【Rー18】ヒッチハイカー:第8話「どうしても南へ行きたいんだ…」⑥『突然現れた男… そして伸田は、一人戦場へ向かう』
炎上し続けるガソリンスタンドを中心とした林の周辺に、数分間に渡ってひとしきりSMG(サブマシンガン)の発砲音とSIT(Special Investigation Team:特殊事件捜査係)の同僚達のものと思われる悲鳴や怒号が飛び交った後、それらの音は始まった時と同様にパタリとやんだ。
「今の銃声は何だ? 交戦が始まったのか? 展開している方角から言ってBチームか…?」
部下の富山巡査を伴い、クラクションを鳴らした車を探索するために、それまでにいた林からちょうど抜け出ようとしていた地点で、激しい悲鳴や怒号に混ざったSMGの連続した発砲音を聞いたSITのAチームのリーダーである島警部補と、同伴していた富山巡査は傍の木に身を寄せて陰に隠れた。
「自分も恐らくBチームかと…」
富山巡査は銃声のした方角を見つめながら、そう返事をした後でゴクリと唾を飲み込んだ。
「Bチームリーダーの山口巡査長からは何の連絡も無かった… 慎重な彼が、こちらに連絡する間もなく交戦に至ったというのか? 俺は無線でBチームを呼び出してみる。お前はCチームリーダーの金田巡査長と連絡を取って向こうの様子を聞いてみてくれ。」
富山巡査にそう命令した島警部補は、さっそく自分でも無線を使ってBチームの呼び出しにかかった。
「こちらAチームの島… Bチームリーダー山口巡査長、応答せよ。」
何度かBチームへの呼びかけを行ったが、向こうからは一切の返答が無かった。
「ダメだ… 返答が無い。そっちはどうだ?」
島警部補に問われた富山巡査が即座に答える。
「はい、Cチームの金田巡査長と連絡が取れました。向こうでも今の発砲音は寝耳に水だったらしく、やはりBチームから交戦前に何の事前連絡も無かったそうです。」
「そうか… しかし、考えたくは無いが…応答の無い所を見るとBチームのメンバーは交戦の結果、全滅したという事も…」
そう言って富山巡査の顔を見るが、彼も悲しげに首を振るばかりだった。
自分も含め、誰にもBチームの現況など分かる筈が無かった。
「よし、クラクションを鳴らした車はすぐそこだ。俺とお前がここまで来た以上は初期の目的通り、車内及び車の周辺を確認した後に再びAチームの他のメンバーと合流しよう。分散したままでいるのは危険だ。」
そう言っている間にもAチームの他の隊員から連絡が入り、島は富山に言ったのと同じ事を相手に伝え、追って指示を待つように命令した。
島と富山がクラクションを鳴らしたと思われる車の地点まで来た。
「俺が車内を調べる。お前は周辺を警戒し、俺を援護しろ。」
島警部補はそう言って運転席のドアを確認し、鍵のかかっていなかったドアを静かに開けてSMGで警戒しながら車内を調べ始めた。
富山巡査はSMG(サブマシンガン)のMP5SFKを構え、運転席を背後に守るようにして周囲を警戒した。
「よし、もういいぞ。」
そう言いながら運転席のドアを閉めながら、目で問いかけてくる富山巡査に首を振って答えた
「ダメだ、中には女性一人に男性一人の遺体があるだけで生存者は無し。女性は死因は分からんが首を切断されている。男性は左手首を切断された事が原因の、失血死と言ったところか…
詳しい事は検視を待たねば不明だが、とにかく最悪の事態だな。皆元さんの話と合わせると、これで死者は4名になる。残る男性の生死を確認して、彼が無事ならば必ず救出するんだ。救出対象者の全滅だけは防ぎたい。
とにかく、俺達はAチームの他の者と合流しよう。行くぞ!」
島警部補は富山巡査の肩を叩き、二人で前後左右を警戒しつつ元居た林の中へと戻る道を進んだ。
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作戦指揮所内では、この作戦の現場指揮官でありSIT隊長の長谷川警部が、被害者の皆元静香から彼女の知っている限りの情報を聞き終えたところだった。
隣にいた副長の横田警部補は、先ほど部下の警官に呼ばれて途中から退席していた。
代わりに、先ほど静香にコーヒーを入れてくれた西山巡査と名乗る女性警官が静香から聞き取った話をノートPCに入力し記録していた。
「ありがとうございました、皆元さん。あなたのお話は事件解決の貴重な情報となるでしょう。また本署でも同じ事をお聞きする事もあるかと思いますので、その際は引き続きよろしくお願いします。」
そう言った長谷川警部が静香に向けて頭を下げた時、退席していた横田警部補が戻って来た。だが、その顔色は真っ青で額から汗を流して、ひどく慌てている様子だった。
静香の見ている前で、長谷川警部に急いで耳打ちする。
「何?分かった… 報告はそちらで聞く。皆元さん、私は少し席を外します。西山巡査、皆元さんのお相手を頼む。」
横田警部補の耳打ちで、やはり顔色の変わった長谷川警部は女性警官の西山巡査にそう言い残し、静香に頭を下げてから事情聴取をしていた事務所内の応接セットのソファーから立ち上がり、横田警部補と共にドアを開けて外へ出た。
そんなに広い事務所でも無くドアもしっかりとした物では無かったので、外で立ち話をする二人の話が静香にも聞こえて来た。
「どういう事だ? 被疑者とBチームが指揮所に何の連絡もせずに勝手に交戦したというのか? しかもSMGを装備し、発砲したBチームの隊員達の方が全滅しただと…? そんな馬鹿な…」
「自分も信じたくはありませんが、Cチームリーダーの福井巡査長からの無線報告では交戦の結果、Bチームリーダー山口巡査長以下6名の隊員全てが殉職したとの事でした。加えて、皆元さんを除いた救出対象者の3名の内2名の死亡が新たに確認されたとの事です。」
上官である長谷川警部に、部下達の死を含めた現場の状況を報告する横田警部補の声は震えていた。泣いているのか、時おり鼻をすすり上げながら話している。
ドア越しに聞こえてくる二人の会話に応接セットに座っていた静香と女性警官の西山巡査は、互いに真っ青になった顔を見合わせた。
「ああ…何てこと… 剛士さん、エリちゃん…」
静香の向かいのソファーに座っていた西山巡査が席を立ち、静香の隣に腰掛けて彼女の手を強く握ってやった。
静香は震えながら西山巡査に縋りつく様にして彼女の肩に頭を預けた。西山巡査は優しく静香の頭を撫でてやる。
「お願いよ… ノビタさん、あなただけでも無事でいて…」
静香は恋人である伸田伸也の安全をひたすら祈った。
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富山巡査と共に林の中で他の4名の部下と無事合流した。
静香を作戦指揮所まで送り届けた安田巡査も、すでに帰還してAチームに復帰していた。
島警部補がAチーム全員に向けて言った。
「みんな無線で聞いたな? 現場を確認したCチームリーダーの福井巡査長からの報告では、Bチームは6名全員が殉職した。生存者はいない…
Bチーム各員の遺体は、刃物と強い力での殴打による著しい損傷を受けているが銃痕は確認出来ず。逆に殉職した全隊員が手にしていたSMGに装填中だった銃弾は全弾撃ち尽くされていたにも拘らず、被疑者の遺体は確認出来ていないとの事だ。
Bチームの全滅は、共に命を張ってきた職務を遂行してきた同僚として非常に悔しいし残念だが、これは目をつぶるわけにはいかない現実だ。
各員、自分の装備を再確認し敵との遭遇・交戦に備えろ。俺の私見を述べるが、ここからは被疑者の逮捕というよりも戦闘と考えろ。残った救出対象者の男性の救出保護が最優先されるが、各個に味方と自分の命を守れ。
これは命令だ、絶対に死ぬな!」
5名の部下達はチームリーダーである島警部補に対し、強く頷いて同意の意思を示した。
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伸田は倉庫の中で積まれたタイヤの陰に隠れて震えながら軽機関銃の発砲音を聞いていたが、発砲音と悲鳴が聞こえなくなってからもしばらくは恐怖で立てなかった。
ミチルの首のない遺体も須根尾の切断された首も、伸田が倉庫を出る前の状態のままだった。
恐怖が少し治まってから、伸田は今の状況を自分なりに考え始めた。
「さっきの機関銃の発砲音らしき音と悲鳴や怒号は、いったい何だったんだ?
機関銃なんて所持できるのは、この日本で自衛隊か警察しかないはずだ… となると、僕達を救助に来てくれた組織の人達って事なんだろうな。
でも、機関銃を撃ちながら悲鳴や怒号を上げるなんてのは、考えられる事は一つしかないぞ。
ヒッチハイカーを逮捕し、4人が殺された今となっては僕とシズちゃんの2人を救出するために派遣された部隊が、逆にヤツに返り討ちに遭ってしまった…」
伸田は静香が生きているという考え方に固執し、どうしても捨て切れないでいた。それは、あくまでも彼が求める希望だったのだが…
「全滅してしまったのか、他にも救出部隊がいるのか僕には何も分からない。でも…あのヒッチハイカーは、一体どれだけ化け物じみたヤツなんだ。機関銃を装備した部隊でも手に負えないなら、僕なんかがこんなタイヤレバーを一本持っただけで、立ち向かえるはずが無いじゃないか…」
伸田は自分が強く握りしめていたタイヤレバーを見つめて、ため息をついた。
「僕も銃が欲しい… はっ、そうだ!やられてしまった救出部隊の連中の使ってた銃を、今なら手に入れられるんじゃないか…? きっと、まだ回収されてはいないだろう。
現場に行ってみる値打ちは大いにあるぞ。他にも何か使える物があるかもしれない…」
そう考えた伸田は、居ても立っても居られなくなった。
一刻も早く武器を手に入れて、ヤツに一矢でも報いてやらなければ、殺された剛士や須根尾にエリやミチルに申し訳が無い… 伸田はそう思わずにはいられなかった。
そして、何よりも静香を自分の手で救い出したいと切に願ったのだ。
伸田は行動を開始した。機関銃の発砲音のした場所は、おおよそだが分かっている。
伸田はタイヤレバーを握りしめ、固い決意を胸に倉庫を後にした。
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現時点での現場状況報告を副長の横田警部補から受けた長谷川警部は、有能な部下達の命を作戦行動中に失ってしまった事を非常に悲しみ、そして同時に犯人に対する猛烈な怒りを覚えていた。
横田警部補も全く同じ気持ちだった。
何度も命がけの任務を、共に遂行してきた戦友の様な部下達… 家族よりも多い時間を一緒に過ごしてきた、心から信用出来る存在で子供の様に可愛かった部下達…
「行くか? 横田君。」
二人の間では、その一言で十分だった。
「もちろんです、隊長! 可愛い部下達の弔い合戦に我々が出向かないのでは、あの世でアイツらに顔向け出来ません!」
横田警部補は即答するとともに、長谷川警部に対して最敬礼した。
「よく言ってくれた、私も君と全く同じ気持ちだ。それに、あたら有能な若い連中をこれ以上死なす訳にはいかん。
よし、これより君にDチームを任せる。私は全体の指揮を執る。」
そう言って長谷川警部が差し出した右手を、横田警部補が尊敬のまなざしと共に嬉しそうに握り返した。この二人は県警のSIT創設時の若手メンバーで先輩後輩の関係だったのだ。
その時だった。
この事務所の出入り口を警備していたDチームの隊員である関本巡査が扉を開けて入って来て、そこで立ち話をしていた隊長と副長を見て最敬礼をしてから報告した。
「隊長! 県警本部長の発行された命令書をお持ちの方が、隊長にお会いしたいと外にお見えになられています。
いかがいたしましょうか?」
関本巡査の報告を聞いた二人は、眉を寄せて顔を見合わせた。
「本部長の命令書…? いったい、この緊急時に誰が現れたというんだ? よし、お通ししろ。」
「了解いたしました!」
そう言って敬礼しながら答えた関本巡査が扉を開け、外にいた一人の男を招じ入れた。
入ってきた男は、スーツの上に防寒用の軍用コートを身に着けたスラリと背の高い、彫りの深い美男ではあるが厳しい顔立ちをした男だった。見た感じでは、年齢は30代後半といったところだろうか…
「あなたが、この作戦の指揮官である長谷川警部ですね。私はこういう者です。」
入って来るなり、そう言って会釈した男が長谷川警部に名刺を差し出した。
「どうも… 私がSIT隊長の長谷川警部です。こちらは副長の横田警部補です。」
そう自己紹介しながら、男に手渡された名刺に目を通す。
「内閣情報調査室、特務零課、課長の鳳 成治さん…でいらっしゃる。」
長谷川警部が声を出して読み上げてから、隣にいる横田警部補に名刺を手渡した。
「それで…鳳さん。今、当方は緊急事態の真っ最中なのですが、どう言った御用件でお越しになられたのでしょうか?」
長谷川は少しイラついていた。こんな男の相手をするより、一刻も早く自分達も現場に向かいたかったのだ。
「これをご覧いただきたい。県警本部長から長谷川警部に当てた正式の命令書です。」
そう言って、今度は鳳は取り出した一枚の紙を長谷川に手渡した。
「はあ、拝見します… む、これは…」
今度は黙って目を通した長谷川は、また横田に渡す。
「では、鳳さん。今から、この事件一切の指揮をあなたがお執りになると…」
露骨に納得のいかない顔をした長谷川は、鳳に面と向かって言った。
「その通りだ。君達は気に入らないようだが、これは決定事項だ。君達SITはこれより私の指揮下に入ってもらう。
不服がある者には、遠慮なくこの作戦より外れてもらおう。その時は、私の直属の部下達が後を引き継ぐ。我々は、この種の作戦活動には慣れているのでね。
詳細は国家機密のために言えないが、今回の事件は県警で対処出来るレベルを超えているのだ。
仲間を殺された君達の心情を考慮するから、私の全面的指揮下に入るという条件でこのまま作戦遂行に留めておいてあげようと言っているのだ。
分かったかね、長谷川警部?」
この男の偉そうな物言いにムッとした横田警部補が言い返そうとするのを、長谷川警部が間に立ちふさがるようにして遮った。こんなところで作戦から外されたのでは、死んでいった部下達が浮かばれない。
「了解しました。これより、隊長である私以下の全SIT隊員は、あなたの指揮下に入ります。」
長谷川は、自分より一回り以上も年下と思われる男に最敬礼をしてSITの全権を委ねた。
横田警部補も不承不承だったが、仕方なく上司の長谷川に従った。
「よろしい。では、被害者の女性の話を私も聞かせてもらいたい。そちらかね?」
長谷川達の返事を待つまでもなく、鳳は応接室のドアを開けて中に入って行った。
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「何だ、これは…? ひどい… 滅茶苦茶だ… うっ!」
伸田には分からないが、彼が立っていたのはSITのBチームとヒッチハイカーの交戦が行われた場所だった。
現場の目を覆いたくなる様な凄惨さに、伸田は吐き気を覚えて実際に吐いたが、しばらく飲食をしていなかったので出てきたのは酸っぱい胃液だけだった。
まさに、見る者が吐き気を覚えずにはいられない凄惨そのものの現場だった。数人いたと思われる特殊部隊の隊員達の遺体は、正常な人体の原形をとどめているものは皆無であった…
ある者は首が切断され、別の者は顔を人間と判別できないほどに叩き潰されていた。切断されたり千切れ飛んだ四肢があちこちに散乱していた。
隊員の着込んでいた防弾防刃用のボディアーマーが紙切れの様に簡単に縦に切り裂かれ、斬られた腹部から血まみれの内臓を枯れ葉の積もった地面にぶちまけている遺体もあった。
被ったヘルメットごと頭をぶち割られている者もいる。大量に飛び散った隊員達の血は、大半が枯れ葉や腐葉土の地面に吸い込まれていたが、外気に触れていた血はすでに凍り始めていた。
吐き気の収まった伸田は、所期の目的である使い物になりそうな武器を求めて現場を探し回った。
落ちていた数丁のSMG(サブマシンガン)には上腕部から切断された腕がまだ握りしめたままの状態の銃もあり、中には銃で受け止めたのだろうか…真っ二つに断ち割られたSMGもあった。
「鉄製の銃を刃物で両断するなんて… 一体どんな怪力なんだ…?」
伸田は驚きと恐怖のつぶやきを上げながら、使い物になりそうなSMGを選別して拾い上げた。だが銃は弾丸を撃ち尽くした状態だったため、胴体部分の無事だった隊員の着用装備していたタクティカルベストの収納ポケットに収められていた弾倉を取り出し空の弾倉と交換した。そして初弾を薬室に送り込む。
意外なように思えるが、ダメな伸田の数少ない才能の一つに射撃があった。小さい頃から射的で弾を外した事はなく、中学生になってからはガンマニアとなりエアガンやモデルガンを収集する様になった。
射的やエアガンと実際の射撃では全く違うと普通は思うだろう。
だが、家族旅行や恋人の静香とともに海外へ行った時などには、必ずと言っていいほど伸田は射撃場に行って射撃をを体験した。そこでの伸田の射撃のほぼ百発百中の腕前は、射撃場の教官を唸らせるほどだった。
誰かに教えられた訳ではなく、射撃は伸田の持って生まれた才能と言って良かった。もっとも、民間人が銃をうまく撃てたとしても銃規制の日本では役に立つ事なんて無いと、伸田自身でも思っていた。
元来が臆病者の伸田は、警察や自衛隊に入ろうと思った事など一度も無かったのだ。
しかし、その伸田の天賦の才能が役に立つ時が、遂にやって来たのだった。
伸田は無傷なものを探して、隊員の身体から防刃防弾用のボディーアーマーと、複数の弾倉や装備を収納出来るタクティカルベストを脱がせて防寒具を脱いだ自分が着用した。それにベストの空いている収納ポケットに、持ち主に使用される事の無かった特殊音響閃光弾の『M84スタングレネード』を入れた。
そして、伸田は同じ隊員が太もものホルスターに着用していた拳銃の『ベレッタ90-Two』を取り出した。SMGよりもこちらの拳銃の方が、伸田の射撃の腕前の真価を発揮出来るだろう。自分でもそう考えた伸田はSMG(サブマシンガン)を肩から吊るして携行し、拳銃のベレッタ90-Twoを手に持つ事にした。
「僕には、こっちの方がSMGより手にしっくりくるな。ベレッタ92Rなら射撃場で撃った事もある。」
自分に納得のいく装備をし終えた伸田は立ち上がったが、全装備の重量がものすごく重かった。
「ダメだ… こんな重いんじゃ、走れないし行動が鈍くなる。」
伸田は自分には操作の難しいSMGの携行はあきらめて肩から外し、SMG用のマガジンも全てタクティカルベストのポケットから取り出して捨てた。
代わりに他の隊員の『ベレッタ90-Two』をもう一丁持っていく事にした。専用マガジンも合計4本、収納ポケットに入れた。
「これで二丁拳銃だな。おっと、それにもう一つ…これももらうよ。」
そう言って伸田は別の隊員の切断されていた首から被っていたヘルメットを外し、自分の頭に被ってベルトで固定した。
この時点で伸田は損壊遺棄されたバラバラの死体を見ても、気持ち悪くも何とも思わなくなっていたのだ。すでに感覚がマヒしていたのだろう。それよりも4人の親友達や、自分達を救助に来てこんな目に遭ったこの隊員達の復讐をする事の方が、今の伸田には重要だったのだ。
そして、何よりも恋人の静香を無事で助け出したかった。それしか伸田の頭には無かったのだった。
伸田が静香の無事を知っていたなら、そして戦う事など考えずこの場をすぐにでも後にしていれば、この後の事件の様相は変わっていただろう。
伸田は自分が頂戴した装備の元の持ち主だった全ての隊員達の遺体に向けて合掌し、自分なりに彼らの冥福を祈りながら黙とうを|捧げた。
「それじゃあ、行くか… 待ってろよ、ヒッチハイカー!」
そこから一人で歩き始めたのは、もうグズでマヌケで泣き虫の男では無かった…
恐怖を感じながら逃げもせず、殺戮を続ける怪物に向かって無謀な戦いを挑む一人の勇敢な男の後ろ姿だった。
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「分かりました。参考になる話をしていただき、ありがとうございました。
ご協力いただいた事に感謝します。あなたとっては何度もつらい話をさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
後の事は我々にお任せください。
あなたの恋人である伸田さんが生存されているのなら、我々が必ず救出いたします。それでは、あなたには西山巡査の指示に従って救急班とともに本署へ戻っていただきます。西山君、後は頼んだよ。」
こう静香に言うと鳳と名乗った、新たな指揮官として現れた男が言って席から立ちあがった。
そして静香に頭を下げると、すぐに部屋を出ようと一歩踏み出した時だった。
「待って下さい! これからヒッチハイカーを逮捕して伸田さんを救助に向かわれるのなら、私も連れて行ってください。お願いします!」
静香も立ち上がり、歩き始めようとした男の向かって大声で呼びかけた。
横に座っていた西山巡査も慌てて立ち上がり、ハラハラした顔で静香の左腕をつかんだ。
「何を言ってるんですか、皆元さん!」
呼びかけられた鳳は静香を振り返った。
「正気ですか、皆元さん? あなたの呼ぶヒッチハイカーという男は、これまでにも27名の人間を殺害し、今日もまたあなたの友人4名に加えてSITの隊員6名をすでに殺害している。
総勢37名の人間を殺した凶悪無残な猟奇殺人鬼なのですよ。これからだって、この被害者の人数は増えるかもしれないんです。そんな所へ民間人のあなたを連れて行ける訳がない。
それでは、これで我々は失礼します。長谷川警部に横田警部補、行こう。」
鳳は冷たく言い放つと、再び静香に背を向けた。
「待って下さい! 私を囮に使って下さって結構ですから、連れて行って下さい!」
必死で懇願する静香の叫びに鳳は足を止めた。そして、少しの間考えて静香を振り返った。
「では、皆元さんは自らの意思で我々にご協力いただく一民間人の女性として、ご同行いただくという事にしましょうか?」
鳳が顔に笑みを浮かべながら静香に言った。
「何を言ってるんですか?鳳さん! あなたは皆元さんを、何人もの命が失われた現場に連れて行くと言うんですか!」
激高した口調で長谷川警部が鳳に対して詰め寄った。隣にいた横田警部補も同じ表情で頷き、鳳に自分の意思を示す。
「皆元さん! 本当に危険なんですよ! バカな事を言わないで!」
西山巡査が静香に取りすがってなだめようとする。
静香は優しく西山巡査の腕を振りほどいて言った。
「いえ、これは鳳さんが仰ったように私の個人的な意思です。誰に強要されたものでもありません。私は恋人の伸田伸也を危険な場所に残したままで、自分だけ山を下りるなんて考えられないんです。」
静香は涙を流しながら必死で訴えている。その場にいた全員が、恋人を思う彼女のあまりの熱情に感動したほどだった。
「分かりました、皆元さん。この作戦の最高司令官は私です。私が同行を許可しますので、一緒に参りましょうか?」
怪しい笑顔で静香にニコッと笑いかけながら、鳳は手のひらを返したように態度を変えた。そして、彼女の肩に手を置いて促すように歩き始める。
「ちょっと、鳳さん!」
慌てた長谷川警部が鳳に意見をしようとした。
「私が決定した事だ。気に入らんのなら君には残ってもらうが、それでもいいのかね?」
静香の肩を抱くようにして歩きながら、長谷川に顔を向けた鳳が厳しい声で告げる。
「う…」
こう言われてしまうと、長谷川には何も言い返せなかった。今では、たしかに作戦の指揮権はこの鳳 成治にあったのだ。
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「タタタタタタタタッ!」
吹き荒れる吹雪の中にも明らかなSMG(サブマシンガン)の発砲音が、辺り一面に響き渡った。
「島警部補! こちらCチームの金田です! 敵を発見しました!
隊員の一人が発砲! 全員で敵と交戦に入ります! う、うわあっ!」
「ガーーーーッ!」
「おい! 金田巡査長! どうした!」
「ガーーーーッ!」
突然のSMGの発砲音に引き続き、Aチームの島警部補の無線にCチームリーダーの金田巡査長より交信が入った。だが、叫び声を最後にすぐに会話出来なくなった無線からは、空電によるノイズが聞こえるだけになった。
「タタタタタタタッ!」
「ギャアーッ!」
「タタタタタタタッ!」
「助けてくれー!」
「タタッ…タタタッ!」
「化け物めー!」
無線ではなく、実際に耳に交戦の発砲と悲鳴が響き渡る。Bチームの壊滅した時と同じだった…
「総員!Cチームの救助に向かうぞ!走れ!」
そう叫んで走り出した島警部補に続き、Aチームの5人が一斉に走り出した。
「遅れるな!Cチームを救うぞ!」
全員がSMG(サブマシンガン)の安全装置を外し、重装備の重さに耐えながら懸命に走った。
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「また始まった…」
響き渡る軽機関銃の発砲音と悲鳴を聞いた伸田は、手に持った拳銃『ベレッタ90-Two』の安全装置を外して両手に構え直し、用心しながら林の中を現場へと向かった…
【次回に続く…】