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033_サザンオールスターズ『海のyeah!!』

「カラオケでいつも何歌います?」
「俺はミスチルかなあ。最近のは全然歌えないけどね。大体、大学のときに聞いてたやつ歌うかな」
「僕のカラオケの定番はサザンです。マジどうでもいいですけど」
「へーサザンなんだ、結構渋いとこつくのね」
「それはそうと、僕は普段あまりカラオケとか行かないんですが、川田さん、カラオケ行って困ることってないですか?」
「困ることって、例えば?歌いたのが、入ってないとかか?」
「いや、それもありますけど。僕が思うに、本当に好きな曲がカラオケに入ってても、周りのメンバーの前でそれが堂々と歌えるってことは、実は本当に幸せなことなんじゃないかとたまに思うんですよね。僕とかの場合だとやっぱ周りに気を使ったり、曲自体がカラオケに適さなかったり、挙句インストだったり(笑)だからサザンは昔から好きで歌いやすくて重宝してるんですよ」
「ほー、そういうとこね」

「あとやっぱり、カラオケで歌うとその曲の感じ方も変わってくる気がするんですよ」
「ふーん?」
「やっぱりその曲に対して歌い手が感じることと、聴き手が感じることが違うのは当たり前だから、たとえばアーティスト自身がお気に入りの曲と、ファンのお気に入りの曲が変わってくるのは至極当たり前なことなんじゃないかなと」
「これは演奏とかも場合でも然りであって、アーティスト自身が演奏してて楽しい曲っていうにもあると思いますし、そういうのを考えると、たとえば自分のお気に入りの曲を聴くだけじゃなくて、自分で歌ったり、演奏したり、DJで回したり、リミックスしたりすれば、いろんな観点からその曲を楽しめて、その曲に対する見方も変わるはずだと思うんですよね。そんな風に僕も音楽を楽しめればなあ。歌も下手で楽器もできないリスナー専門なんで、僕は(笑)」

「でもたまに、最初からカラオケで歌いたいがために、そのアーティストの歌を聴き込むっていう人いますよね。ああいうのは本末転倒であって、ナンセンスだとまでは言うつもりはないですけど、まあそれもひとつの楽しみ方なのかなあと思うことにしてますよ」

「サザンと聞いて、彼らのJpop然とした楽曲に、拒否反応を起こす人もいるかもしれないけど、サザンは元来非常に音楽性の広いミクスチャー?バンドであると、僕は思うんです」

「「愛の言霊」という曲は有名な曲なんで、川田さんも知ってると思いますが
面白い楽曲だと思います(ていうか僕が小学生の時、初めて買ったシングルがこれなんで思い入れもあるとは思うんですが)なんか、いろんな楽器も鳴ってるし、桑田佳祐もラップ?してますし、何より言葉遊びが面白いですからね。こういう曲が昔ヒットしていたんだーと思うと、なんか感慨がありますよね」

「関係ないですが、昔ヒットしたゴダイゴって言うグループ知ってますか?西遊記(夏目雅子が三蔵法師のやつ)っていうドラマで有名になった「ガンダーラ」とか「モンキーマジック」なんて曲がありますけど、この楽曲群を今改めて聴いてみるとこれがまた面白い音なんですよ。言う人によっちゃファンクを通過した歌謡プログレだ、なんてね。機会があったら聴いてみてください」

「あ、すいません、川田さん。なんか、僕ばっかり喋っちゃてましたね、ちょっとサザンになると、テンション上がってしまって、すごいキモかったですね」

「いや、全然。よし、じゃあこれからカラオケ行こっか。ぜひ君のサザンを聴かせてよ!」

「えーマジすか、そういうつもりで言ったわけじゃ無いですよお」

ふうう。

俺は帰りのタクシーの中でうめいた。なんとも中身のない飲み会だった。今回、俺は資産運用のオンラインコミュニティのオフ会の参加したのだが、話の流れで結局最後はカラオケまで付き合うことになった。結局名刺をもらいそびれたアイツ(名前を知らないがなぜかアイツは俺の名前を知っていた)は、もちろんノリノリでサザンを熱唱していた。桑田の歌マネが自分でも似ていると思っているのだろう。

アイツの言っていたことが少し心に引っかかった。「周りのメンバーの前でそれが堂々と歌えるってことは、実は本当に幸せなことなんじゃないか」俺は結局、みんなの知っているミスチルの曲を数曲歌った程度で、自分の好きな歌は皆の前で歌えなかった。俺は洋楽邦楽ジャンル問わず音楽が好きだ。音楽が趣味という話という話の流れになったのだが、アイツのようにカラオケで散々好きな歌が歌えていい気分になれるというのは確かに正直羨ましいものがあった。

アイツの言っていた話は学生が話すような内容で、はっきり言ってどうでも良かったので、大体聞き流していた。ただ、少しばかりだが共感できたところがあった。「自分のお気に入りの曲を聴くだけじゃなくて、自分で歌ったり、演奏したり、DJで回したり、リミックスしたりすれば、いろんな観点からその曲を楽しめて、その曲に対する見方も変わる」とアイツは言っていた。まあ、つまり音楽の楽しみ方は人それぞれで、それぞれの方法でその音楽の良さを発見していくと。

家に帰ってきて、俺はパソコンの電源をつけた。毎日更新しているブログの前に向き合っている。アルコールは入っていても、ある程度作業できるのが俺の強みだ。俺は音楽は好きだが、作曲したり、歌ったり、演奏したり、DJで回したり、リミックスすることはできない。ただ俺には一つ特技というか長所があった。役所に勤めているので、文章を書くことが得意なのだ。ただ行政文書と違って、好きな音楽に関することだったらいくらでも書ける。

ただ、このメロディラインが好きだ、とか曲の批評とかそんなことを書いていても個人的にあまり詮ないことなので、俺はそこにもうひとひねりを加え、音楽を聞いてそこから得られたインスピレーションをもとに簡単な物語を作ることにした。小説を音楽にする音楽ユニットが最近流行っているが、それの逆バージョンというわけだ。思いついた時はよしこれだ、なんて思っていたが、後から考えればなんと稚拙なアイデアだろうか。

まあ、実は役所でも大体似たようなことをやっている。情報の断片を繋ぎ合わせて、そこに嘘にはならないフィクションを少し織り交ぜて、巧妙に政府がやっている感の出るストーリーというものを作り出す。誰に理解してもらおうとも思わない文書を量産する空虚な作業。

そうやって音楽を聴くたびに書き綴っていった短編のようなものを、ブログの記事という形で世間に発信しはじめて1ヶ月。ブログに対する反応はあったり、なかったり。自分のやっていることはカラオケや演奏と同じで、あくまで個人的な音楽の楽しみ方のひとつでしかないので、それらに頓着しないように努めているが、このような発信の仕方というのは楽しい。まあいいや。今日、カラオケで好きな曲を歌えなかった憂さは、このキーボードで打ち込まれる小さな物語のなかで消化することにした。



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