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024_Bob Marley & the Wailers「Burnin'」

本当に正しいことってなんだろう。山川さんは、昨日はああいう言い方をしていたが、どうしても自分にトゲのようにこんな疑問が残り続けた。私、学生だから、そんなすぐに用意できないよ。おかしい、そんなお金を払わないといかないなんて。なぜ、みんなを良くする力を得るために、そんなお金がいるの?

でも私は社会のために、みんなが幸せになれるように、力を得たいんじゃなかったのかな。自分が楽するために、やりたかったのかな。みんなのため、とか言っていたのは嘘だったって、ことか。

そうか、そうだよね。みんながみんな、幸せになんかなれっこないのよね。そんなの当たり前じゃん。ニュースとかで、戦争とか飢餓とかまだ世界中にあるし、虐待された子供とか子供が親を殺したりだとか、世の中そんなことばかりじゃない。甘いのよ、キレイゴトばかりで。本当に自分がそんなことできると思ってたの?

うん、でもそう思ってた。そう思って、がんばろうと思ってたんだよ。私は少し涙が出た。確かに自分のできることなんて小さいけど、ちょっとはみんなの役に立つんじゃないかな、って。だってひどいことばかりじゃん。私の家族はみんな優しくてすごくありがたいけれど、友達の佳子は親からずっと虐待受けているの知ってる。大学で同じ部活の今井くんもいっつも優しいナイスガイだけど、母子家庭だから部活続けられないこと知ってる。

世の中がよくなっていくことの、お手伝いができるんじゃないかな。太田先生の治療を受けて、話を聞いて、本当にそう思ったのに。この力で世界を良くしていくんだって。よしこれなんだ、私がすべきことはこれに違いない、神様がそう言ってくれているんだ。そう思ってたのに。私は自分の立っている場所がグラグラ崩れていくような心持ちになった。

私は大学2年の時に、ひどい不眠症で全く眠れない日々が続き疲弊しきっていた。今ではなんということはない、その時付き合っていた彼氏が浮気していた、という失恋のショックからだった。(私にとってはじめての彼氏だった)だがその時は、もう死んでしまった方がマシなんじゃないか、ってくらい精神的に追い詰められていた。カウンセリングなどいろんなものに頼り、試した結果、失敗してきた。

家族も私のことを心底心配し、いろんな手立てをつくしてくれた。(私の家族は両親も弟もみんな優しい。それだけは本当に恵まれている。家族のことはとても大好きだ)そのなかで、母の妹である加奈子おばちゃんが、太田先生という方ならなんとかしてくれるかもしれない、というのだ。そこでその先生がやっている診療所に私も一回行ってみたらどうかということになった。なんとも都合よいことに、隣町にその先生の診療所というところがあるので、土日に体が悪い人などを「診て」あげているとのこと。

私は半信半疑ながらも、藁をも掴みたい気分で、眠れない頭とやつれた顔をしながら電車に揺られ、その先生のやっている診療所なるところにやってきた。畑の側道を通って辿り着いたその場所は、診療所といってもただの大きな民家にしか見えない。ただ、家の中に椅子が置かれて、お年寄りから家族連れまで多くの人が診療を待っているようで、中には私より若い人も少しばかりいる。みんな一様に悩みというか暗いものを抱えているということが見て取れる。一体、その太田先生の診療とは何なんだろう?普通の病院の治療とは違うことを、私も薄々感じはじめ、その「診療所」内の異様な雰囲気に呑まれていた。

私は、宮沢賢治の「注文の多い料理店」を思い出して、取って食われるじゃないか、何か変なことをされるんじゃないか、という心持ちでいた。そんな不安な気分を拭いきれないまま、受付を済ましたあと、皆と同様に待つことにした。受付の女性はとても愛想がよく、真摯に私の話を聞いてくれる。「大丈夫よ、きっと眠れるようになる。太田先生にまかせましょう。先生は心も身体も治してくれるの」女性は、キラキラした目を輝かせながら私にそう言ってくれた。果たして信じていいんだろうか。その目は確かに輝いていたが、どこかビー玉のような作り物のように思えた。

「はい、次の方ー。あらあ、若い娘じゃない、かわいい子ね。でも、あなた、どうしたの、すごい気が落ちているわね」

太田先生は、ショートカットの40代くらいの細身の女性だった。もっと年寄りとかゴツい人を想像していた私は面食らった。この人が太田先生?診療って一体何をすることなんだろう。私はおっかなびっくりしながら答えた。

「眠れないんです。もうここ半年近く、ちゃんと眠れたことありません」

「そうね。眠そうよー、体はもうあなたに休ませてーって、悲鳴あげているわよ、早く休ませてあげないと。わかる?あなたね、たぶんいろいろ考えすぎちゃうタイプみたいな感じ、まあいわゆる頭でっかちなのね。体に優しくしてあげないと、こんな風になっちゃうのよ」

先生が最後の言葉を言ったか言わずかで、手を私の目の前にかざした。

「はい、じゃあ目を閉じてみて」その時、自分で目を閉じようとするという動作はなく、不思議と自然に目が開かなくなったのだ。目で見えなくとも、先生の手の存在を自分の顔の前に感じている。顔の前にヒーターがあるのか、ってくらい暖かい。なんだろう、モヤっとした不思議なものが流れ込んでいる気がする。

「うん、やっぱり、脳の脈動が弱っているわねー。ウイルスにやられているのよ。たぶん頭で悩みすぎたことがあって、それが体全体に自律神経を狂わせたのねー。はーい、どう、気持ちいいでしょ」

ウイルス?不眠症なのに?この人は、何を言っているのだろう。でも、私は確かに先生の手の暖かみを感じている。おかしいな、先生は私に触れてはいないはずだ。

「はい、終わりー。これでよく眠れるわよ」え、もう終わり?私は瞬間、目を開けて私は思わず声を出した。診療って、こうやって先生が手をあてるだけだったの?「そうよー。あっちから帰ってねー、はい次の人ー」

もう、次の診療のおばあちゃんが膝をさすりながら部屋に入ってきていた。

「あらーもう、カヨさん、だいぶ歩けるようになったじゃないの。元気?」

「はい、もうおかげさまで。お医者さんもびっくりされてました。膝の軟骨がすごく良くなっているって。本当に先生のおかげですよ」

このおばあちゃんはどうやら膝が悪いのかしら、先生がおばあちゃんの膝に手をかざし始めたのを、横目に私は部屋を出た。先生の診療を受けてから終わるのに30分経っているのに気付く。あれ、一瞬だと思ったのに、そんな時間が経ってたの?先生が私に手をかざしてから、それで気づいたら終わってて…。あ、私寝てたんだ、あの一瞬で。

「はい、じゃあ診療代、三千円です」

受付の女性にお金を渡す。三千円。なんで三千円なんだろう、どういう基準なんだ。加奈子おばちゃんから「そんなに高くない」と聞いていたから、ちょっとビクビクしてはいたけど、良かった、これならまあ払えない金額じゃない。次もここに来ることを予期している自分に気付く。確かに気分が晴れがましい、これなら、もしかしたらうまくいくかも。

私は帰りの電車の中で、もう何ヶ月かぶりくらいの猛烈な睡魔に襲われた。すごい、これは。もしかして。私は、辿々しい足取りで、そのまま家に帰ってきて、私は脱ぐものも脱がず、そのままベッドにダイブした。起きた時は、深夜の午前2時半。診療所を出たのが午後1時くらいだったから、家に着いて10時間近く眠っていたのだ。こんなことって。

それから、私はこの診療所に通いづめ、一回三千円の先生の診療を受け続けることで、明らかに不眠症はどんどん改善していくことになった。そして、太田先生の言うことを真摯に聞いた。5回目の診療を受けに訪れた際に、山川さんとという受付の女性からこう言われた。

「もうあなた、大丈夫よ。もうここにきた時も、全然違うわ」

「ええ、先生の治療のおかげですね。本当に先生はすごい力をお持ちなのですね」

「先生がすごいわけじゃないわ。この力がすごいのよ。これからはもう、あなたが周りを癒す番になるのよ。」

「どういうことですか?」

「この力はあなたも持てるようになるのよ。本部で「パワー受け」をすれば、あなたを含め誰でも周りを癒せる力を持てるの。先生も私もその力をいただいたから」

「え。私もですか」

思わず素っ頓狂な声を出してしまった。持てる?私にもこの力が?周りを癒せる力が手に入るの?てっきり、先生は生まれつきああいうすごい力を持っていたり、厳しい修行をしていたのだとばっかり思っていた。

「興味があるようであれば、そうね、じゃあ、次に来たときに、詳しい話をしましょうか」

私は家に帰る道すがら、この山川さんの話が頭に残り続けていた。この力を私も扱えるようになれば、先生のように、私の周りも癒すことができるというの?でも、たまたま確かに私は不眠症というものが治ったけれど、本当にこの力で周りを良くすることなんてできるの?そもそもどうやってこの力で人の体を治しているのか、仕組みが全くわからない。私の頭は疑問符ばかりになった。

ベッドに横になりながら、考える。でも、私にできるのであれば、どうしてあげることができるのだろう。私の周りは本当に優しい人ばかりだけど、こうして自分も不眠症という負い目というかネガティブな精神状態に陥った時に、世の中はなんて苦しみに満ちた世界なんだろうということを実感した。その苦しみの多くは、つまり生老病死、生きていることに対する悩みと老いと病い、そして死で構成されているのだ。これまでどうにもできないと思っていた。人が生きる世の掟なのかもしれないけど、私にもどうにかこの苦しみを和らげる力を備えていただけるのだろうか。

悩んだ挙句、次の診療に訪れた際に山川さんにこう告げることにした。

「あの、前聞いた「パワー受け」のお話なんですが、お話を聞きたいんです」

「ええ、わかっているわ。あなたもこの力を受けたいのね」

「はい、私にできるのであれば」

「それでは、あなたは、まだ学生さんだから、親御さんにもよくお話する必要があるわね。」

「それは、まあそうですね」

私は優しい両親の顔が浮かぶ。不眠症を克服した私を見て、本当に喜んでくれている。この力を得ることに関して、きっと理解してくれるだろう。

「よく聞いて。みんながみんなこの力を得ることはできる。でも少しばかりその対価が必要なの」

対価?

「この「パワー受け」を受けるのにはね、お金が必要なの。そのお金はは50万円。あなたは学生さんだから、だから親御さんにはよくよく相談しなきゃね」

50万円? え、お金取るんだ。しかも、なぜ50万円? なぜかキリのいい感じ。払えないお金ではない、という気がするお金。でも、なぜ?なぜこんな素晴らしい力なのに、無償で提供しないの?結局はお金儲けなの?

私の頭は、再び疑問符だらけになった。

(続く)



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