妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「牛鬼 (ぎゅうき)」
牛鬼
その妖…
牛の頭に蜘蛛の胴体を持つと云う…
この漁村の網元からの妖退治の依頼なり
浜辺を歩く人間を牛鬼が襲うと云う
漁民が漁にも出れず
外出もままならぬと云う事なり
牛鬼の性格は残忍・獰猛にて
口から毒を吐き人を痺れさせ
捕まえた人を食い殺すとの事
『斬妖丸』よ…
さっそく退治せねばならぬな
心してかかるぞ
さて…
まだ日が暮れて間が無いが
漁民達は昼間より外出せず
家に閉じ籠っておる様子
仕事にも出かけられぬ由
これでは人々は干上がってしまう…
不憫な事この上ない
拙者が囮となり
牛鬼を誘い出すとしよう
網元の女房どのより借りし内掛を頭より羽織り
身体には花を擦り付け女子の様に振舞う
浜辺を一人静かに歩く…
突然に…
腰に帯びし愛刀『斬妖丸』が震え出した
感じておるか『斬妖丸』よ…
拙者にまで分かるぞ
かなりの妖気じゃ
「ズヒュー…ズヒュー… ブモウウウッ!」
荒い鼻息の様な音がし
牛にそっくりな鳴き声までして来おった
現れおったな…
妖怪牛鬼よ!
この漁村に住み着き
何の罪もない漁民達を喰らい
恐怖のどん底に落としめし貴様の悪業
許してはおけん!
この妖狩りの拙者が
貴様を地獄へ送って進ぜようぞ!
覚悟致せ!
********
何を小賢しい事をぬかすか!
妖狩りの侍だと?
お前など簡単に喰ろうてくれるわい
この牛鬼を舐めるでないわ!
頭は牛でも
この八本の脚で馬並みの速さで走れる事
貴様に見せてやろうぞ
それに儂が蜘蛛である事…
ゆめゆめ忘れるでないぞ
********
おのれ牛鬼…
確かに思っていたよりも速い
しかし風と共に舞う拙者の敵ではないわ
行くぞ!
『疾風の舞い』!
むっ!
ヤツめ、口から糸を吐き出したぞ…
波の間に突き出しておる岩や浜辺の岩に
蜘蛛の糸を張り巡らし
海の上に網を張りおった
巨大な蜘蛛の巣か…
牛鬼めはその中心に居座りおる
拙者の『疾風の舞い』も
あの粘つく糸で編まれし巣の上では
自在に舞う事能わず…
牛鬼めが…
思いの他、知恵を使いおる…
拙者をあの巣に誘って仕留めるつもりか
むう…
拙者と言えども
おいそれと手を出せぬ…
さりとて
このままに捨ててはおけぬ
『斬妖丸』よ、知恵を貸せ…
その時だ…
抜き放った『斬妖丸』ではなく
腰に帯びしもう一本の愛刀『時雨丸』が
細かく震え出した
おお、『時雨丸』よ
お前に考えがあると申すのか…?
よかろう、お前に任せよう
『斬妖丸』はしばし鞘にて待っていよ
拙者は『斬妖丸』を鞘に戻し
『時雨丸』の白刃を抜き放った
すると…
拙者が牛鬼に向けて構えし
『時雨丸』の切っ先から
たくさんの小さなシャボン玉が噴き出した
これは…
シャボンの泡玉…?
噴き出でし
たくさんの泡玉の一つ一つが
それぞれ直径五寸(約15cm)ほどの大きさになった
空中に漂いし無数の泡玉達は
自分の意志でもあるかの如く
牛鬼の巣へ向かって
風もないのに漂い始めた…
そして泡玉達は
吸い寄せられしように
蜘蛛の巣の糸に張り付いてゆく
ちょうど三尺(約90cm)ほどの間隔を取って…
********
何じゃ?
おかしな術を使い出しおって…
何をするつもりじゃ?
そんな泡玉が何だと云うのだ!
この牛鬼様の吐き出せし蜘蛛の糸は
斧の刃とて弾き返すのじゃ!
********
そうか!
『時雨丸』よ
この泡玉の上を拙者に渡れと申すのだな
相分かった!
拙者は浜辺の岩に繋がれた
牛鬼の糸に張り付きし泡玉に
ひらりと飛び乗った
不思議な事に
拙者の体重がかかっても
泡玉は割れる事はなかった
そして拙者は
等間隔の泡玉の上を飛び移りながら
巣の中心にいる牛鬼めがけて迫って行く
拙者の『疾風の舞い』を持ってすれば
これしき何と言うほどの事も無い
むっ!
新しい糸を吐きおったか!
迫り来る拙者に向かって
牛鬼が次から次へと
蜘蛛の糸を吹きかけてくる
拙者はいささかも焦る事なく
『時雨丸』で強靭な糸をはじき返した
常に自ら出す水を帯びし
『時雨丸』の白刃は
拙者に粘り付こうとする蜘蛛の糸を
ものともしなかった
牛鬼まで
あと二丈余り(約6m)に迫りし所で
拙者は左手に『時雨丸』を構えたまま
右手でスラリと『斬妖丸』を抜き放つ…
追い詰めたぞ牛鬼よ!
今までに貴様が喰らいし
罪なき人々の恨み…
拙者が天に代わりて
剣撃を喰らわしてやるゆえ
覚悟致せ!
見よ!
新免武蔵殿より教えを受けし
二天一流の剣!
拙者は『斬妖丸』と『時雨丸』を
斜め十文字に構えたまま
泡玉の上で牛鬼めがけ一気に跳躍した
喰らえ!
斜め十文字斬りっ!