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本を「要約」することに対する抵抗感

本を「要約」して短時間で読めるサービスが広く利用されるようになってきている。たとえば国内では、ビジネス書などを短時間で読めるようにまとめた「flier」などが有名だ。

同様に、ドイツ発の「15分で1冊の本が読める」という要約アプリ「Blinkist」も人気を博している。「要約」の需要は世界的に増えていると言えそうだ。

こうした要約サービスの流行には、労働に追われると同時に、高品質なコンテンツが氾濫して現代人の可処分時間を取り合っている背景があると思う。本の全体を通して2〜3時間かけてじっくり読むことが難しい人が(自分も含め)多いのだ。10分、15分といったスキマ時間を使って読書できるサービスが、忙しい現代人に歓迎されるのは自然なことである。

要約に対する違和感

自分自身、要約サービスを活用していたこともあったが、今では「要約」が歓迎される流れに違和感を覚えている。自分はノンフィクションを好んで読むのだが、ノンフィクションで面白い部分は、たいてい要約で削られてしまう細かいディテールの部分だ。

細かい補足情報、語り手からぽろっと漏れた一言、最終的な結論に至るまでの曲がりくねった過程、本筋から離れた余談におもしろさが潜んでいることが多い。

この「細部のおもしろさ」について、最近手にとって、読み応えがあった村上春樹『アンダーグラウンド』というノンフィクションを例にとって説明したい。まず、この本を自分が乱暴に「要約」すると以下のようになる。

「この本は、1995年の地下鉄サリン事件の被害者や関係者一人ひとりにインタビューして、それぞれのこれまでの人生や事件当日の行動、事件後の影響までを詳細に描いた一冊だ」

しかし、この文章だけでは自分が感じたおもしろさの1%も説明できていない。この本の読ませる部分は「被害者がそれぞれどう感じ、行動したかの細かい部分」にある。

たとえば、サリンの症状に襲われたある被害者が「老齢の祖父の体調に何か悪いことがあり、虫の知らせが来たのでは」と感じるシーン。得体のしれない暴力に襲われたとき、人間は想像力をフルに働かせるということがわかる。

もう1つ例をあげれば、サリンの被害で植物状態になった妹のために、それまでに妹が毎日つけていた日記を代わりに書いているお兄さんのエピソード。妹の身に起こったことに強いショックを受けながらも「自分はずぼらなので日記なんて全然やっていなかったけれど、妹はまめに日記をつけていた」「妹の目が覚めたら、日記を見せて『こんなことがあったんだよ』と教えたい」と話す。この部分は読んでいて涙腺に来てしまった。この手のテロは直接的な被害者だけでなく、その家族や友人も芋づる式に傷つけるが、同時に被害者を支える人びとの芯の強さのようなものも浮き彫りにする。

もし自分が、この本の「要約」だけを読んですませていたら、こんなに感情が動かされることはなかっただろう。通しで読んだからこそ得られた読書体験だと言える。少なくともノンフィクションを読むうえで「要約」に頼るのはもったいないと考えている。

要約の適切な使いどころ

一方で、要約を完全に否定するわけではない。本の中には冗長な箇所もある場合もあり、それを省くことには一定の意義があるだろう。特にビジネス書や自己啓発書に関しては、エッセンスの部分だけを抽出したものを読んでも、ある程度の学びが得られるのかもしれない。

また自分が本の感想を書く際、200〜300ページの本を読んだ上で、全体像を把握しつつ200文字程度にまとめることがある。これは要約に他ならないが、自分がその本を通読していれば、その200文字を読むだけである程度本の全体像を思い出すことができる。

また、他の人が書いた本の要約や書評を参考にすることもある。そうした要約がきっかけで、「この本は読んでみたい」と思うことも多い。ノンフィクションに関してはHONZというサイトの書評をよく読んでいた。使いどころを選べば、要約も良い仕事をしてくれる。

まとめ

要約は、本を紹介する際や、読後に感想をまとめる場合には有効だ。ただ、本のジャンルにもよるけれど、読書のすべてを要約された情報だけで済ませるスタンスには賛同できない。全てを要約に依存してしまうと、本の細部に宿るおもしろさを見つける楽しみを味わえない。

現代は、限られた可処分時間の中で効率的に学び、コンテンツを摂取することが求められる時代だ。そうした背景を考えると、自分の立場は少し逆張りのようにも見えるかもしれないが、それでもあらゆる読書を要約で済ませるのは、本が持つ本来の楽しさや意味を失わせる行為だと思う。時間が経ったら考えが変わる可能性はあるけれど、現状の自分の考えとして記事に残しておく。

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shikada
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