15年間でいちばん嬉しい日
「もしかして、息子さん、生徒会長をしていましたか?」
私が働く塾に手続きに来た保護者に、問いかけられた。
「そうなんです」
私は答える。どうやら、息子と一緒に生徒会で働いてくれた後輩のお母さんのようだ。様々なことがあり、学校に行くのを嫌がっていたその子にとって、生徒会は唯一、居心地のいい場所になっているそうだ。
「実は、息子さんのおかげで、私の子は不登校にならずに学校に行けるようになりました。いつも我が家には、息子さんの話題がたくさん出ていたんです。もうすぐ高校受験ですが、うまく行くといいですね。家族みんなで祈っています」
思いがけない言葉を耳にすると、さらにお母さんは話を続けた。
「うちの子も、生徒会を3年間続けていくと話しています。息子さんが3年間したように、前期の役員をしたいそうです」
息子は、3年前、その子のように、「来る予定ではない中学校」に入学した。不合格で傷ついた心でいた時、「生徒会に入ってみたらどうかしら?」と担任の先生に背中を押され、生徒会に入ったのだ。気乗りもせず、ただ言われるままに生徒会室へと向かう。そして、2歳年上の当時の生徒会長と初めて会った。
「君は、先生に言われて生徒会に入ったのではないかな?」
「はい……実は、そうなんです……」
息子は正直に答えた。
「実はさ、僕も1年の時、担任の先生に言われて何となく入ったんだよね」
そう語る生徒会長は、すごく仕事のできる先輩だった。普段、冗談を言っては、ヘラヘラしているのに、裏の顔を持っている。生徒会の中に入ると司令塔となり、皆に指示を与え、人を束ねる力がすごいのだ。先輩を慕う息子に、
「君も、きっと生徒会長になるよ」
先輩は、息子の背中をそっと後押ししてくれた。息子を一緒に連れては、仕事をする姿を見せ、たくさん教えてくれたのだ。
「本当に仕事がしたかったら、前期の生徒会に入るんだ。前期は仕事がたくさんあって大変だけど、やりがいがあるから……」
先輩からのアドバイスを受けた息子は、先輩が予言したように、前期の生徒会長となった。
息子の後輩のお母さんと話をした日、仕事が終わり車の中に戻ると、すぐに息子に電話をかけた。聞いた話を全て伝えようと話しをするが、涙が次から次へとあふれてくる。
「今まで、いろいろ嬉しいことがあったけれど、今日聞いた言葉がいちばん嬉しいほめ言葉だったよ。難しい高校に受かることもすごいけれど、それよりも、もっともっと嬉しい。後輩にいいことをしてあげたね」
電話の向こうの息子に語りかける。
賞がもらえる、生徒会長になる、高校に合格する……何かを成し遂げた時、様々な達成感はあるだろう。そして、頑張った先の結果して嬉しいことだ。その目に見えるような結果を、ほめてくれる人もいる。
だがその結果ではなく、息子がただ息子らしく生きていて、それが誰かの支えになり役に立てたと分かった感動は、初めてではないだろうか。
私の知らないところで息子について明るく話し、その子が幸せを感じている。そのことは、何かの賞を皆の前でもらうより感動的で、私は本当に嬉しかった。
「あいつは、頭の回転がいい子だって、思っていたよ。でも、僕は、何もしてないけどなぁ」
息子は実感がわかないようだった。
「お世話になった、元生徒会長も、たくさんしてあげたって言わないのではない?」
息子に問いかける。
「そうだね。そう言いそうだよ」
少し思い出したように、息子は笑いながら答えた。
本当に相手を思って動く時は、「してあげている」とは思わないのかもしれない。だから、その心がシンプルに相手の心に刺さり、その優しさは心に響く。
息子は、息子のように学校を嫌がる子を、知らぬ間に助けていたようだ。傷ついた息子が元生徒会長からしてもらったように、息子もただしていたにすぎないが、生徒会の伝統を確実に受け渡していたことにもなる。
仕事を引き継ぎ、次に渡すことだけが、本当の伝統ではない。息子は、元生徒会長からの「心」を伝えることができたのだ。
息子は息子らしく過ごし、その姿で誰かを幸せにできた。何か大きなことを成し遂げるより感動的で、今までにない嬉しさがあふれた1日だった。だから、帰りにスーパーに寄って、普通は買わないフルーツの盛り合わせで、息子が人を幸せにしていたことをお祝いした。息子は当たり前の仕事しかしていないから、ピンとはきていなかったが、私がこんなに泣いて喜んだ日はないはずだ。
さらに、特別に……と息子が好きな少し高めのストロベリーアイスもプレゼントした。
息子の15年を見てきて、いちばん感動した1日だった。
これからも、息子らしさを大切に「今」を息子らしく生き、周りの人を幸せにしてほしい。