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エマニュエル・トッドの思考地図(著:エマニュエル・トッド、訳:大野舞、筑摩書房)
概要
歴史人口学者のエマニュエル・トッドが、筑摩書房の創業80周年記念出版として書き下ろした一冊。日本オリジナル版で、日本のみで出版されているようだ。
本書は、著者が自らの思考法を振り返り、その極意を明かす内容である。意外にも、著者は自らの思考を顧みたことはほとんどないという。著者にとって、考えることは歩いたり話したりするのと同じように自然なことであり、意識的に振り返ることがなかったそうだ。
思考とは「現象間の関連や一致を見出すこと」
トッド氏の思考法は、特徴的な3つのポイントがある。
1つ目は、思考を「発見すること」、即ち「現象間の関連や一致を見出すこと」と明確に定義している点だ。思考とは、無から何かを生み出すわけではなく、現象を関連づけることで創造的知性を発揮するもの、というスタンスである。
著者は読書や統計データの読み込みを通じた、知識や情報の獲得の重要性を何度も強調している。仮に思考が、自分の頭においてゼロからポンと生み出されるものだと考えるのであれば、知識や情報の獲得に重きが置かれにくいだろう。一見つながりの見えない現象の間に、新たなつながりや一致を見出す。この行為を「思考」と定義するからこそ、無数の現象を把握・理解しておくことが重要になるわけだ。
思考が「発見」だとすると、現象のインプットとしての読書やデータ把握を行ったうえで、現象間の一致を発見する力をどのように高めているのかが気になってくる。これを説明しているのが2つ目と3つ目のポイントである。
知識を無意識のレベルへ深く沈殿させる
2つ目の特徴的な点は、「知識を無意識のレベルへ深く沈殿させること」を思考のプロセスに組み込んでいることだ。トッド氏は、大きな発見があるシーンを「ブレーク」と呼んでいる。このブレークを発生させるためには、何年もの知識の蓄積の上に、現象同士の偶然の一致を発見する必要がある。
偶然の一致は、顕在化している知識をつなぎ合わせても出てこない。意識レベルにあるつながりは自明であることが多く、大きな発見には至らないからだ。ブレークを起こすためには、膨大な情報を無意識のレベルにまで深く沈殿させる。そうすると情報同士が自然と攪拌され、新たなアイデアとして飛び出してくる、というのが、著者の考えである。
つまりこの方法論は、すぐにアイデアを創出するような即効性の高いものではない。知識を寝かせて、発酵させ、ふとしたタイミングで引き上げることでようやく効果を発揮する類のものである。だからこそ「偶然」の一致なのだ。
通常、こういった思考法を語る際には、顕在化した意識レベルでの頭の働きを著述する。無意識レベルの働きは自分でコントロールできないからだ。しかし著者は、無意識レベルの「知識の発酵」作用をあえて思考のプロセスに織り込むことで、知的パフォーマンスの向上を図っている。
外在性と思考の関係性
3つ目の特徴的な点は、「外在性」を思考と結び付けている点である。ここでいう「外在性」とは、「社会の外側に属していること」を指す。多様性があると色々なアイデアが出やすい、といった言説や主張はよく見かける。しかし、その社会や領域に属していないという「外在性」を、思考のパフォーマンスに直結する要素として結び付けている人は少ないのではないか。
なぜ外在性が思考に直結するのか。それは、遠い点をつなぎ合わせて「比較」することが可能になるからだ。著者の定義では、「思考」は「現象間の関連や一致を見出すこと」であった。そのためには現象と現象を比較する必要がある。
比較とは別のものを比べるように思われているが、実は現象間の共通項を見つけないと比較はできない。普通は、ゴリラとみかんを比較することはできない。共通項が見つかりにくいので、両者を「何において比較すればよいか」がわからないためだ。他方、ゴリラとチンパンジーは比較が容易である。「霊長類」という非常のわかりやすい共通項があるからである。
通常はつなぎ合わせるのが難しいような遠い現象同士の共通項を見つけ、比較することができると、高い知的生産性を示すことができる。ゴリラとみかんを独自の軸で比較できるかどうかが鍵、というわけだ。同じ社会にどっぷりと浸かっていると、似たようなものしか比較できない。しかし、外在性を持ち合わせていると全く異なるように見えるものを、外部の視点を持ち込みながら独自の軸で比較することができる。これが「外在性」と思考のつながりだ。
上で挙げた3つのポイントのように、本書は、独創性の高い思考、普通を離れた思考を実践するためのヒントが多く含まれている。即効性が高くないからこそジワジワと効いてくる本書の思考法を味わってみることをおすすめしたい。