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バイオ系で年収1000万円は狙えるか?



バイオ系のキャリア事情

この記事では、「バイオ系」のお給料について議論したい。さて、「バイオ系」というと言葉のニュアンスは人によって受け止め方が様々だが、ここでは理学、農学、工学のバイオ系・ライフサイエンス系の大学院を経て(ただし医師免許などの「食える」資格を取れる医学、薬学、歯学、獣医系は除く)、ポスドクやテクニシャンあるいはバイオテック系企業に進んだ人のキャリアについて議論したいと思う。

ここでの「バイオ系」の定義

  • 理学、農学、工学のバイオ系・ライフサイエンス系

  • ただし医療系(食える)資格とは無関係な系統

  • ウェット(実験系、つまりコンピューターはあまり使わない系)

  • 大学院修士、博士卒(わりとガチで研究を経験した人)

20年くらい前に個人で調べた当時、博士の場合はこの進路を経る人は全体の30-40%程度、年間5000ー6000人程度であった(最新の数字は学校基本調査などの公的資料で確認してほしい)。ちなみに"食える資格”である医学薬学部系も合わせると、博士の7割がバイオ系。なので、大学院博士卒やポスドクのキャリアを議論する上で、実は「バイオ系」は”メジャー”なのである。

アカデミックキャリアの給与水準

アカデミックキャリアの給与水準については、部分的な統計情報はあるけど、実はわかりやすいものはあまりない。なので個人の感想レベルで少々乱暴に議論をすると、主要なアカデミア研究職の年収は概ね以下のイメージ。ちなみに国家のエリートポスドクである学振PDが350万円程度、理化学研究所の基礎科学特別研究員が650万円程度(最近70万円程度増加した)なので、これらが一つの基準になっている(ように見える)。

  • ポスドク(28歳〜30代、もしくはそれ以上) 年収300〜500万

  • 任期付き助教〜講師(30代〜40代) 年収300〜600万

  • ラボテクニシャン 年収200弱〜300万

ちなみに任期のない教授職になれば年齢によっては年収1000万円はいくが、この業界で任期無しの教授になれる人は非常にかなりレアキャラ(同様に任期無し准教授になれる人もそれなりにレアキャラ)なので、本稿ではあえて議論しない。(大多数には残念ながら関係がないので)

教授・准教授がレアキャラで狙うのは困難だというなら、バイオ系人材の多くのキャリアはどこに向かうのか?実は、バイオ系出身者の将来のキャリアパスの最終形態は「企業就職」、というのが一般的だ。なぜなら、アカデミックキャリアは上に行けば行くほど競争倍率が高くなる。正規雇用(定年制)教授や准教授の椅子の数がどんどん減っていく椅子取りゲーム(なのに新人研究者は増え続ける)。今後も少子化による大学の統廃合で正規のアカデミックポジションはますます縮小していくので、バイオ系でキャリア構築の途上にある者の多くは、現実的かつ最終的には民間企業を目指すようになるはずである(もちろん、40歳になってもあるいは50歳になってもポスドクや任期制助教等のポジションを渡り歩続ける人も一定数はいる)。

ここで、バイオ系の当事者の多くは学生時代には想定してなかった困難に出会う(という人が多いだろう)。バイオ系は「理系」だというのに、実は食える資格も他の業種に応用できるスキル・技能を持っていないケースが多いからだ。バイオ系は生命科学についてはトップレベルの知識を持つが、医療の資格ではない。薬剤の知識があっても、薬剤師ではない。マウスの解剖は何度もやっているが、獣医にはなれない。勉強は教えられるけど、教員免許は持っていない。パソコンはまぁまぁ詳しいけど、物理系や数学系ほどは使いこなせないし、なんなら、文系の経済学部のデータサイエンス専攻より劣る場合も多い。要するに、バイオ系は「他の分野で潰しが効かない」のである。

では、「他の分野で潰しが効かない」のであれば、逆転の発想で「バイオを活かせる仕事」を探してみてはどうだろうか?本稿では「バイオを活かせる仕事」へ挑戦して1000万円越えを狙えるか、について議論してみたい。

バイオテックキャリア

バイオ系人材が民間企業の道を模索するとき、もちろん他のジャンルの仕事、例えば金融系やコンサル系、あるいは弁理士受験をして特許事務所にチャレンジする、なんて人も少なくはない。でも、これまでの経験と知識を生かせる民間企業としては、身近な業界である「バイオテック系」というジャンルを検討してみてはどうだろうか。これは、研究に使う機器や試薬、あるいは受託サービスや理化学系商社での仕事で、バイオ系人材には親和性が比較的高い業界だ。

以下は、代表的なバイオテック系の業種を示す。

バイオテック系の業種

  • 試薬系メーカー:研究用試薬や消耗品、小型の実験器具などを扱う

  • 装置系メーカー:測定機器、大中小の解析装置を扱う

  • ソフトウェアメーカー:解析ツールの販売やサブスクリプション、研究目的に応じたカスタムソリューションなど

  • サービスプロバイダー:試薬や測定機器を用いて受託解析を行う

  • ディストリビューター:海外メーカーやベンチャーの委託を受けて製品を販売する

  • ディーラー:メーカーやディストリビューターの取り次ぎとして、地域に根ざしてエンドユーザー(大学購買部)との取引に介在する

  • バイオベンチャー:大学等の技術をベースに作った少人数の新しい企業で、スタッフには大学院生や研究職経験者も多い

  • バイオ系イベント会社:広告、調査、学会企画運営、ラボ事業、ベンチャーサポート等

以下は、代表的なバイオテック系の職種を示す。

バイオテック系の現場の職種

  • 営業:理化学製品を扱うため理系のバックグラウンドが必要。大学教授クラスに理化学製品を売り込むワケなので、場合によっては博士・ポスドクレベルの科学的見識が求められる場合もある。顧客やディーラーだけでなく、社内の関係部署との円滑なコミュニケーションを取る必要がある。直近の売り上げ数字に責任を持ち、商談をマネージメントするビジネスリーダーである。ビジネスの全体を俯瞰することができるため、営業から様々な部署に転向することもできるし、転職も多い。バイオテック系職種の中で、最も経営者や社長に挑戦できるポジション。学歴は学部や修士が多いが、博士出身者も一部いる。

  • インサイドセールス:この職種がある会社とない会社がある。基本的にはオフィスに常駐し、電話やメールでビジネスをリードする営業。業務は様々で、電話・メールでの新規開拓、既存ユーザーのメンテナンス、ディストリビューターやディーラーとのオンライン商談など。出張でコストのかかる外回りの営業に対して、低コストで効率よく多くの顧客をカバーすべく設置されるポジション。

  • マーケティング:「売れる仕組み」を作るお仕事。営業と同じコマーシャル部門だが、営業よりも理論的な仕事が多くなり、外資系企業なら高い語学力も必要になる場合も。この業界では、営業が強い会社とマーケが強い会社に分かれる。基本的に中長期的な売り上げに責任を持つが、上からのプレッシャーでいきなり「短期的な売り上げの責任」を持たされることも。現場の営業と戦略が合わず、営業チームと仲が悪くなるケースもチラホラ。学歴は修士以上が基本だが、語学力が求められるため海外留学経験者(博士・ポスドク)も多い。

  • マーケティングコミュニケーション(マーコム):マーケティング部門の一つで、エンドユーザーの管理や学会出展などのイベントマネージを担う。外資系企業の場合、日本支社のマーケティング部門の職種は実際にはマーコムであるケースも多い。(中長期的な戦略を担うのは本国のマーケ)

  • 技術営業(セールススペシャリスト、学術、等の様々な呼び名がある):会社によって立場は様々で、営業寄りで技術的バックグラウンドに明るい、というケースもあれば、マーケティング寄りで担当製品の中長期的な販売プランに関わる、ということも。基本的には「営業」と名がつく場合は、売り上げ数字に責任を持つことになる。営業が強い会社では営業のサポート役となるが、マーケが強い会社では技術営業が営業活動の司令塔のようになる場合もあり、会社によって様々。学歴は修士以上。

  • フィールドアプリケーション、テクニカルスペシャリストなど、会社によって呼び名は様々:基本的には客先に赴き、技術的な案内や実験実施をする。技術営業と同じように担当製品の売り上げ数字に責任を持つケースもあるが、実験の実施がメインの場合には技術そのものや担当した件数、ユーザーからのフィードバックが評価基準になることもある。学歴は修士以上で、博士・ポスドクが多め。

  • テクニカルサポート:ユーザーからの問い合わせに応えるスタッフ。基本的にはオフィスに常駐し、電話やメールでの対応をする。学歴は修士以上が普通だが、学部卒でも可能な場合もある。ただしほとんどの技術文書は英文なので、英語のマニュアル等を読みこなす語学力は必要。会社によっては、コマーシャル部門であるインサイドセールスと業務を兼ねるケースもある(業務効率化のため)。

  • エンジニア、サービススタッフ:装置メーカーには必須の役職で、装置のインストールやメンテナンスを担う。機械系、電気系など、非バイオ系の人材が多い。こちらはバイオ系とは異なるキャリアになる。

バイオテック系の学歴と職種

バイオテック系には上記で述べたように複数の業種や職種があり、大学院卒やポスドク出身者でも活躍できるポジションは多い。個人的な感覚的では、一般的な学歴割合は学部卒20%、修士卒50%、博士・ポスドク経験者30%、くらいな感じ。この割合は会社によってかなり異なり、メーカーで最先端技術(次世代シーケンサーなど)を扱う場合は学歴高めな人材が多く、メーカーでも定番製品(ピペットとか純水装置とか)を扱うケースでは学部卒の割合が多くなる。

バイオテック系のその先の転職と出世について

いずれの職種・学歴であっても、この業界では「昇進」というとその職種の小規模なチームのリーダー格になることであって、それ以上の「出世」の機会はあまりない。いわゆる「ジョブ型雇用」が主流であり、年齢を重ねていけば部門の管理職としての階段を上がる、というシステムにはなっていない。だから、50歳、60歳になっても変わらず同じ仕事を続ける人も多い。

また、現場リーダーが次の出世をしない限り、その下のスタッフが現場リーダーになるのは不可能である。現場リーダーが現職に満足していて特に大きなミスもしない場合、現場リーダーは定年まで会社にいることになるので、その部下達が出世できる機会は当面はない。よって、そういうポジションで出世を求める場合、必ず転職を考える必要がある。

幸いなことに、この業界は流動性が盛んで、転職をサポートする転職斡旋会社も多い。特定の職種で十分なキャリアと経験、科学的知識などをしっかり高めれば、別の同業他社で空きポジションがあれば、給与を大幅に上げながら転職することができる。逆に、転職をしないと給与はそれほど上がらない(成長が著しい会社であれば、そこにいるだけで毎年昇給することもある)。また、30年も40年も存続できるバイオテック企業は稀なので、昇進を希望しなくても転職をしなければならなくなる人は多いだろう。

バイオテック系の給料事情(A君の場合)

さて、ここからはみなさんが気にする給料についてだが、その前にこの業界の「ベース給料」について議論しよう。それは何かというと、公的な研究者やラボテクニシャンの給料だ。この業界の人材供給源は大学院生や研究者、あるいはラボテクニシャンなので、基本的にはそれらよりも待遇が良くなければ誰も来てくれない。

研究者の給与は、国の基準が参考にされる。学振PDと呼ばれる国が整備した任期付きポスドクは、年収は概ね350万円程度。それからラボテクニシャンの相場は様々だが、概ね200万弱〜300万円程度である。日本の正社員平均給与は500万円程度(半数は短大や専門学校等の学歴)なので、残念ながら日本の公的研究機関の研究人材の給与水準は、大学院卒レベルに相応しいものとは言えない。

では、公的研究機関で働くバイオ系人材がバイオテック企業にチャレンジしたとして、年収はどのくらいになるのか?一例として、筆者の知人A君の実例を書いてみよう。

A君は大卒ですぐに理化学研究所のテクニシャンになり、最初に所属したラボでの初任給は18万円(年収200万円)であった。3年目には別のラボに異動し、月給は額面で25万円(年収300万円)にアップした。しかしその後30歳になっても昇級せず、年収は300万円のまま。A君は当時結婚もして子供もいたことから、待遇への不満と将来への不安があった。A君は30歳を区切りに民間企業への転職活動を開始した。

A君は人材斡旋会社のサポートもあり、31歳でアメリカ系の大手バイオテック企業日本法人の営業職に転職でき、年収は一気に倍増して600万円程度になった。その3年後、成長著しい同業他社に同じく営業職で転職すると、さらに倍増して1200万円程度になった。A君は営業センスがあり、理化学研究所で学んだバイオの知識も相まって営業チームのエースとして大活躍し、数年するとインセンティブボーナスや好調な会社の株価の影響で年収は一時1800万円にまでのぼった。これは、一般的なサラリーマン基準でいえば相当に高い部類だろう。ただし、この会社の営業職ではどんなに良い結果を出しても、出世はできなかった。いくら年収が上がっても、A君のポジションはヒラの営業マンのままであった。

A君はこの「出世できない」という状況をなんとか打開したいと思って、執行役員になれると誘われて創業期のベンチャー企業に転職した。しかし、給料的にはこれは大失敗で、年収は三分の一の600万円にまで激減した。とはいえ、後にして思えばこれははやり「出世」への近道だった(A君が失ったお金は大きいが)。そのベンチャーは1年半で辞め、次は小規模な外資系の理化学機器メーカーの日本法人で事業部長になった。事業部長といっても部下は2人だけで、ヨーロッパの工場から製品を輸入して、日本で販売+アフターフォローまでのオペレーションを全て統括する、という仕事だった。このとき、仕事内容のハードさの割に年収は700万円程度と高くはなかったが、A君は小さな会社で営業から輸入管理、サービスサポートやエンジニアリングにまで及ぶ多くの業務を責任者の立場で経験することができた。この「給与は下がるけど管理職」という挑戦は、A君のキャリアの中でも大きなターニングポイントであっただろう。彼はこの会社で2年弱を経験し、再び転職して、とある外資系企業の日本法人代表のポジションに就くこととなる。42歳の時だった。彼は現職については給与額を伏せているが、年収が1000万円以上であることは間違いはない。

以上は筆者の知人A君の体験談である。彼が成功するためには複数回の転職と、チャンスをモノにできる幸運が必要であったことだろう。しかし、バイオ系キャリアに挑戦する若手の皆さんには理解して欲しいことがある。それを以下に5箇条としてまとめておこう。

バイオ系キャリアで1000万円を目指すための5箇条

  1. 一つの専門職種(営業職など)である程度優れた結果を出すこと

  2. 企業規模や給与額や年齢(経験年数)に依らず、ベンチャーや新興企業でいいので管理職(マネジメント職)を目指すこと

  3. 外資系企業で海外社員と毎週Web会議をするような仕事に就くこと(英語コミュニケーションの実績を積むことは必須)

  4. 社外や異業種、異文化とのコミュニケーションの輪を広げること

  5. 転職の失敗や、積み上げてきたことからの撤退を恐れない。いつでもリセットできる勇気を持つこと。

本稿の議論は以上である。最後の「いつでもリセットできる勇気をもつこと」については、現在大学院やポスドクとして研究を続けようかどうか悩んでいる人も届けたい言葉だ。なぜなら、人は時間と労力をかけて進めてきたことから、簡単には撤退ができない習性(本能)をもつからだ。しかし、現状を維持することで不幸に向かうことが明らかな場合、本能に逆らってリセットできる勇気を持たなければならない。ここまで読んでくれた読者諸君の幸運を祈る。



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