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#13 子育ての壁
尾石さんの著書を拝読したのは、これで3冊目。どの著書も私の心にグサリと刺さる。
40を前にして待望の第二子の妊娠。
働き方改革を起こしたい。もっとしっくりくる働き方をセットアップして、著者のいう「しなやかな生き方」をしたい。
そんな想いで読み進めた著書だったが、思わぬ気づきに出会うことができた。
5歳になった娘の取り扱いに、頭を抱える日々。ほぼ毎日の登園渋り。「ママとお家にいたい!」「保育園は楽しくない!」「お迎えが遅い!」「パパのお迎えは嫌だ!」と泣きわめく。自分の気持ちを言葉でストレートに伝えてくる幼児期は、乳児期の頃よりずっとキツい。
我が家は夫婦で土日勤務があり、家族揃って休みがある日が多くない。このスタイルは娘が保育園に行き始めた0歳の頃から変わっていない。父と2人で過ごす休日、母と2人で過ごす休日、3人で過ごす休日とバラバラだ。
こういう事情もあって、娘の登園渋りを見ると私との時間が足りないから?と思うのだ。在宅ワークが許される時は保育園を休ませたこともある。結局仕事に集中なんてできるはずもなく、後悔するのだけれど。
娘との時間が足りてないと思う罪悪感から、本人の希望はできるだけ聴こう、家では好きなことをさせようという姿勢がベースになっていた。
そんな時、#ライフシフト習慣術 の中に子育てに関する記述があった。
召使いママ
子供がつまらないと駄々をこねたら「次は別の場所へいこうか?」「スマホでゲームする?」と子供のご機嫌取り。
これは幼少期から子供が不都合を訴えたら親が何とかする関係性が身についてしまった典型例。身近な大人が何でも準備や解決をしてくれるのが当たり前であると学習した子供は常に他人のせいにする他責型思考になってしまう危険性がある。
私たちは子供を自立させた上で自律できる大人として社会に還すよう育てないといけない。親としてのその第一歩は召使いママにならないための自立を意識した行動を親が選べるかにかかっている。
これを読んで衝撃が走った。
私が娘にしてきた対応は、乳児期からアップデートされておらずただの"召使いママ"になっていたのだ。
自分でできることは少しずつ自分で。
と頭の中で思っていたものの、箸を落とせば無意識に私が拾う、お茶をこぼせば無意識に私が拭く、「ジュース」と言われれば私が冷蔵庫から出す…。言えばできることも、無意識に私がやっていたり、やらせると面倒だから…という思いもあったりして召使いママをやっていた。
保育園の準備なんかも、「やりなさい!」の声掛けが面倒でやってしまう日々だけれど、これって結果的に娘の自立を阻んでいるのだと気付かされた。
娘との時間が足りてないと思う罪悪感や、不機嫌にさせると面倒だなという思いで、好き放題させるのは違う。
依存し合うような友達のような関係性は、望んでいないのだが、そこに向かっていたようだ。
登園渋りの解決策は見い出せていないのだけど、子供の自立心を育む大切さ、自立心を育むとは?という学びに繋がった。
子育てって分からないことが多すぎる上、数学みたいにコレが正解!ってのがない。だからこそ自分が手本にしたいと思う育児をできるだけたくさん見つけて、グラグラしない軸を立てられるといいなと思う。
尾石さんの著書は、ピッタリハマるというか、納得できるし、実践したいと思う内容ばかり。こんな本にもっと出会いたいな。