ユーモレスクがつかめない

とある事情で、「ユーモレスク」をある楽器で弾けるよう練習している。
とても有名な曲で、メロディーは誰でも知っているだろう。正しくは、「ユーモレスク集」の、8曲ある曲集のうちの第7番目の曲、ということだそうだ。

当然自分もメロディーは知っていて、確か小学校の音楽の教科書に載っていた。だんだら模様───確か水色とクリーム色の2色のダイヤ(ひし形)模様の服を着て、角がふたつ付いたような帽子をかぶった道化の絵が描いてあり、それが不思議と印象に残っていた。
とりあえず弾いてみるか、と軽い気持ちで弾いてみた。メロディーは頭に入っているし、暗譜の問題はなさそうだった。

しかし、親しみやすいメロディーとは裏腹に、この曲はたいそうな難曲であることに気がついた。タイトルからして「ユーモラスに」弾くのが課題だが、この曲の雰囲気、宙に浮いている雰囲気は、ベタ足素人の日本人ではとうてい出せないと思った。「血」が違うとでも言えばいいのか。

音楽を練習する時は、その曲のテーマやねらいを(自分なりの解釈であっていい)理解していると、とてもやりやすくなる。踊るための音楽、祈るための音楽、指の鍛錬のための練習曲、別れの悲しみや季節の情景の表現、等々。そしてそれは曲のタイトルを見れば分かることも多い。

しかしこの曲は、何を表現しているのか、どうしてもつかめない。軽やかで優雅だが、舞曲ではない。なにか具体的な情景を表しているわけでもない。

以前からこの曲を聴くたびに、もどかしさのようなものを感じていたが、いざ取り組んでみると、それは決定的となった。近寄ろうとすれば遠ざかる、「いやいや、そんなたいそうなものではありませんよ、お気づかいなく」と軽く微笑みながらするりと躱されるような感覚があった。どう解釈すればいいのか、ドヴォルジャーク(最近の表記では本人の母国のチェコ語に近い発音)よ、と頭を抱えた。

ふと、教科書に書かれていた道化の絵が浮かんだ。
そして、この曲がつかめなくて当然だ、と思い当たった。
これは、「普通の人間」の曲ではない、のだ。

ヨーロッパ文化の中には、道化というものがたびたび出てくる。思い出したのは、まず「リア王」に出て来る道化だった。
「トリスタン•イズー(イゾルデ)物語」には、恋人である王妃イズーに会いたいがため、トリスタンが「気狂い」に変装するシーンがある。門前払いかと思いきや、彼は王の眼前に召し出される。ヨーロッパの王宮では、こういった「常人」ではない立場の人びとを遊び相手や娯楽の道具として出入りさせていたのだ。
スペインの巨匠ベラスケスはスペインの宮廷画家だったため、王宮の中にいた矮人症の男性や知的障害のある人びとを多く描いている。「ハムレット」にも、ハムレット自身が子どもの時に道化によく遊んでもらった、おぶってもらった、などと回想するシーンが出てくる。

こういう場合、さて日本ではどうか、と考えると、まず浮かぶのは琵琶法師や瞽女、盲目の人びとだった。
美空ひばりの「越後獅子の唄」は、旅芸人の少女の辛さを唄っているが、彼女は孤児で、親方に「芸がまずいと叱られ」、「ばちでぶたれ」る。仕事先のカラオケでこの唄を聞いていた高齢の女性が「聴いていて辛いわね」と言っていた。

洋の東西を問わず、娯楽、芸能を提供する人たちの身分は非常に低かった。と言うよりも、貧しい人々が日々の糧を得る為に芸能を提供する立場にならざるを得なかったのだろう。孤児、身体機能を失った人びと、故郷を失い流浪する人びと。
それらの人びとが、一人前の人間扱いされることはなく、階級制度の厳しい当時の社会としては、それが当然であった。

(現代の日本でも、その意識が未だ根強く残っていることが、コロナ禍で炙り出されたが)

曲は、軽やかなリズムのメロディーの合間に、優雅で優しい部分を挟み、一転してドラマチックな展開となり、何事もなかったかのように、元のメロディーに戻る。
これは道化の心情なのだろうか、世の人びとに弄ばれながらも、生きるためにその本心を隠しながら愉快を演じてみせる、あるい世間の人間たちの人生───苦を楽でごまかして何とかやり過ごしている、その反映としての道化の姿なのか。

そういえば、日本には「街のサンドイッチマン」という曲があるのを思い出した。
この曲は直球で「俺らは街のお道化者」と歌う。サンドイッチマンは、「ロイド眼鏡に燕尾服」といういでたちで、体の前後に広告の板をぶら下げ、街に立つ。街ゆく人びとは彼に一瞥をくれただけで、気にも留めないだろう。
彼は涙をこらえ、この世は嘆きの海、と呟きながらも「胸にそよ風抱いていく」のである。最後にそう言い切る彼の心情は、一言では言い切れない。平易なメロディーに、人生の哀しみを載せた名曲だと思う。

そこまで考えると、これは自分ごときの人間がどれほど猛練習しても絶対に追いつかないに違いない、また大変な曲を選んでしまったものだ、と別な意味で頭を抱えてしまう。やればやるほど嘘っぼくなる気がしてならないのだ。

しかし、やらなければならない。
あと2ヶ月半で、自分なりに仕上げなければならない。悪戦苦闘は目に見えているが、どうなるのであろうか。

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