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それは、よそ者・若者・ばか者から始まった

 10年前に飲食店が幾つも入る屋台村(20軒)を開業させた実業家N氏は、開業して2年目を迎えることなく、火災で全てを失った。物件のオーナーとしてその後の賠償や返済に追われる日々。すっかり気持ちが萎えていたN氏は、ある日県内最古の120年木造駅舎が遺る山間集落を訪れた際、その人里離れた鄙びた雰囲気に憔悴していた心が癒されたのだった。

 その後、足蹴に通うようになり、すっかり地元の方とも顔馴染みになったN氏は、高齢者だらけのその集落のお役に立てればとの思いが湧いて来た。これまで培ってきた実業家としての経験と知識を、この限界集落の救済のために使おうと決心したのである。先ず、N氏は駅前の空き家を買い取り、一人で日曜大工に勤しみ一階がカフェと浴室、2階が洗面所とトイレ付きの3部屋の宿泊施設(写真)をつくった。見出しの写真の奥に見えるのが120年木造駅舎で、国の登録有形文化財にもなっている。その駅前に作ったカフェは、今だに開業しないで、この一年ほどは月に一度、地元の高齢者を集めて晩餐会を催してきた。そうした交流を重ねるうちに、今では住民の多くがN氏の地域再生プロジェクトに共感し、80歳を超える高齢者も一緒になって取り組み始めている。

 N氏は、駅を見に訪れてくる人を観光客とみなし、地元住民が作ったものを積極的に販売するために、これまで細々と営まれていた駅前物産館の改築をはじめ、有効な使い道がなく放置されてきた駅前倉庫を温泉や オープンテラスを備えた複合施設として再利用するための工事にも着手している。さらに、近隣の空き家を体験宿泊施設や地元の独居老人が入居できる集合住宅として再利用する取組みも計画しており、山間部の限界集落が持続可能な地域となるためのモデル事業に取り組んでいる。

 このモデル事業は、120年木造駅舎を地域の有益な観光資源として有効活用し、外部から人を招き入れ、地元の住民と交流できる機会を提供するだけでなく、地元の高齢者が地元で安心して暮らせるような持続可能な地域づくりのプロジェクトと言える。


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