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紫式部も見た京都西山・大原野の風景と今 by 稲垣文拓(GEN監査)

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 日本最古の物語から当時の西山の風景を想像しています。竹取物語、源氏物語、伊勢物語、それに伴う和歌の数々。時代を超えて人の手を加えられてきたとしても、この土地に生きる人々がどんな思いを込めて風景を見てきたか? その暮らしを思い、にわか百姓の感覚をとおして拙い文章にしてみます。
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 山城国乙訓郡灰谷村蓼平 これが今私の住んでいる場所の旧地名です。名の通り石灰岩が取れるため、弥生時代に石作連が移り住んでいました。今は、絶えてなくなっていますが、村の氏神として早尾神社のある場所に石作神社があったそうです。我が家の北窓からは、和歌で有名な小塩山が見えます。名神高速下り側を桂川パーキング付近から見ると、きれいな三角錐の頂きで目立ちます。この小塩山の東麓には、奈良春日大社の分祀、大原野神社があります。長岡京の時代、ここは天皇の狩場であり、桓武天皇は好んで鷹狩をされたそうです。以降の歴代の王がここへ行幸されています。

 大原野神社の近くに、正法寺という真言宗のお寺があります。そこで年数回歴史の勉強会があり、私も郷土の歴史を知るよい機会なので参加させていただいています。勉強会を通して、普段軽トラで走りまわっているアスファルトの道の下は、はるか昔、京からの牛車が通り、馬が通り、参詣の人々が通っていたのかと想像すると、今までと違う輝きを放ち始めます。いったい古人は、車窓から、馬上から、行列の傍らから何を見ていたのでしょう?

 紫式部は、実際に何度も宮仕、女房として大原野神社に来ています。源氏物語29帖『行幸』の中に、冷泉帝の大原野行幸の描写が出てきます。紫式部が生きた時代は、貴族の鷹狩も天皇の権威的な行事となっていたようです。物語の中、冷泉帝の大原野行幸に、源氏は、一身の理由で参上しなかった。その場面で二人の歌のやりとりのなかに、当時の風景をうかがい知ることができます。

   雪深き小塩の山にたつ雉の古き跡をも今日は尋ねよ 冷泉帝

   小塩山みゆきつもれる松原にきょうばかりなる跡やなからむ 源氏

 紀貫之らが編纂した勅撰和歌集にも小塩山が登場します。

   大原やをしほのやまのこまつ原はや木高かれ千代のかげみむ 紀貫之

 都の造成に、西山一帯の木や石材を切り出していたことでしょう。その跡に小さな松が生えた陽当りのよい山並みに小塩山もあったのでしょう。ハゲ山に降る雨が小畑川を暴れさせ、長岡京の町を破壊し、直ぐに平安京に遷都することになります。小畑川が運んだ肥沃な土は、大原野に豊かな生物相を育みます。渡来系の人々は、大陸の面影をこの広がる大地に感じとっていたのに違いありません。式部もこの風景に見入っていたのだと思います。

 源氏物語以前に書かれた竹取物語からも当時を推測してみましょう。かぐや姫に求婚する貴公子が五人出てきます。その一人、石作皇子は、名前からして、灰谷村の出身でないかと思うのです。竹取の翁は、おそらく洛中と大原野を隔てる向日町台地(今は洛西ニュータウンと竹林公園になっている)に暮らし、丘陵に生える真竹の細工ものを作っていたのでしょう。比叡山から昇る月は、我が村の三鈷寺からはことのほか美しく見えます。望月が洛中を明るく照らし、翁の屋敷から姫が天に昇る場面にうってつけのシチュエーションになります。

 どの時代も、人の世の栄華盛衰の儚さ、もののあはれが物語になっています。西山を舞台に、切なさの系譜は、さらに続きます。

 在原業平の隠棲した寺は、十輪寺といいます。私の家から南へ歩いて15分程度(善峯川を渡りますが)。そこから大原野神社へは、北へ丘を一つ越えて一時間程度です。のんびり歩ける距離ですね。業平が焚く塩釜の煙が高く上がれば、大原野神社へ参拝する中宮彰子の目にも入ったはずです。

 西行法師が出家した場所も大原野です。今は花の寺として、有名な勝持寺です。何の因果か、栄華を極めた藤原氏ゆかりの大原野神社のすぐ裏に位置します。

 現在は、十輪寺の業平しだれ桜、勝持寺の西行桜、大原野神社は千眼桜が参拝客の眼福になっています。

 さて、最後に紫式部に戻します。都を離れ父の赴任先、越前で詠んだ歌が知られています。

  ここにかく日野の杉むら埋む雪小塩の松に今日やまがえる 紫式部

 いまや、小塩山の松は代を継がず、木挽きの唄声も炭焼きの煙も無く、竹細工をする翁もいなくなりました。西山一帯は、シイ、カシなどの常緑樹の勢いと孟宗竹の追い上げで、降る雪の風情を変えています。照葉樹の下は、風雪を防いで暖かく、野生動物が安眠できる良い場所を作っています。

 拙者 灰谷の小僧が詠みます。

  鹿猪や 狐狸に白鼻芯 烏が鳴けば鳶もふくろう 灰谷小僧

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