小説「ある日の”未来”」第7話
「ごみ」
「今日の勉強は、これでおしまい!」
と未来が言うと、すかさず、学習ロボットが応じた。
「まだ、国語が残っているよ」
時計を見ると、午後2時を過ぎたばかりだった。
たしかに、まだちょっと早いかな……。
でも、今日は苦手な社会をいっぱいやったから、もう疲れちゃった……。
と自分に言い訳しながら、未来はまだ何かブツブツ言っている学習ロボットの電源をさっさと切ってしまった。
リモート学習は、自分のペースで勉強ができるからいい。そのかわり、怠けていると、あとで痛い目に合う。
自己管理がまだよくできない低学年には、ちょっと難しいシステムかもしれなかった。
学習ロボットは、こどもの学習をサポートするにはよくできているが、こどものしつけには向いていない。あくまでもこどものペースに合わせて、勉強に付き合うだけだ。
今は個性の発達が教育の目的として推奨されているが、そのためにはロボット以外に、家族や教師や友だちのサポートが重要だった。
リビングにはだれもいなかった。テーブルの上には、未来が期待していたおやつはなかった。
何かないかなあ……?
未来は冷蔵庫を開けてみたが、相変わらず、中はほとんど空っぽだった。冷蔵庫とはいっても、節電モードを“強”に設定しているこの時期は、たんなる食品庫に近かった。
野菜室には、今朝、ばあにゃが畑でもいでくれたトマトが一つ残っているだけだった。
ちぇ!
未来はこのところ、甘いおやつとはすっかりご無沙汰している。
異常気象で生産が激減してしまった貴重な小麦や砂糖は、もはやお菓子の製造には回されなくなり、甘いビスケットやケーキなど、こどもの好きなおやつはめったにお目にかかれない超高級品となってしまったからだ。
未来ががっかりしてトマトをかじっていると、ばあにゃが縁側からにこにこしながら手招きした。
「いいものがあるよ!」
未来は言われるままに、ばあにゃのあとについていくと、裏の畑から香ばしい匂いが漂ってきた。
「おやつにこれをお食べ」
ばあにゃは杖を器用に使って、焚き火の中から、こんがりと焼けたサツマイモをかき出した。
また焼き芋か……。
内心、そう思ったものの、未来はばあにゃをがっかりさせないようにと、ぎこちなく作り笑いをしながら言った。
「うん、ありがとう。おいしそうだね」
でも、ばあにゃには全てお見通しだった。
「未来はいい子だね。おやつにこれぐらいしか食べさせられない世の中にしてしまって、すまないね」
そう言いながら、深い溜息をつくのだった。
めったにおやつが買えなくなって、こどもには気の毒だが、最低限の食料品しか手に入らなくなったため、家庭から出るごみは驚くほど減っていた。
一昔前まで、収集日のたびに山のように出ていたごみが、今ではほとんどなくなっていた。
以前、政府はごみを減らすため、国民に、リデュース(Reduce)、リユース(Reuse)、リサイクル(Recycle)という、スリーアール(3R)の実行を呼びかけていた。
なかでもリデュース(Reduce)がもっとも重要で、ごみを減らすこと、もっと言うと、ごみそのものを出さないことを求めた。
そのためには、生産と消費、廃棄のサイクルを根本から変えることが必要だった。
政府はごみの出口戦略と称して、減量化を強力に推進した。
企業には、自社の製品から出る廃棄物を全て回収する義務を負わせた。
さらに、全ての製品について、廃棄物そのものが出ない生産方法を取ることを義務づけた。
そのため、製造物責任法とリサイクル法を改正し、製品の安全性と同時に、廃棄物をゼロにするゼロエミッションを義務づけたのだった。
政府はゼロエミッションに目標値を定め、それを達成できた企業には褒賞金を、未達成な企業には課徴金を課すという、アメとムチの政策を導入した。
おかげで、消費者はそれまでのように、面倒な分別を強いられることもなく、ごみは全て、企業が無料で、各家庭に引き取りにくるようになった。
一方、政府は、消費者にはごみの資源化を徹底させようとした。
生ごみは各家庭のコンポストで肥料にし、余る場合にのみ有料で回収した。
各自治体には、それを原料にメタンガスを製造し、バイオマス発電を行うことを義務づけた。
もちろん、経済界は猛反対した。
そんなことをしたら、日本は競争力を失って、経済が破綻すると。
しかし、まさにその経済が破綻することで、ゼロエミッションは達成されたのだった。
というのも、2032年、地球温暖化が限界点を超えてしまった今、これまで、無尽蔵にあると思われていた資源とエネルギーが、深刻な危機的状況に追い込まれてしまったからだ。
水資源や森林資源のみならず、砂やレアアースなどの鉱物資源も底をつきかけていた。
石炭や石油、天然ガスなどの化石資源はまだ残ってはいるものの、地球温暖化をこれ以上加速させないためには、実質的に利用の限界に達していたのだ。
これまでの大量生産、大量消費、大量廃棄を続けた結果として、気候変動の危機と同時に、資源・エネルギーの危機が起こってしまったのだった。
地球温暖化の限界点は、同時に、成長の限界点でもあった。
世界経済はこれまでの成長一辺倒から、否応なしに、ダウンサイジングに転換せざるを得なくなった。
食料品をはじめ、あらゆる工業製品が減産を余儀なくされ、廃棄物は出そうにも出せなくなった。
廃棄物はもはやごみではなく、資源として再利用する以外に、生産そのものができなくなってしまったのだ。
こうして、皮肉なことに、政府がいくら旗を振ってもできなかったごみの減量化と資源化が、地球温暖化と経済の破綻によって、同時に実現したのだった。
地球温暖化で人類が絶滅してしまったら、誰が企業の製品を買うのだろう……?
社会科の勉強が苦手で、未来がこれまで不思議に思っていたこの素朴な疑問は、今や、全人類にとって、動かしがたい真理となったのだった。
未来は特大の焼き芋をまるごと一つたいらげると、思わず、大きなオナラをしてしまった。いかにも照れくさそうに頭をかきながら、
「これで、ガス発電ができるかも」
と言うと、ばあにゃは笑いながら、
「それなら、もっとたくさんお食べ」
と言って、さらに大きな焼き芋を差し出すのだった。
(続く)
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