、暖簾に腕押し。
そんなエグイ嫁姑関係を他人に聞かせても、反応に困るだけ。だから、今までだれにも言ったことはない。そのはずだった。
リラックスしすぎて一青にしゃべってしまっていた。 休みの日にこうして試作品を食べさせてもらえる。この時間が楽しみなのは、食い意地だけが原因ではないと思う。
仲の良い友人のようなこの関係が一番いい。これ以上は望まない。
「……そっか。話してくれてありがとう。花歩さんはやさしいな。がんばってきたんだね」
自然体であったかい。彼の作る料理と空間そのもの。
冷たく凝り固まっていたものがゆるんでほどけ、熱い液体となって流れ出す。悲しいわけじゃない。安心して人は泣くんだと、花歩はそのときはじめて知った。
(つづく)
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