甘酸っぱいごほうびタルトをどうぞ|連作小説⑥
1209字
職場に妖怪がいる。邪気をまき散らし、近づく者のやる気と生気を奪いとる『士気下げ妖怪』
口を開けば「しんどい」「だるい」「ツライ」
仕事内容、待遇、人間関係。すべてに不満があるらしく、隙をみせれば延々とグチを聞かされる。売上目標を達成しお祝いムードになっても、彼女の態度ひとつで一気に冷めるのだ。
「いやいや、あんたの言動がウザイんだが?」
面と向かって言いかねないから、花歩はありさが暴走しないよう神経を使う。
「陽子さんって名前なのにねえ」
「皮肉が炸裂しとるぞ、花歩」
「ちょっとためしてみたいことがあって」
気の滅入る話を聞かされつづけるとはどういうことか。三島陽子に味わってもらう作戦だ。
「いいねえ。腕が鳴るう」
「お手柔らかに」
陽子の出勤を待ち構え、入れ代わり立ち代わりささいな悩みをこぼす。彼女に話す機会を与えないのがポイントだ。
「なんか今日は疲れました……」
「今日だけですか? わたしたちは毎日ですけど」
臨戦態勢に入るありさ。
「無理に前向きにならなくてもいいです。でも、三島さんはうっぷんを晴らしているようにしか思えない。巻き込まないでもらえますか?」
非難が目的ではない。だれにでもよいところがある。彼女の仕事への情熱に、花歩は感服していた。
「接客がていねいだし、売場の知識も豊富ですよね。相当勉強されているのでは?」
陽子は戸惑ったように自分の手をもむ。
お客さんに笑顔になってもらうこと。それが彼女の原動力だったのだ。今の部署では裏方仕事が多く、モヤモヤしていたという。
「うそお。でかっ」「おいしそ~」
黄色い歓声で空気が華やぐ。
「疲れているときには糖分、というのは科学的根拠はないらしいが。おつかれさまです。みなさんでどうぞ」
10名用フルーツタルト直径18㎝。いちご、ラズベリー、ブルーベリー。繊細なバランスで宝石の城を築く。全粒粉小麦でできた土台は、ザクザク香ばしい。ふわふわいちごクリームとチーズクリームは層を成し、濃厚ながら後味さっぱり。悩みごとも溶けゆく夢見心地。
「ええ? なんでかわからんけどラッキー!」
飛び上がらんばかりに喜び、早速ナイフとお皿を準備したありさ。彼女はムードメーカー、いわば『士気上げ妖精』かな。
『目には目を作戦』を花歩に伝授したのは、七生だった。ヒントをもらった程度だけれど。
「三島さんにはコンシェルジュに移ってもらいます。見抜けなかった私の責任だ。適材適所が聞いてあきれる」
チームの違和感を察し、探りを入れてきた彼。厳しさだけでない心配りはさすが。血も涙もない経営立て直し請け負い人だと、むやみに恐れる必要はないのかも。
「いっただきまーっす。これってヒナタボコのケーキですよね? 弟さんと会えました?」
「……は?」
「一青さん」
彼の表情が崩れるのを見るのはおもしろい。
「なんで……つきあってるのか?」
つやつやのジュレをまとったいちごを、花歩は吹き出しそうになった。
(つづく)
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