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【R-18】ヒッチハイカー:第30話『続く激闘!伸田vsヒッチハイカー!! そして、ロシナンテに迫るライラ&バリー』
「よお! 待たせたな、ノビタ!」
白い野獣が空中でホバリングするヒッチハイカーに対して厳しい顔を向けたまま、目だけ伸田の方に向けて人間の男性の声で言った。
「せ、千寿さん。無事だったんですね…」
伸田は地面から拾い上げた自動拳銃のベレッタを右手にしっかりと握りしめたまま、今にも泣き出しそうな顔をして言った。
「何だ、その情けない顔は? 当り前の事を言うな。
満月期の俺は、ゴキブリ以上にしぶとくってな。殺されたって死なんさ。
それにしても、俺専用の『ウインドライダーシステム』を使って空まで飛べるようになったくせに、まだこんなトンボ野郎に手こずってやがったのか? しょうがないヤツだな。
まだまだだな、お前は…」
今は変身して白虎に姿を変えている、自称『風俗探偵』こと千寿 理の厳しい言葉が伸田の胸に突き刺さる。
「で、どうするんだ? さすがの俺も空は飛べん。
その『ウインドライダーシステム』を俺に返して、お前は愛するシズちゃんの傍にいてやるか?」
白虎が伸田に向けて放った言葉には、嫌味やからかいの響きは全くなかった。彼の言葉に、驚異的な怪物であるヒッチハイカーとここまで戦った伸田に対する称賛と心からの友情が込められていたのが明らかだった。
その優しさに溢れた白虎の気持ちは伸田の心に温かく沁み通って来た。
伸田も白虎に対して感謝の気持ちを込めた真剣な口調で答えた。
「いえ…お気持ちはありがたいですが、これは僕が終わらせなければならない戦いです。ヤツは僕が倒します。」
伸田の表情に浮かんだ真剣で固い決意を読み取った白虎の返事は、実にあっさりとしたものだった。
「そうか… それじゃあ、お前さんが最後までやり遂げな。
それに、俺も別の用事が出来ちまったようだ。やっかいな野郎どもが性懲りもなく現れやがった。
ヒッチハイカーは任せたぜ、相棒。
だが、その『式神弾』一発ぽっちじゃ、今のヤツ相手にハンデがあり過ぎるな…
これは俺からの餞別だ!」
そう言った次の瞬間には、白虎の姿が突然消失した。
「ぐぎゃあっ!」
次の瞬間、上空で突然ヒッチハイカーの叫び声が上がったかと思うと、そのトンボと人間を合わせた様な怪物の身体が地面へと落下して来た。
「ズダーンッ!」
「ぐわあああっ! お、俺の翅があっ!」
高度10mほどの空中から地面に落下し、喚きながら転げまわるヒッチハイカーの背中には、空を自由自在に飛び回るために高速で羽ばたいていた翅が4枚とも付け根から無くなっていた。
白虎は眼にも止まらない速さで上に向けて跳躍すると、10mほどの高度でホバリングし続けていたヒッチハイカーの背中に生えていた4枚の翅を一瞬で噛み千切ってしまったのだった。
「それじゃな、頑張れよ。」
空中から再び大地に音も無く静かに降り立った白虎は、咥えていた4枚の翅を口から吐き出してそう言ったかと思うと、猫族のしなやかな身ごなしで伸田に背を向けて歩み去って行った。
自分とヒッチハイカーに背を向けて白虎が向かった先に、いったい何者がいるというのだろうか? 伸田は、すでに吹雪で姿の見えなくなった白虎の向かった彼方を見つめながら思った。
「白虎さんはやっかいな野郎どもって言ってたけど、『疑似結界』ドームが消えた後に上空で起こった3回の爆発と何か関係があるんだろうか…?」
そうつぶやいた伸田は、つい先ほどまで喚きながら地面を転げまわっていた筈のヒッチハイカーに目を戻した。
4枚の翅を千切られた苦痛で、喚き散らしながら地面を転げまわっていたヒッチハイカーの声はいつの間にか静まり、転げまわる動きも治まっていた。怪物は腹這いの姿勢で地面に蹲っていた。
凍てついた地面に蹲った背中にも次第に雪が降り積もっていくヒッチハイカーの身体は、痙攣を起こしたかの様に小刻みにブルブルと震え始めていた。
ヒッチハイカーの震える背中には、白虎に食い千切られた翅の根元だった部分が4箇所残っていたが、その各断面は神獣白虎の『聖なる牙』で与えられた傷口から青白い炎を発し、白い煙を上げながら消滅が徐々に進行し始めていた
そうなのだ。すでに肉体が魔界の存在と化したヒッチハイカーにとって、天敵ともいえる存在である神獣の牙や爪によって付けられた傷は、肉体全てがこの世からの完全なる消滅へと至る傷となるのだった。その傷から徐々に肉体の消滅が始まり、それは健康な部分にまで広がっていき、ついには肉体は真っ白な灰と化していく…
やがて全身にまで及んだ時、その魔物の存在はこの世から完全に消滅する。
不死身の肉体を誇る怪物ミノタウロスであるバリーが、左の角に加えて右手首と右足首をそれぞれ再生修復する事無く失ってしまったのも、神獣白虎の『聖なる牙』によって付けられた傷が原因だったのだ。
だが、バリーが現在も元気でライラと共に行動しているのは承知の通りである。
魔界の存在が神獣に加えられた傷から生き抜くために取るべき方法はたった一つしか無かったが、今夜繰り広げられた戦闘で同様の効果を持つ伸田の放った『式神弾』で受けた傷の効果から、すでにヒッチハイカーは経験し学習済みだった。
「ズバッ!」
「ぐぎゃあああーっ!」
蹲りながら震えていたヒッチハイカーは意を決したのか、ためらいも無く先端が鋭利な刃と化した左腕の触手を一閃させると、消滅しつつあった4枚の翅の根元部分を含んだ自分の背中の肉ごとスパッと、えぐり取ってしまったのだ。
「ベシャッ!」
自分自身によって切り捨てられたヒッチハイカーの背中の肉片は、気味の悪い音を立てて凍てついた地面に落下した。
その血まみれの肉片は、地面に落下し雪にまみれながらも止まる事なく消滅し続けていた。それはやがて、この世から文字通り完全に消えて無くなるだろう。だが、本体であるヒッチハイカーはどうなのか…?
この一連の異様な光景を目の当たりに見た伸田は、これまでのヒッチハイカーとの戦闘の経験から胸に言いようのない不安湧き上がって来た。
彼は油断しない様に気を付けながらも、怪物との距離を取るべく後ろ向きのままジリジリと後退した。
「ぐううぅっ! ぐわおおおうっ!」
「ビキッ! グチュッ! グジュルルルーッ!」
突然ヒッチハイカーの口から上がった苦しそうな絶叫と共に、トンボの胴体に似て細かった彼の下半身が異様に膨らみ始め、伸田の見ている前でラグビーボールの様にどんどん肥大化していく。
目の前で起こりつつある、この奇妙な光景は伸田にとって昨夜からの戦いにおいて既視感を伴うものだといえた。
伸田は、それまでゆっくりと後退っていた動きを止め、後ろを振り返ると同時に一気に駆け出し、全力疾走で一目散にヒッチハイカーから遠ざかった。
あまりの恐怖のために、その時の彼には背中の『ウインドライダーシステム』の6基のプロペラを総動員で回転させて飛ぶ事を思い浮かべる余裕さえ無かったのだ。
十分に遠ざかってから振り返った伸田が見たヒッチハイカーのタマゴ型の形状をした黒い剛毛だらけの下半身部分は、いつの間にか軽自動車ほどもある大きさへと成長していた。
「あの形… 見覚えがあるぞ… それも今夜だ。」
そう伸田が蒼白な顔で呟いた途端、タマゴ型をした下半身の剛毛に覆われた側面部分の表面を内部から突然突き破って飛び出して来た、やはり剛毛に覆われた太さが電柱ほどもある8本の脚がニョキニョキと伸び始めたのだ。
「メキメキメキッ! バキバキバキーッ!」
8本の脚は、見る見るうちに伸びていった。
「蜘蛛だ! ヤツはまた、蜘蛛型の身体に変身する気だ!」
伸田はそう叫びながら、伸びていく8本の脚に支えられて上昇していくヒッチハイカーの巨大な身体に向けて右手に持ったベレッタを構えた。
「ヤツはトンボの身体に見切りをつけて蜘蛛の形態に逆戻りしたんだ!
しまった! ヤツにとどめを刺す絶好のチャンスだったのにっ!」
伸田は地団太を踏むように悔しがった。変身を開始する前の、地面に蹲っていたヒッチハイカーの背中に『式神弾』を一発撃ち込むだけで怪物にとどめを刺せたのだ。
しかし、その絶好の機会は失われてしまった。
今ではもう、その全身を針金のような硬い剛毛に覆われた蜘蛛に似た姿をした怪物の、唯一の急所部分ともいえる人間の形状を保ったままの頭部や上半身は、地面に立つ伸田から手を伸ばしても届かない高さにまで遠ざかってしまっていた。
ついに真っ黒な剛毛に覆われた8本の脚で大地に力強く立ち上がった怪物の姿は全長10数mにも及び、曲げた脚の一本だけでも伸ばせば10mを優に越すだろう。
もう目の前のヒッチハイカーは、怪物というよりも怪獣と呼ぶ方が相応しい巨大でおぞましい姿の存在へと変化していたのだった。
ベレッタを右手に構えたまま後退した伸田は、呆然とした顔で巨大な蜘蛛の姿に似た怪物を見上げた。
「く、蜘蛛のバケモノ… 前よりも巨大化してる。
い、いくら魔物に有効で必殺の威力がある『式神弾』と言ったって、たった一発の9mmパラベラム弾で、こんな怪獣を本当に倒せるのか…?」
強い吹雪の吹き荒れる厳冬の山中にも関わらず、伸田は自分の全身からねっとりとした汗が噴き出してくるのを感じながら、心中の不安を口にせずにはいられなかった。
巨大な蜘蛛の頭に当たる部分から、まるで生えたかの様な人間の形状を保ったままのヒッチハイカーの上半身が、胎児の様に丸まっていた姿勢からゆっくりと起き上がった。
「ふふふふ… たしかに空を飛ぶのも悪くは無かったが、やっぱり大地をしっかりと踏みしめる方が俺の性に合ってるな。
こっちの方が断然いいぜ。」
そう言いながらヒッチハイカーは、たった今生えそろったばかりの8本の長く巨大な脚をシャカシャカと素早く自在に動かして、凍てついた大地で足踏みをした。
「ノビタよお! 白トラ野郎がいなくても俺に勝てると思ってるのか?
舐めんじゃねえぞ、小僧!」
足を広げた大きさが20mはあろうかというヒッチハイカーが、今では30m程も距離を開けていた伸田に向かって巨大な身体を意識させないほどの素早さで一気に走り寄ったかと思うと、右最前部の脚で伸田を串刺しにしようと振り下ろした。
「ビシュッ!」
それまで怪物の姿に呆然としていた伸田は我に返ると、瞬時に『ウインドライダーシステム』に対して「右後方にジャンプ!」と念じた。
「グサッ!」
ヒッチハイカーの振り下ろした巨大な右前脚は、凍てついた地面に数十cmも突き刺さった。
だが、伸田の身体は文字通りの間一髪で怪物の脚を躱し、軽やかに十数m後方へと飛び退っていた。
それを見たヒッチハイカーは巨大な身体にも拘わらず、本物の蜘蛛の様な素早い動きで伸田を追った。
こうなれば、伸田とヒッチハイカーの追いかけ合いであった。『ウインドライダーシステム』のバックパックに装備された6基のプロペラを自在に操りピョンピョンと軽やかに舞う様に逃げる伸田を、あきらめる事無く執拗にどこまでもヒッチハイカーの巨体が追いかける。
吹雪の中に繰り広げられる二者の戦いは、まるで京の都の『五条大橋』で繰り広げられた『牛若丸と弁慶』の一騎打ちを見ている様だった。
疲れを知らぬ怪物ヒッチハイカーの攻撃は前脚だけでは無く、左腕の伸縮自在の触手も加わって激しさを増していく。
「ヒャッハー! これならどうだ!」
ヒッチハイカーは垂直に振り下ろす前脚による攻撃と同時に、鎖ガマの様な触手の水平方向の二段構えの攻撃を放った。
垂直攻撃を躱した伸田に対し、鋭い刃と化した触手の水平方向の攻撃が容赦なく襲いかかる。
「くっ! 疑似結界シールド!」
瞬時に判断した伸田は、背中に装備した『ウインドライダーシステム』のバックパックから放射する超音波と電磁波をシンクロさせて発生させる『疑似結界』を応用した盾ともいえる障壁を展開した。
『疑似結界シールド』は触手の鋭利な刃を見事に弾き返した。
「ガッキーン!」
すでに魔物と化したヒッチハイカーの攻撃は、機械的に作り出されたとは言っても『結界』と同じ作用を有する『疑似結界シールド』を突き抜ける事は不可能だった。
圧倒的なパワーで繰り出されるヒッチハイカーの凄まじい攻撃も、すでに『ウインドライダーシステム』を完璧なまでに使いこなし、文字通りの『風に乗る者』と化した伸田を捉える事は出来なかった。
「くっそお! 何で当たらないっ!?」
自分の攻撃が虚しく空を切り、あるいは弾き返される事に事に、ヒッチハイカーは激しい焦りを感じた。
「よし、いけるぞ!」
焦るヒッチハイカーとは逆に、自分の『ウインドライダー』の能力に酔い始めていた伸田に油断が生じた。
追いかけ合いを続けていた二人の周辺は、表面の凍結しているアスファルト舗装された国道の路面から、表面の土が固く凍り付いた地面にいたるまで、ヒッチハイカーの硬く鋭い足先によって穿たれた穴だらけと化していたのだった。
「うっ!」
ヒッチハイカーの脚の攻撃を避けて見事に躱した伸田だったが、飛び退って着地した彼の左足が、地面に開いていた穴の一つにズボっとはまってしまったのだ。
「しまった! 左足がっ!」
左足がはまり込んだ伸田はバランスを崩し、グラっとよろけた。
「へっへー! マヌケえ!」
ヒッチハイカーの上げる罵声と共に、伸田の身体に何かが猛然とした勢いで叩きつけられてきた。
必殺の一撃を喰らったかと思い、一瞬目を閉じた伸田だったが、感触から自分の身体に当たったのが怪物の鋭い足先や硬質化した触手の鋭利な刃では無かったのを覚った。
それは、ネバネバとした粘液に包まれてた梱包用のナイロン紐に似た白い繊維状の物質で、伸田が着たSITのボディーアーマーにしっかりとへばり付いた。
「くっ!」
目を開けた伸田が見た自分の身体をしっかりと捕らえたモノの正体は、ヒッチハイカーが吐き出した白い蜘蛛の糸だったのだ。それは静香を拘束し、彼女の身体を『夕霧橋』の中央付近の鉄骨から吊るしていた蜘蛛の糸と同一のものだった。
その蜘蛛の糸は伸田がどんなに力を入れてみても、引き剥がす事が出来ない。
『ウインドライダーシステム』の背部バックパックに装備された6基のプロペラの回転を全開にして逃れようとした伸田だったが、彼を捕らえた強靭な蜘蛛の糸から逃げる事は叶わなかった。
「ひゃっはー! ついにブンブン飛び回るハエ野郎を捕まえたぞ!」
ヒッチハイカーが嬉しそうな叫び声を上げた。
「でも、これなら『ヒヒイロカネの剣』で切断出来る!」
静香を救い出した時の状況を思い出した伸田は、蜘蛛の糸を切断するために左手に握っていた剣を振るおうとした。
「させるかよ!」
「ガキーンッ!」
金属同士をぶつけ合う様な鋭く甲高い音と共に、『ヒヒイロカネの剣』は伸田の左手から弾き飛ばされてしまった。
「しまったあっ!」
『ヒヒイロカネの剣』を撥ね飛ばしたのは、ヒッチハイカーの左腕から伸びた触手の先端が硬質化した刃だった。『ヒヒイロカネの剣』は伸田から数m離れた地面に落ち、囚われの身となった彼から届く術も無かった。
右手に握られたベレッタには必殺の『式神弾』が込められてはいたが、残弾はわずか一発…
蜘蛛の糸に囚われた伸田の今の体勢からでは、ヒッチハイカーに致命傷を負わせる部位に確実に当てる事は絶望的だった。
伸田にとって、まさに絶体絶命の危機だった。
「ノビタ… やっと、テメエにとどめを刺せそうだな。
シズちゃんの目の前で身体をバラバラにしてやろうと思ってたが、もうテメエの顔を見るのはうんざりだ。
喜びな、切断したテメエの首をシズちゃんへのプレゼントにしてやるよ。
死ね!」
残忍に笑ったヒッチハイカーが右前脚を伸田に突き刺そうと振り上げた時だった。
「ガアアアアアーッ!」
「ドッガアアーンッ!」
突然、吹雪の中から猛スピードで突っ込んできた巨大な物体の激しい衝突によって、巨大なヒッチハイカーの身体が右斜め前方へと吹っ飛んだのだ。
伸田を仕留める事に夢中になっていたヒッチハイカーは全くの無防備だったと言ってもよかった。
完全に不意を突かれた怪物に特攻を仕掛けて来たのは、重機運搬用の巨大なトレーラーだった。
さすがの怪物も、時速100kmを越していたと思われる大型トレーラーの追突でぶつけられた左側の脚を3本へし折られ、剛毛に覆われた巨大な卵型の腹部に大きく陥没して開いた穴から体液を盛大に撒き散らしながら空中を吹っ飛んでいった。
もちろん、猛スピードで激突して来た大型トレーラー側も無事では済まなかった。
前部が大きく損傷したトレーラーは、激突の衝撃で跳ね返った車体が凍てついた地面をスリップし続け、近くの崖に二度目の激突をしてようやく停止した。
黒煙を上げるトレーラーの運転席のドアを開け、一人の男がよろめきながら降りて来た。
その男を遠目に見た伸田は驚いた。破損したトレーラーから地面に降り立った男が身に着けていたのは、見覚えのあるSITの隊員服とボディーアーマーだったのだ。
「あれは…SITの隊員? 誰だ…? ひょっとして安田巡査か?」
そんなに数多くのSIT隊員を伸田が知っている訳ではない。だが、彼の頭に真っ先に浮かんだのは、図体が大柄で頑丈な力持ちのくせに気は優しい安田巡査の顔だった。
「あの人のおかげで、僕は間一髪で助かったんだ。
もう一瞬、あのトレーラー衝突が遅かったら…僕は間違いなく、ヒッチハイカーの脚に串刺しにされていた…」
伸田は、ガチガチと歯の根が合わないほどに自分の身体が震えるのをどうしようもなかった。
それは吹雪による寒さのせいではなく、間一髪の自分の危機が他人のおかげで危うくも乗り切れた幸運と、一歩間違えれば死んでいた命運の分かれ道を思い返してゾッとせずにはいられなかったのだ。
「でも、巨大蜘蛛になったヒッチハイカーは、あの巨大トレーラーの激突で今度こそ死んだんだろうか…?」
そうつぶやく伸田の方に向かって、トレーラーの運転をしていたSIT隊員がふらつきながら近づいて来た。
「おおい、そこの君! 君の方は無事か?」
自分こそふらついているくせに、他人を心配しながら呼びかけてきた特徴のある低い声に伸田は聞き覚えがあった。
「その声は…長谷川警部! 長谷川隊長、僕です。伸田です!」
それは皆元 静香救出作戦で、製材所で別れたままとなっていたSIT隊長の長谷川警部だった。
伸田は間一髪で自分を救ってくれた命の恩人が思いがけなくも長谷川警部だった事を知り、感激と共に深く感謝した。
長谷川が吹雪の中でも互いの顔が分かるほどの距離まで伸田に近づいた。
「おお、本当に伸田君だ。君が無事で何よりだよ。」
「長谷川隊長、助かりました。今度こそ死ぬかと、あきらめかけたところでした。本当にありがとうございます。」
伸田は心からの感謝を込めて長谷川に礼を言った。
「いや、市民を守るのが私の仕事だ。気にしなくていい。
それよりも伸田君、君の他に生存者は? それに、君のその格好は…?」
長谷川はヒッチハイカーとの衝突で首を痛めたのだろうか、傾けた首をさすりながら伸田に問いかけた。
「この格好は… 説明すると長くなります。あれから、いろいろとあって…
鳳さんに島警部補、それに静香さんも無事です。ただ、安田さんが…」
説明の最後の部分で伸田は、眉間に深い皺を刻むと言葉に詰まってしまった。彼は製材所横の空き地に意識不明のまま残して来た安田巡査の安否が不明なのが心配でならなかったのだ。
長谷川がニヤリと笑いながら伸田に答えた。
「なあに、安田の事なら心配はいらん。あいつは見た通りの頑丈でタフな奴だからね。
それよりも、伸田君… 君を捕らえているその繊維状の物質は、あの怪物が吐き出したものか?」
そう言って、長谷川がヒッチハイカーの吐いた糸を指さしながら伸田に問いかける。
「そうです。僕を逃がさないために、ヤツが蜘蛛の糸で磔にしたんです。長谷川さん、そこに転がっている剣を取ってもらえませんか。この糸は、その剣でしか切断出来ないんです。」
長谷川は伸田の指差した先に落ちていた銀色の『ヒヒイロカネの剣』を拾い上げ、伸田を縛めているヒッチハイカーの糸を切断しようとした時だった。
「ドッカアーンッ!」
突然、辺り一面を揺るがすような爆発が起こった。ヒッチハイカーに激突した後、崖に衝突したまま停車し炎上していたトレーラーが爆発したのだった。
********
「おや…何かが爆発したようだね。これは軽油が燃える匂いだ。トラックか何かが爆発したのかしら?」
そう言いいながら隣を歩く相棒のバリーを振り返ったのは、容姿こそスーパーモデルの様に美しいが性格は残忍で獰猛な女殺し屋のライラだった。
この二人組の殺し屋コンビは自分達の乗っていたヘリ『ブラックホーク』から飛び降りた後、目標のヒッチハイカーがいると思われる『夕霧橋』の方へ向かって吹雪の中を徒歩で移動中だったのだ。
「バリー、ごらんよ。あそこに懐かしい車がいるじゃないか。
まあ、ずいぶんとポンコツになっちまってるようだけど… 暗号名『ヒッチハイカー』に手ひどくやられちまったみたいだね。」
『黒鉄の翼』に撃墜された『ブラックホーク』から飛び降り、『夕霧橋』付近まで徒歩でたどり着いたライラとバリーだったが、前方に停車中の大破した『ロシナンテ』を見つけたライラがニヤニヤ笑いながらバリーに言った。
「ブ? ブモオオーッ!」
自分でも『ロシナンテ』を目にしたバリーが突然興奮し、雄叫びを上げた。
「ふふふ… バリー、気持ちは分かるけど興奮するんじゃないよ。たしかにあんたにとっては、あのポンコツ車は以前に自分の腹に穴を開けやがった小憎らしい車だろうけどさ。
どうやら、『ヒッチハイカー』にだいぶやられちまったようだね。」
そうなのだ。
以前、ライラとバリーの二人組が白虎である千寿 理と初めて戦った際、瀕死の危機に陥った千寿の救出に現れた風祭 聖子が遠隔操縦する『ロシナンテ』が、今回のヒッチハイカー戦と同様にPSキャノンの30mm徹甲弾の三連バースト砲撃で、さすがのバリーの誇る鋼の筋肉も貫かれ腹に大穴を開けられたのだ。
その結果、立ち直って獣人化した千寿にバリーは逆転負けを喫し、文字通りに首から上の頭部だけの存在となってしまったのだった。
『ロシナンテ』は、バリーにとっては恨んで余りある車なのだった。
「あんた、あのポンコツ車をブチ壊すってのかい? まあいいか… アタシ達のヘリも撃墜されたんだ。あの車も、あのカザマツリって女が作ったんだってんなら、いいから思う存分ぶち壊してやりな。
中に人が乗ってるってんなら、構わないから、そいつらごとやっちまいな。」
ライラが美しい顔に似合わない物騒な言葉で、相棒であるミノタウロスのバリーに『ロシナンテ』の破壊を命じた。
「ブッフッフ」
相棒のライラから正式に攻撃と破壊のお許しを得たバリーは、灰色をした水牛の顔に嬉しそうな表情を浮かべた。
********
「警告! 右前方2時の方向より正体不明の二人組が接近中! 現在『ロシナンテ』からの距離、約200m!」
突然、『ロシナンテ』に搭載されている完全自立思考型人工知能の『ロシーナ』が良く通る女性の声で警告を発した。
「何だ?」
ヒッチハイカーに破壊された『ロシナンテ』の屋根を、応急処置として常備されていた防水シートで覆う作業をしていた島警部補が『ロシーナ』の指摘した方角に目を凝らしたが、10m以上先の視界は吹き荒れる吹雪のために目視不可能だった。
屋根の補修は車外からは島警部補が担当し、車内側からは鳳 成治と皆元 静香が協力して作業していたのだ。
「二人組だと? 今頃、吹雪の中をこんな場所に何者だ…? 敵か…味方か?
『ロシーナ』、もっと詳しく分からないのか?」
運転席で防水シートを内側からテープで貼り付けていた鳳が『ロシーナ』に問い質した。
運転席と後部座席の10インチ液晶モニタに、温度分布を表わすカラフルなサーモグラフィーで描出された動画が映し出された。
「超望遠カメラによるサーモグラフィー画像です。
画像解析したところ、一人は体型から見て身長約175㎝の女性。もう一人は、人解とは思われないほど異常に筋骨の発達した男性…こちらの身長は約270㎝。頭部の2本のツノも入れると、およそ300㎝…」
「に、270㎝っ!? それに頭にツノ?」
3人の口からほぼ同時に驚きの声が上がったが、当然の反応だろう。恐らく世界中を捜したところで、そんなに巨大な人間はいない筈だからだ。
「み、見て下さい! あ、あの男、本当に頭に2本のツノがある…」
『ロシナンテ』の車内に戻った島が、サーモグラフィーの画像を指さして喉がつかえた様な声で言った。
温度の分布を色で表わすサーモグラフィー画像では、表示された色によって頭の角が作り物の飾りなのか、生物としての肉体の一部なのかは一目瞭然なのだ。
だが、不思議な事に…頭の右側に生えたツノはオレンジ色の体温分布を示しているが、左側のツノこそ作り物なのだろうか…?
その部分の色は、温度が低い事を表わすブルーだったのである。
「二人組… 男と女… 大男の方は頭にツノ… ま、まさか! ヤツらか!?
さ、殺戮のライラ&バリー!」
普段はクールな鳳が珍しく慌てている様子を見て、後部座席に座る島と静香は顔を見合わせた。
鳳はこの奇妙な男女の二人組を知っているのだろうか?
それに、この鳳 成治の冷静さをここまで失わせる彼が呼ぶところの『殺戮のライラ&バリー』とは、一体どういう連中なのだろうか…?
静香が物問いたげな目つきで島の顔を見つめたが、その視線に気づいた彼も首を横に振るばかりだった。
世界中の諜報機関の間では泣く子も黙る存在として認識されている『殺戮のライラ&バリー』だったが、日本の地方警察における一警部補でしかない島が知る筈も無かった。
「恐ろしいヤツらがやって来たようだ… 当然ヤツらの目的は、我々と同じくヒッチハイカーの確保だろう。
どこの組織かは不明だが、とんでもない化け物コンビを派遣しやがった。」
そう早口でしゃべる鳳の額には、この寒い気温の中にも拘らずじっとりと脂汗が浮き出していた。
「警告! 二人組が走り出しました。こちらに向かって一直線に疾走中!
このスピードは人間の出せる速度ではありません!」
『ロシーナ』が甲高い女性の声で、まるで悲鳴の様な警告を発した。
「島警部補! バンパーミサイル発射準備だ! 照準が合い次第、発射しろ!」
鳳が叫んだ。
「ええ!? 相手は生身ですよ!」
当惑した島警部補が叫び返す。
「バカ野郎! アイツらは正真正銘のバケモンだ! ヒッチハイカーより数倍恐ろしいヤツらだ!
いいから撃て!」
「りょ、了解っ!」
不承不承ではあったが、島が真剣な表情をした鳳の命令に服従の姿勢を取ろうとした時だった。
「もう、遅いんじゃない? この距離でミサイルは撃てないでしょ。」
突然フロントガラスの前に現れた美しい女が、車内の3人に向かってウインクしながら言った。
この突然現れた女の容姿は明らかに日本人のそれではなく、ラテン系らしく思われるその美しい容貌はハリウッド映画の主演級の女性俳優か、パリコレクションなどの世界的ファッションショーに登場するほどの一流スーパーモデル並みの顔とスタイルで、全身の美しいラインがハッキリと分かるほど身体にピッタリとフィットした黒い皮で出来た戦闘スーツの様な服装を身に着けていた。
その胸元は見る男を誘うかのように、豊満な胸の谷間がハッキリと分かるほどにチャックが広げられていた。
彫りの深い顔立の彼女は、緩やかなウェーブのかかった漆黒の長い髪をアップにまとめ、瞳は見ていると引き込まれそうな深い緑色をしている。
男なら誰でも彼女を振り返って見惚れ、その妖艶さに悩殺されてしまうだろう。それほどに妖しくも美しい容姿だった。
『ロシナンテ』車内でも後部座席の島が身を乗り出すようにして、その女を食い入るように見つめていた。そんな島の姿を見た隣の席に座る静香は、呆れた様に清楚で可愛い顔をしかめていた。
「お、お前は、ライラっ!」
女から一番距離の近い運転席に座っている鳳が驚愕の叫び声を上げた。
それを聞いた島と静香は、目の前にいる美貌の女が先ほど鳳の言っていた『殺戮のライラ&バリー』なる存在の一方である事に驚いた。こんなに美しい女性がと…
「あら、アタシを知ってるあなたは誰かと思えば… これはこれは、内調(内閣情報調査室)特ゼロ(特務零課)課長の鳳 成治さんじゃないの。」
ライラが美しい顔に浮かんだ妖艶な笑みを、嬉しそうにさらに広げながら言った。
「ライラ! お前達がここへ来た目的は、ヒッチハイカーの確保か? お前の相棒のバリーはどこにいる?」
そう問いかける鳳は、ライラの美しい緑色の目から視線を外す事が出来ないでいた。それはまるで、妖しくも美しい彼女の視線に鳳の心が捉えられてしまったかの様だった。
『まさか… 陰陽師の俺が…ライラの視線に射すくめられて…?』
彼は葛藤する心の中で思った
「ふふふ…アンタみたいに頭の回転が早くて、物分かりのいい男ってキライじゃないわ。
そう… アンタの言う通り、アタシ達の目的は暗号名『ヒッチハイカー』の身柄の確保、または遺体を回収する事。
それに、お捜しのバリーなら… ほら、アンタ達の後ろにいるじゃない。」
ライラが真っ赤なルージュを塗った美しい形の唇を突き出して言った時だった。
「ブモオオーッ!」
ウシの嘶きの様な声が辺りに響き渡ると同時に、『ロシナンテ』の車体にガシッと衝撃が走り、車体がユラユラと揺れたかと思うと後輪が二つとも地面から浮かび上がった。
「うわあっ!」
「きゃああーっ!」
角度が付き、まるで滑り台にしがみ付くような姿勢になっている後部座席の島と静香が恐怖の叫び声を上げた。
信じられない事に、自分達3人の体重と合わせて3t近い車重は優にある『ロシナンテ』の後半分が空中に持ち上げられていくのだ。そんな芸当が出来るのは、クレーン車の様な重機くらいしかあり得ない。
そう思いながら、後ろを振り返った島と静香は信じられないものを見た。
「いやああああーっ!」
両手で自分の頬を挟み込むように押さえた静香の口から恐怖の絶叫が迸った。
「う、牛のバケモノおっ!?」
昨夜来、様々な不可思議な事象を目撃して多少の事では驚かない気になっていたSIT隊員の島でさえ、自分の目を疑いつつも驚愕の叫び声を上げていた。
後部座席のさらに後ろ、ラゲッジスペースを隔てた向こう側にある後部ドアの窓越しに車内を覗き込んでいたモノは…全体が濃い灰色をした水牛の頭部だったのだ。
「ブッモオオオオーッ!」
それは、牛頭人身の怪物ミノタウロス… バリーの頭部だった。
【次回に続く…】
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