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小説 弦月

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創作大賞2023恋愛小説部門 中間選考通過作品です。時間軸を超えて過去と現在の熱情が交錯する物語。宿世の業と自由意志について書きました。
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2023年6月の記事一覧

小説 弦月7

小説 弦月7

 その施設の介護スタッフのシフトはだいたい月に3、4回夜勤があった。夜勤は16時から翌日9時までの勤務だった。日勤は早番、中番、遅番と細かくシフトが組まれていて、休みは土日祝日関係なかった。鈴木さんのほかは、男性のスタッフはひとりだけだつた。

 私は畑違いの職種から転職してきたし、一番下っ端だったので、率先して雑用を引き受けるようにした。迷ったら自分ひとりで判断しないで、先輩に報告して相談するよ

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小説 弦月8

小説 弦月8

 鈴木さんとは表面上はいつも通りに接して、その冬は何事もなく終わった。年が明けて日がどんどん短くなり、やがて春が訪れようとしていた。

 私は腰痛対策として、週に一度マンションの近くにあるヨガ教室に通うようになった。同僚の間でも腰痛を抱えている人が多く、その教室を教えてもらって始めたら、すっかりはまってしまった。ヨガの先生は私よりもひとまわり年上の女性だったが、肌も髪も美しく、とても若々しく見えた

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小説 弦月9

小説 弦月9

 直子とは時々仕事帰りに居酒屋やバーで酒を飲んだ。直子には恋人がいて、結婚の準備を進めているところだった。直子が結婚してしまったら、仕事帰りに気軽に食事をしたり出来なくなるんだろうなと思うと少しだけ寂しかった。

 4月のはじめの週末、仕事が終わったあと直子の恋人とその友達と飲み会をした。直子の恋人は背が高く、日焼けをしているがっちりした男性だった。言葉の雰囲気に、男性的な力強さが漲っていた。サー

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小説 弦月10

小説 弦月10

 翌週の水曜日、鈴木さんと職場で顔を合わせた。私は小料理屋での事を謝った。

「私、お金を払わないで帰っちゃってすみませんでした。鈴木さんが払ってくれたりしました?それなら払います。いくらですか?」

「いや、それくらいいいよ。いつも仕事を頑張ってくれてるし。それより体調は大丈夫?あのあとちゃんと家に帰れた?」
鈴木さんいつもの穏やかな笑顔で言った。

「うちはあそこのすぐ近くなので、大丈夫でした

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小説 弦月11

小説 弦月11

 7月の始め、仕事が終わり駅からマンションへ向かう途中、道ばたで偶然鈴木さんに会った。向こうも仕事帰りだった。彼は白いTシャツにジーンズという格好だった。黒いショルダーバッグを肩にかけていた。

 鈴木さんはおそらく私のマンションのすぐ近くに住んでいるのだろうとは思っていたが、小料理屋以外で会うのは初めてだった。私は近所のスーパーに寄ったので、肉や野菜が入ったレジ袋を右手に持ち、左手にはトイレット

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小説 弦月12(最終話) 

小説 弦月12(最終話) 

 夏の終わり、鈴木さんが10月末で退職することが決まった。まあとっくに決まってはいたのだろうけど、私がそれを知ったのは8月の終わりだった。

 この夏が過ぎて、秋が訪れたら鈴木さんには会えなくなる。私は夜が来ると毎日泣いていた。この気持ちを一体どこに持っていけばいいのかわからなかった。私達はただの同僚で、別に恋人同士だった訳ではない。外でデートしたこともなければ、ラインで連絡を取り合ったこともない

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