魚の骨が刺さった、二の腕に。殺される、と思った。【ちえちゃん Part1】

作:小出

魚の骨が刺さった。二の腕に。殺される、と思った。

どうしようもなく散らかったワンルームの、どことも言えない場所で、今日もいつの間にかくたばっていた。私はこの人生を終えるまではかなりの常人で、毎日風呂に入り、歯を磨き、週5日は会社に行き、週に3日はランニングをし、交友関係も広かった。しかしいつの間にか人生は終わっていった。気付いた時にはそうだったのだ。きっかけがあったかと言われれば、友人が死んだことが、私の死とつながっているのだと思う。しかし、この友人の死と私の死には大きな違いがある。友人は生物学的に、もしくは医学的に死に、私はそれらの範疇では生きている。それもかなり健康の類だと思う。実質的な生と死の間には、スイッチのONとOFFよりももっと正反対な、天と地よりももっとかけ離れたものがある。単に息をしているかしていないかとかそういうものではない。それも理解している。けれど、死という言葉のほかに、私のこの無の境地を形容する言葉がみつからない。

 ちえちゃんが死んだのはほんの1ヶ月前のことだった。ちえちゃんは小学生の頃からの友人で、今でも2、3ヶ月に1度会って食事をする仲だった。今年28歳になる私たちの同級生との会話といえば、結婚であったりもう子供を生んで育てている友人もいたが、ちえちゃんにはそういった雰囲気を感じなかったし、私にも浮いた話のひとつもなかったので、私たちは会うたびに小学生の頃と同じようにくだらない会話をした。ちえちゃんは新卒で入社した会社を辞め、絵画教室の講師のアルバイトをしながら、自宅アパートの一角をアトリエにして油絵を描いていた。小学生の頃からちえちゃんはよく絵を描いた。私は絵のことは全くわからなかったけれど、ちえちゃんの絵が好きだったし、ちえちゃんのアトリエの匂いや、試行錯誤を繰り返してドロドロになったパレットや、容赦無く絵の具がついた引き出しの取っ手などが好きだった。ちえちゃんの描く絵の対象は、いつも取り止めのないものばかりだった。野菜であったり、料理であったり、どこなのかもわからない景色であったりした。ちえちゃん自身も自らの絵を愛していた。愛するがゆえに、誰かにその絵を見せる事をほとんどしなかった。もしくは彼女にとってこれという絵がまだ完成していなかったのかもしれない。それでも、ちえちゃんの描く絵の中にあるあどけなさや未熟さですら、ちえちゃんそのものを写しているようで美しかった。そして正解のない世界で生きるちえちゃんは、誰にでもできる仕事でサラリーにすがって生活する私にとって、道のない空や海を行き来するようにいつも自由に見えた。しかしちえちゃんは死んだ。事故だった。ほんとうに?

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初回です!初めましての方は最初の投稿を見ていただければなと思います!以下初回記事リンク↓

ちなみに、この文章に出てくる「ちえちゃん」という名前は婚前特急という映画のヒロインである吉高由里子さんの役名から取りましたが、キャラクターには何の関連もありません。笑 このストーリーとは全く関係ないですが、婚前特急も面白いので是非見てみてください。

次回Part2をお楽しみに!

小出

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