妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「由井正雪と魔槍『妖滅丸』」(⑧捌)" 沢庵と十兵衛 "
この『斬妖丸』の震え…
さては由井めが『妖滅丸』を使いおったか…
柳生十兵衛が危ない…
行くぞ『斬妖丸』!
拙者は十兵衛を死なせたくは無い…
あの男は拙者の友だ!
むざむざと由井に殺させはせぬ…
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和尚っ! 沢庵和尚っ!
おられるかあっ!
十兵衛三厳にござる!
火急の要件にて罷り越し申した!
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何じゃ…
やかましいのう、お主は…
この沢庵、年は取ったが耳は耄碌しとらんわい
ちゃんと聞こえておると言うに…
十兵衛、いかが致したのじゃ…?
お主にしては珍しく血相など変えおって…
何事じゃ?
柳生十兵衛三厳ともあろう者が…
狼狽えるでないっ!
落ち着いて話さぬか!
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ここだな…
江戸柳生家下屋敷は…
正面から入るのは話がややこしくなる
ここは失礼致す!
はっ!
拙者は塀を飛び越え敷地内に入った
十兵衛は沢庵和尚が滞在されておるのは
『検束庵』と名付けし屋敷内の一室と申しておった
沢庵どのの元へ十兵衛が参っておる筈じゃ
『斬妖丸』よ、十兵衛の気配を探れ
魔剣『斬妖丸』が刀身を震わせて拙者に方向を示す…
ふむ、十兵衛はここか…
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何奴じゃっ!
そこに潜みしはっ⁉
さては敵方の間者かっ!
ここに居るのを柳生十兵衛と知っての狼藉か!
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「ビシッ!」
突然に部屋の中から障子に穴を穿って小柄が飛んで来た
十兵衛の投げし小柄であろう
実に正確に眉間に達しようかという寸前で
拙者は素早く身を躱しながら右手で小柄を受け止めた
これが余人であれば確実に命を絶たれておる所だ…
さすがは柳生十兵衛、容赦無しか…
「おおっ! 誰かと思えば『青龍』どのではないか…?
やはり貴公も和尚の元へ参ったか
してみれば、気が変わられたのかな?」
出て来た十兵衛が拙者の顔を驚きながらも
嬉しそうに見つめている
だが、十兵衛の顔に陰りと嘆きの色があるのを
拙者は見逃さなかった
拙者と別れた後、柳生に何かあったか…?
「和尚!
今、俺が話していた『青龍』どのが参られた
上がってもらうぞ! よいな!
という訳だ… お上がりなされよ」
拙者は十兵衛の無事を確認すれば帰るつもりだったが
そうもいかなくなり
部屋に上がらざるを得なくなった
「失礼致す…」
拙者は座敷に上がり胡坐をかいて座る
懐かしい沢庵和尚との久しぶりの対面を果たした
「沢庵どの… お久しゅうございます
その節はお世話になりました…」
拙者は沢庵和尚の前に膝を揃えて深々と頭を下げた
「おお… 十兵衛の申した『青龍』とは
やはり其方の事であったのじゃな…
其方と旅した道中は楽しかったわい
懐かしいのお… 青方どの
いや、青方 龍士郎どのよ…」
沢庵和尚は拙者の名を正確に覚えておられた
あの頃より年を召されたが、まだまだ壮健で
記憶も確かな御様子に拙者は安心致した
「そうか、貴公の名は青方 龍士郎どのと申すのか…
それで『青龍』と名乗っていたのか
はっはっは! これは愉快じゃ!」
十兵衛が楽しそうに大声で笑った
「やかましいのお、十兵衛は…
ところで、青方どの…
その其方の魔剣…
確か『斬妖丸』と申したか…?
以前よりさらに妖力を増した様じゃな…
凄まじき魔剣に成長致しておる」
やはり沢庵和尚の眼力は確かなものであった
『斬妖丸』の真髄を見抜いていた
「はっ…
沢庵どのと別れてからも妖狩りを続けておりました故…」
拙者は脇に置いた二本の愛刀の内
『斬妖丸』を見据えて言った
「さもありなん…
で、青方どのよ… 十兵衛の話では
その其方の魔剣と同じ力を持つ魔槍を操る者が
幕府転覆を企んでおると言うが…
其方の魔剣がそうして存在する以上は
拙僧もその話を信じぬわけには参るまいて…
じゃが、その様な輩が幕府転覆を目論んでいるとは
ちと厄介じゃのう…」
拙者は居ずまいを正して和尚に言った
「その通りです、沢庵どの…
拙者と由井 正雪が妖の力で衝突すれば
下手をすると、この江戸が消滅しかねないので
拙者には手出しが出来ないのです…」
今度は十兵衛が真剣な顔で話し出す
「青方どの… 由井は今日手に入れた妖の力を
早速に使いおったらしい
俺の放った柳生の忍びが四人…『野衾』に焼き殺された
いずれも手練れの柳生家お庭番…
一人だけ生き残りし者の報告では
由井は『野衾』に乗って空を飛んだと云う
空からの火炎攻撃に
さしもの手練れの忍びどもも成す術も無く…」
十兵衛はやや俯きながら苦しそうに話した
配下を四人も失い、身を切るように辛いのであろう
この男にしては表情が暗いのは
それが原因であったか…
「とにかくじゃ…
その由井 正雪とやらが持つ魔槍が
青方どのの『斬妖丸』の様に成長を続けおったら
手に負えなくなるわいのう…
ようやく基盤が固まって来た江戸幕府を
由井の目論見通りに破壊させてはならぬ
拙僧はお亡くなりになられた天海大僧正より
江戸の町と将軍家を託されたでなあ…」
沢庵和尚がツルツルの頭を撫でながら天井を見上げた
「打てる手はただ一つ…
沢庵どのが魔槍『妖滅丸』を法力にて封じ込める事のみ
さすれば、十兵衛殿が由井 正雪を仕留められましょう」
拙者の進言に十兵衛が大きく頷き、鼻息荒く言う
「もちろんだとも…
魔槍さえ封じ込めれば
必ずや俺がこの手で由井を仕留めて見せる
由井の集めし浪人や反幕府の者どもは
幕府側にて必ずや鎮圧致す事が出来ようぞ」
沢庵和尚も居ずまいを正し
拙者と十兵衛の顔を交互に見つめて言った
「ふむ…
やって見るしかあるまいて…
拙僧と幕府お抱えの僧侶達の力を結集し
御仏のお力を借りて由井の魔槍を封じて
幕府転覆の企てを未然に阻止致し
必ずや、この江戸の町を救うのじゃ
十兵衛はすぐに
父上の宗矩殿に報告し、上様のお耳にもお伝え申せ」
十兵衛は沢庵和尚の顔を見て頷き、すぐに立ち上がった
「承知した! では御免!」
十兵衛は畳に置いていた自分の刀を掴むや
沢庵和尚と拙者に大きく頷き、すぐさま部屋を後にした
「ふっ…
相変わらず慌ただしいヤツじゃのう…」
沢庵和尚が十兵衛の出て行った方を見て苦笑しながら言った
だが、その皺に囲まれた老僧の細めた目には
十兵衛に対する信頼と慈愛の光が浮かんでいた…
「沢庵どのは十兵衛どのがお好きのようですな」
拙者は十兵衛に対する多少の羨望を込めて沢庵和尚に尋ねた
「そうじゃのう…
拙僧は十兵衛を小童の頃より知っておる
あの者は真っ直ぐで豪快だが優しい所も有ってな…
もちろん、拙僧に子など無いが
彼奴が可愛い自分の息子の様な気がしてのう…
あっ、今のは十兵衛には言うてくれるなよ
ヤツがつけ上がり、調子に乗るといかんでな
ほっほっほ…」
沢庵和尚の高笑いが『検束庵』の部屋中に響き渡った
拙者もつられて笑っていた