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妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「由井正雪と魔槍『妖滅丸』」(⑤伍)" 柳生十兵衛三厳 "
申し遅れて相済まぬ
俺は『柳生十兵衛三厳』
この家の嫡男だ
だが、お前さんが俺の屋敷に忍び込んだんだから
俺が「相済まぬ」という事は無いか…?
これは笑えるのお!
わっはっはっは!
********
『柳生十兵衛三厳』だと…?
この男があの当代随一と言われる剣豪の…
なるほど…
先ほどより拙者が感じておった
この男から発散される
目に見えぬ剣気とでも言うべき『気』…
柳生新陰流においては
父である『柳生但馬守宗矩』を越えるとまで云われる天才剣士
『柳生十兵衛三厳』殿ならば頷ける
しかし、この屋敷は柳生家だったのか…?
してみれば妖怪『野衾』に襲われしは
将軍家兵法指南役でもある大目付の
『柳生但馬守宗矩』殿の江戸屋敷か…
「拙者の名は…」
********
よいよい…
先ほどの由井 正雪とお前さんのやり取り
全部聞かせてもらったからな
そんなに驚いた顔をしなさんな
俺は自分の家の庭にいただけだぜ
そっちが勝手に入って来たんだ
だが、お前さんを捕まえようなんて腹は無いから
安心致すがよい
いいんだよ
俺としちゃあ、自分ちに
珍しい客人が来たってなくらいのもんだ
お前さんは由井 正雪の誘いをきっぱりと蹴っていたし
何よりも俺の目から見て
お前さんは信用に足る人物だ
俺の人を見る目は確かなんだ
お前さんの剣の腕前、相当なもんだろ?
一度手合わせして見たいものだ…
しかし…
うちの庭番が鉄砲で撃たなきゃ
お前さんと由井の闘いを観れたんだがなあ
惜しいこった…
それだけが返す返すも残念でならねえや
********
この柳生十兵衛という男…
大目付の嫡男とは思えぬ物言いに
格好も拙者達浪人と大差は無い
不思議な男だが嫌味が全く無い
天真爛漫で豪放磊落とは
この様な男を言うのであろうな…
拙者は一目で十兵衛に好感を持った
だが…
この十兵衛は拙者と由井との話を
どの辺りから聞いておったのか…?
拙者に在らぬ疑いが掛からねば良いのだが…
この拙者の心を読んだかの如く十兵衛が言った
********
ふふふ…
心配はいらぬよ
俺は大目付の親父殿の命令で
軍学者の由井 正雪を監視しておったのだ
俺自身と柳生家の庭番でもある柳生忍軍でな
外で行動してた俺達は妖の痺れ薬を飲まずに済んだ
お前さんは偶然にここへ来ちまったんだろ?
飛び入りの客ってわけだな
だが由井と妖との一騎打ちは
さすがの俺も肝を潰しちまったぜ
人間同士の決闘なら腐るほど見てきた俺だが
妖か…?
あんなのは初めて見た…
しかも、『妖狩り』だと?
あの由井がそんなもんだったとはな…
お前さんもそうなんだな?
『青龍』どのよ
********
ようやく…
拙者がしゃべる番になったようだ
この男は剣豪の割には
よくしゃべる男だなと思い、拙者は苦笑した
公儀の秘密を
この様にべらべらとしゃべってしまって良いものかと
拙者の方が十兵衛の身を心配になった
よくよく根が正直な男なのだろう
嘘が付けないらしい
「そうだ…
由井とは初対面だが
拙者も彼奴と同じ『妖狩り』でござる
人に害成す妖どもを狩るのが拙者の生業
もっとも、由井 正雪は別の目的で
妖を狩っているようだが…
拙者の持つ魔剣『斬妖丸』も
由井の持つ魔槍『妖滅丸』も
倒した妖をその刀身に封じ込める武器…
封じた妖の力を己が力として
自在に操る事が可能となり申す」
柳生十兵衛が何もかも話すので
拙者も腹を割って打ち明ける事になってしまった
この十兵衛という男にはそんな不思議な魅力があった…
********
「なるほど… 良く分かった
お前さんの生業ってもんがな…
だが、由井のヤツは己の野望のために
その力を使おうとしてるって事か…
俺はお前さんと同意見だぜ
この日本に二度と大きな戦を起こしちゃいけねえ
幕府転覆を目論む由井のヤツを捕まえて
その企みを未然に防がなきゃならねえ
だが、由井がそんな恐ろしいヤツだとなると
この俺だって刃が立たねえかも知れねえな
どうだい、『青龍』どの…
幕府のためじゃねえ
公方様(将軍)の御ためでもねえ
江戸庶民を戦禍に巻き込ませねえために
お前さんの力を俺に貸してくれねえか…?
これは俺個人の頼みだ
この通りだ、『青龍』どの!」
********
十兵衛が拙者に対し深々と頭を下げた
拙者は迷った…
このあまりにも真っ直ぐで実直な剣豪
柳生十兵衛の必死な頼みを聞いてやりたい…
しかし…
幕府に与する事は拙者の主義に反する
人間同士の争いに妖の力を持ち込みたくはない
しかも相手は拙者と同業の者じゃ…
由井を仲間などと思いはせぬが
拙者達が同程度の能力ならば
双方の妖力で町を焼き尽くし
或いは地震や津波で江戸中が
壊滅する羽目になるやもしれぬ…
そうなれば
江戸庶民が全滅の憂き目に…
そうなっては元も子も無い
拙者には十兵衛に答える言葉は一つしか無かった
「お断りいたす…」
********
そうか…
仕方あるまい…
元々お前さんは関係ねえんだ
気にするな
公方様が支配するこの江戸城下は
俺達柳生は元より
直参や旗本で守らねえでどうするってんだ
由井 正雪は俺達で何とかするさ
忘れてくれ…
それじゃあな
妖狩りの『青龍』どの…
お前さんも人々のために
悪い妖をせいぜい狩ってくれよ
********
「十兵衛どの…」
拙者は十兵衛の隻眼に浮かんだ悲しそうな色を見て
思わず声を掛けていた
********
ん…?
何だい?
もういいからお前さんは帰んな…
何か俺に言いたい事があるってのか?
********
「手が全く無い訳では無い…
由井 正雪の恐ろしさは彼奴の持つ魔槍でござる
彼奴の魔槍『妖滅丸』を封じさえすれば
十兵衛どのの剣捌きにて由井は討ち取れるでござろう…
由井は体術、槍術共に恐ろしき腕前ではあるが
十兵衛どのの新陰流の敵ではござるまい」
拙者は柳生十兵衛の漢気に惚れた
十兵衛という天真爛漫かつ豪放磊落な漢の意気に負けて
自分で関わるまいとした決心を曲げる事にした
しかし…
やはり由井 正雪と拙者との直接の対決は
江戸という都を破壊しかねない
他に考えられる唯一の手を柳生十兵衛に教える事にした…
※【(陸)に続く…】
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