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黄土高原の「野草・雑草」料理 by 前中久行(GEN代表)

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 現地の歴史や文化、食べ物に巡り会えるのもツアーの魅力です。蔚県の青空市場で、畑のいわゆる雑草が野菜として売られているのをみつけました。町中の食堂や宴会場でもその料理が出てきました。人間は身近な植物を食べてきた、その伝統が今も現存していることに個人的には大興奮しています。東アジアの共通文化として関心をもっています。
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 現地ツアーの時には町中での買い物の機会を設けています。とても楽しいと好評です。大きなスーパーマーケットは買い物客でにぎわっています。また、街角や広場では青空市場が開かれていて蔬菜や魚肉などその日の食材を求める人々で賑わっています。
 
 2018年、2019年に蔚県の青空市場で、タンポポ、スベリヒユ、ノゲシの類が売られているのをみつけました(写真)。「野菜」としての利用が目的です。中国語では栽培化されたものを「蔬菜」、自然物を採取したものは「野菜」として区別します(雑草も「野菜」にはいるのでしょう)。日本でもかつては同様で、私が学生時代にうけた「蔬菜学」の講義では「野菜」というと担当の先生に「蔬菜だ!」と訂正されました。

 市場で売られているだけでなく、町の食堂でも「野菜」の料理がありました(写真)。現地のカウンターパートの人にきくと、「甜茎菜」と「苦茎菜」があるとのこと。その違いは「味が甜い(あまい)か苦いか」、植物の区別点は「葉の縁の鋸歯の針が尖っていないか尖っているか」ということでした。花の色については「知らない」ということでした。
 
 これに相当すると思われる植物は現地ではいわば雑草としてごく普通にみることができます。花の色が黄色と青紫の二種類があります(写真)。みかけるたびに葉の縁をさわってみましたが、私には鋸歯の針の尖りの有無を区別できません。

  代王城鎮の招待所でも「野菜」らしきものの料理がでました(写真)。おひたしで柔らかくて美味しかったです。料理名をきくと「灰灰菜」でした。灰菜はアカザのことです。やはりと思いつつも、材料を確認したいので、「残っていれば生の材料をみたい」とお願いすると「残っていません。でも横の畑に生えています」ということで、見に行くとアカザでした(写真)。身近な「野菜」の料理が今でも普通に食べられていることが確認できました。

  かつてはみることがなかった新しい蔬菜のセロリー、ズッキーニ、カリフラワーなど、さらに以前からある多様な品種の葉菜、果菜、根菜類に混じって「野菜」が売られているのは、それらを志向する食文化的が今も存在している証しです。
 
 アカザは日本でもかつては食べていました。私の出生地である兵庫県の丹波地方では、「お盆の15日の朝にあかざのおひたしをお供えする習慣がかつてはあった(聞き書き兵庫の食事 p274)」とあります。
私の縁者の話では、嫁入りした年に「今日はお盆だからあかざの料理を」と家人にいわれて、畑で抜いてきて料理したところ「今年のあかざは硬いな」ということだったけれど、皆で食べたそうです。翌年には「あかざを取ってきたので料理を」といわれて渡されたものをみると去年とは別の草だったそうです。その年のあかざはやわらかくて美味しかったとのことでした。
私が思うに前年のはアオビユだったのでしょう(アオビユも食べることができます)。閑話休題。
 
 「野草・雑草を食する」というと奇妙に感じる面もあります。しかし、それは時間軸を逆転してみているからではないでしょうか。かつては身近にある食べられる植物をいわゆる雑草を含めて普通に利用していたと思われます。その後は蔬菜栽培が発達して、いまでは過去が奇妙に思うのでしょう。
 
 漢字の「雑」の第一義は様々なものが集まっている状態を示しています。品質が劣るものとの意味は、単一状態が好ましいとの価値観を前提とした場合に二次的に発生するものだと考えます。多様性を評価する場合には「雑」はポジティブな意味を示すと私は考えています。このことは大切な正月を祝う食べ物を雑煮とよぶことで明白です。
 
 みんなが貧困な時代では、仕方なく▲▲▲を食べていたということで、それを食べることへの偏見が生じます。しかし豊かな社会で誰もが好きな物を食べられる状態では、なにを食べても個人の嗜好と理解されるので、偏見は生じません。例証として、大同市の雑穀料理店の看板に、「かつては貧困のために雑穀を食べていた。今は健康のために雑穀をたべる」と宣伝があります。また食べ物ではありませんが、ボロ衣服のファッション化も同じ現象です。好きな衣服をだれでも身につけることができる社会であるからこそ破れた衣服がファッションとして通用できるのでしょう(日本からのツアー参加者の破れたジーパンをみて、農村の女性が破れを繕ってくれたことがあったとききました)。
 
 かつての価値観に縛られることなく、身近な野草や雑草を再評価して料理方法などを工夫することで、新しい楽しい多彩な植物利用が展開できるのではないでしょうか。中国でも日本でも。 


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