見出し画像

030_Alexisonfire「Crisis」

「結局、康介くんはどうしたいの?」

ああ、来た、その問い。あなたはどうしたい?こう聞かれるのが、自分にとって一番辛い。自分の足元がグラついてきて、地に足が付いていない感覚にとらわれる(自分はこの状態を、グラウンディングができていないと表現している。)

お願いだから、自分にその言葉の刃をつきつけてくるのをやめてくれ。彼女はいつもそうだ、彼女の性格通り、常に直接的な物言いばかりする。もっと曖昧なままでいさせて欲しいんだ。そんなすぐに「こうしたい」って言えるものなんてないんだ。そんなの、政権に足して「○○はんたーい!」って二言目には叫ぶ野党とかと一緒だろ?

「どうって、何?なんだか、質問がバクっとしていて、いろいろありすぎるんだけど」僕は彼女にそう穏便に返しておく。だが、本当はいつも彼女から突きつけられる言葉の刃の切先に本当は震えているのだ。

「私とのことも、そうなんだけど、あと、康介くん、このまま今の会社でずっと働き続けるつもりなの?すごく嫌なんでしょ」

「嫌は嫌だけど、しょうがないじゃないか。俺だって、食ってかなくちゃいかないんだから。みんなそうだよ、我慢して働いているんだ」いや違う、全員が全員がそうじゃない。必ずしも嫌なことを我慢して働いている人ばかりでも無い。俺が嫌だ嫌だと言っているだけだ。

大学生時代の友人の今井は夢を追いかけて学生の頃からベンチャー企業を立ち上げていろいろ資金繰りに苦労はしているようだ。同級生の坂本は今でもバンド活動で地方のライブハウスを回っているが、メジャーデビューまで漕ぎ着けることができない。そりゃ、好きなことで食っていくためには、いろんな苦労がある。ただ彼らが、「嫌なことを我慢して働いている」ようには、俺にはどうしても見えない。

「みんなそう」のみんなって、自分だけがそうあって欲しくない人を意識的に除外している。「一部例外を除く」と言う趣旨の※脚注をきちんとつけておかないといけないのに、「みんな」は「みんな」なんだと主張している。確信犯的に主語を大きくしている俺はなんとも滑稽だ。

「そりゃそうだけど。私のやっていることも応援してくれるって言ってたからさ」

「だから支援のために、俺がホームページやブログを作ってあげたりしたじゃないか。あと支援の募金のための窓口とか、どうやって申請するのか調べなくちゃいけないんだろ、色々やることがある。何しろ君は事務手続きとかは、めっぽう苦手だからね」

違う、彼女が求めている答えは「自分がやったこと、貢献したこと」じゃなくて、「自分がどうしたいか」なんだ。おい、上手くすり替えようとするなよ。俺のサポートがあるから、彼女はなんとかやれているんだ、と言うニュアンスを出そうとするなよ。いちいち言うことなすこと全てが恩着せがましいんだ、お前は。

そうだよ、俺はどうせやりたいことなんて無いんだよ、彼女のやっていることに比べれば、俺はなんなんだろう。今、椅子を立って叫び出したい。自分の好きなことややりたいことを見つけられず、それを追いかけようとする勇気もなくて。そのくせ、「夢を追いかける彼女を応援する理解のある彼氏」なるものを演じて、周囲に訴えかけて、その定位置に上手くおさまろうとする。お前のやっていることは本当に小賢しい。結局、彼女のことを利用して自分を上手く取り繕うとしているんのだ、この世間で。それがお前のやりたかったことだって言うのか?

彼女は大学時代にタイに留学し、卒業後は東南アジアで小さな子供たちに衣服を支援する国連も支援するプロジェクトにかかりきり、年に半分くらいはあちらに行ったきりだ。たまに帰ってきた折に、あちらでの子供たちの惨状を懇々と俺に話してくれる。

「私、この状況をなんとかしなきゃいけないと思うの」彼女は言う。本当に心からそう思っているのだろう。最初は、俺もさもいかにも理解のあるように、うんうん、そうなんだ、と彼女の聞き役に徹していた。しかし、途中から段々と自分も明らかにそれが苦痛になってきた。

自分はそういった「今、世界に起こっている重要な関心事項」に理解のある彼氏のフリをずっとしてきて、そうすることで自分になんらかの付加価値を付けようとしてきたんだ。いったい誰のための付加価値なんだ?だけど、それももう限界だった。なにしろ自分はその「今、世界に起こっている重要な関心事項」というものに、全くと言って興味はないし、コミットしているように装っているのに過ぎないから。自分が興味があるのは、結局「自分をどのように見せるか」ということだけだから。ただただ、自分が好きなだけ。自意識過剰で他人に興味がない。

彼女とは、共通の知り合いの絵描きさんの個展で知り合った。特段、個展自体に人気がなかったため、お客さんが俺と彼女しかおらず、一緒に絵をみてまわったあとにお茶をした。その後は、何度か会うようになって、自然と付き合うようになった。純粋な子だな、それが彼女の印象だった。事実、純粋な意思力と行動力の塊だと思う。その点、俺は磁石のように俺は惹かれた。

最初は、そうだ、俺も彼女のプロジェクトに一身を投じようなどと考えてみたりもした。だが、やっとの思いで入った会社員を手放すことは惜しい。自分の会社は、世間でまあそれなりの知名度を得ているコンサル会社だ。コンサルと言えば聞こえがいいが、その実やっていることはこ綺麗に横文字を多用した小手先のプレゼンで、さもやってる感を出してクライアントから小金を巻き上げる愚かしい虚業でしかない。確かに、俺はそれに飽き飽きしていた。自分の求めるものではない、と思った。結局、自分に付加価値をつけるために会社を利用しているに過ぎないから。

だが、その地位をかなぐり捨てて彼女と同じ道を歩もうとすれば、親や同級生など、一体どういう反応をするだろうか。こうやって、いつも、自分の気持ちよりも、周りにどう思われるのか、ということばかり気にしてたんだ、俺は。そうやって道を見失っている。

一回、自分が旅先で撮った写真を見ながら、こんな風に彼女に言われたことがあったことを思い出した、

「なぜ、あなた、こんなにいい写真を撮るのに、みんなに見せないの。とても綺麗だわ。私はいいと思う。そうよ、もっと世の中に発信していけばいいのに。自分が世界に向けて、好きなことややりたいことを発信すれば、いい評価でも悪い評価でも世界はきちんとあなたに返してくれるわ。それでもちろんお金になれば一番いいけれど、どちらにしても、その発信した経験が必ず自分にプラスになってくれるのよ」

「僕は自分だけが楽しむために写真を撮っているんだ。僕の写真なんて、全然大したことないよ。こんなの誰でも撮れる。プロの人に比べても明らかだし、これを商売にしている人からしたら、笑われるに決まっている。おこがましいにもほどがあるさ」

僕は何かしら言い訳をつけて、曖昧に自虐的に答えておいた。写真は好きだ。自分の写真を何度も見返して、悦に浸っていることはある。ただ、違う、怖いのだ。発信して、散々に叩かれるが怖いのだ。同時に、それよりか、誰の目にも止まらずに、なんの反応も得られないことにも。今では彼女の言う通りだと思う。それが必要なのに。自分が評価されないのなら、評価されるように頑張ればいいのに。自分の内から外に出さなかったらいつまで経っても評価もしてもらえない。

そういえば、俺は親から一度も自分が激励というものをされたことなどないのを思い出した。父親はギリギリ働けてはいるものの会社でも窓際の人間、母親は占いに依存している。父親とはまともに会話した覚えはない。母親は常に「でもでも、だって」が口癖。

「だって、占いではこう出てるし」「あなたは今年は大殺界で今は何をやってもダメ」俺のことを、何でも占いに照し合わせて決めつけて話す。「自分の思う通りに頑張ってみなさい」だなんて、親から背中を押された経験などが一度もないのだ。だから、いざ、今彼女から背中を押されたとて、そこには物怖じする小心者の自分しかいない。出口が空いているのに鳥籠の中から出て行かない小鳥と一緒だ。そしていつまでも、自分だけは安全で安寧な場所に留めておいて、分かったようなふりで世間を俯瞰をするような真似をしていたいだけなんだ。

「もうわかったよ、君のやっていることは立派だし、僕もできる限りサポートしてきたのに、そういう言い方されるとね」

「そんな、でもそういうつもりで言ったんじゃない。あなたには感謝している」

僕は少し怒ったふりをして席を立ち、勘定を払う。彼女は俯いたままで座ったままだ。お前は本当に卑怯だな、そうやって彼女に要らぬ罪悪感を抱かせて、いつまでも自分は安全圏にいようとする。もうダメだ、彼女には俺よりマシな男と一緒になってもらったほうがいい。俺なんかより、彼女と一緒に前を向ける人といた方がいい。それが彼女のためだ。

「もう別れよう」俺は切り出した。

ああ、もっとマシな男になりたい。彼女と釣り合うような、そんな男に。誰か今からでも遅くない、と言ってくれ。

https://www.amazon.co.jp/Crisis-Explicit-Alexisonfire/dp/B07R7RPFLM/ref=sr_1_2?__mk_ja_JP=カタカナ&dchild=1&keywords=alexisonfire&qid=1620245375&sr=8-2


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集