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経営に活かしたい先人の知恵…その59

◆賞罰の効果的な与え方◆


 古来、統治者たちは賞と罰を巧みに操ることで人を動かしてきた。秦王政(後の始皇帝)が、「この人に会えるのなら死んでも心残りはない」とまで評価した韓非子は、「明君は、二つの柄(賞と罰)を握るだけで臣下を統率する。罰を恐れ、賞を喜ぶのが臣下の常だ。君主がこの二つの柄を握っていれば、脅かしたり、すかしたりして、臣下を思いのままに操ることができる」と語っている。

 賞罰が人に与える影響は、今も昔も変わりはないが、難しいのはその与え方だ。この点については、先人もさまざまな考えを持っていた。そのなかで、私が特に共感を覚えたのは、「功績に見合った賞をその月を超えないうちに与えないことを『費留』といい、賢明な君主と良将は、これがないように心がけている」、という孫子の指摘だ。孫子の兵法の注釈本を書いた魏の曹操は、「適切な時に賞を与えないのは、ただ費用を惜しんで貯めているだけで、賞の与え方で良いのは、月を超えないことである」と、解説している。

 賞は適切なタイミングで出さなければ、効果が薄れるということを理解しなくてはならない。始皇帝亡き後、中国の覇権を争い、勝利して漢の皇帝となった劉邦と、敗者・項羽の賞の与え方は、実に対照的なものだった。劉邦は、戦いで勝利して得た土地、財宝を功のあったものに即座に与え、多くの臣下と利を分かち合い、項羽はといえば、賞を与えるのだが、その証書になかなか印鑑を押さず、躊躇する姿を見せていたという。賞を出し惜しみする項羽からは、有力な良臣が去っていき、天下を手にすることができなかったのだ。

 また、「罪で疑わしいものはその罰を軽い方にし、功績で確かでないものはその賞を厚くする」(『書経』)という教えも参考になる。「行動経済学」の知見では、「人間は損失(罰)には、得をした時に比べて倍の苦痛を感じる」、とされている。「賞は厚く、罪は軽く」との考えは、心理学からみても理にかなっているようだ。

 韓非子は、罰を厳しく適用することが組織を維持する道だと説いたが、企業社会ではその点注意を要する。過失によって大きな損害を与えた際には、罰が必要なこともあるだろうが、原則的には、罰は最小限に抑えた方がいいと思える。

 さらに賞罰について、私が得心した経営者の見解を紹介したい。ベビー・子供服店で一世を風靡した「白亜」の創業者・小山武夫は、「賞は早く、罰は遅くです。従業員が、何かよい行動をした時には、すぐに賞を与えないといけません。『早く、薄く』で、有り合わせのものでもいいから、賞として渡せばいいのです。何もなければ、言葉だけでもいい。遅れると、いい賞を与えたとしても、今まで忘れていたのかと、不満を持つものです。逆に罰を遅くするのは、その期間に本人に反省するチャンスを与えるということです。こちらもどの程度罰したらよいのか、よく考えればいい。本人が罪を重いものと自覚している時には、罪は重くしないほうがいいでしょう。重くすると後の役に立ちません。特に危急の時に判断を誤って失敗したものは、重くすべきではなく、むしろ許すべきではないでしょうか」と語っていた。

 「君主論」の著者・マキャベリは、「どんな僅かな褒美でも、それが善行を表彰するものなら、栄誉ある最高の贈り物として感謝されるであろう」と言っている。小さな称賛が働く人のモチベーションを高めると考えたい。

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