妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「由井正雪と魔槍『妖滅丸』」(④肆)" 正雪の企てと、現れた隻眼の剣豪 "
ふふふ…
狙い?
某の狙いを話せと…?
では…
まず、お聞き致すが
青龍どのは今の世をどう考える?
天下が豊臣より徳川に移行して幾久しい
江戸幕府としての体裁も整ってきた
しかし、実際はどうじゃ?
幕府は先ごろ発布致した武家諸法度により
諸藩への締め付けを厳しくし
様々な難癖により
取り潰しとなりし藩も数知れず
仕えし藩を失った浪人どもが
巷に溢れておる
徳川幕府とその一門のみが
この世を謳歌しておるのは周知の事実
『青龍』どのは
このままで良いと思うか?
某は故太閤殿下に縁ある者なり
豊臣恩顧の大名に対する幕府の様々な嫌がらせは
常軌を逸しておると思わぬか?
このままでは外様に追いやられただけでなく
全てが改易廃藩されてしまう…
某はこんな世の中を
変えてみたいと思うておるが故
幕府に不満を持つ浪人や
某に賛同する大名を集めており申す
某の開きし軍学塾『張孔堂』では
そういった事を門下生に問うておる
この様な世を如何なすべきかと…な
そこでじゃ…
『青龍』どののお考えをお聞きしとうござる
いかがかな?
********
ふむ…
貴公の言いたい事は大方は分かった
つまり、この徳川の天下を転覆致せし仲間を
貴公は募っておる訳だな
そして拙者にも仲間になれと…?
ふっ…
お断りいたす
拙者は御免被る…
貴公の言う事に尤もな面はある
拙者も徳川のやり方に賛同する訳では無い
しかし…
せっかく落ち着いてきたこの世に
国を分けての戦乱を再び
蒸し返す様な真似は止めた方が良い
罪無き人々に死をもたらし
不幸な親無き子供を生む…
誰しも戦はもう真っ平じゃ
貴公が目に付けしは拙者の妖狩りの腕と
この魔剣『斬妖丸』の力であろう
我が力を徳川幕府転覆の企てに貸せと申すのだな
もう一度きっぱりと言おう…
お断りいたす
拙者は今の世の中で十分じゃ
それに人の考えに否を唱えはせぬが
誰にも拙者の生き方に口を挟ませもせぬ
拙者はこれまで通り
人に害成す妖を狩るのみじゃ…
由井どの、安心いたせ
拙者は同意はせぬが反対も致さぬし
口外も決して致さぬ
********
ふふふ…
どうしてだか分からぬが
貴公ならばそう言うと思っておった…
だが、某と同様の貴公の力…
真の天下国家のために使わぬとあらば…
この場にて封じるのも致し方あるまい
何しろ… 敵に回せば
貴公ほど恐ろしい御仁はおらぬからのう
某の見分では…
貴公と某の腕と武器の力は
拮抗しておると見た
ならば今のうちに芽を摘んでおいた方が
我が方のため…
貴公に恨みは無いが
我が『妖滅丸』の餌食となってもらおうか
その魔剣を抜かれよ
某に貴公の剣技の程を見せてもらおうか
貴公が来ぬというのならば
某と『妖滅丸』から参る…
********
その時だ!
「ドギューンッ!」
一発の銃声が鳴り響いた
「ビシッ!」
銃弾は拙者と由井 正雪のちょうど中間に着弾した
********
むっ…!
何奴じゃ?
某の張った結界は既に解きしが
『野衾』が女中に化けて屋敷内の者どもに
飲ませた痺れ薬は朝まで効いているはず…
某と『青龍』以外には動ける者などおらぬ筈…
むう…
さては、某と我が『張孔堂』を付け狙いし
公儀の隠密か…?
口惜しや…
せっかく妖狩りを葬り彼奴の魔剣を
手に入れられし所を…
残念だが仕方あるまい
この場は大義のために引かずばなるまい…
『青龍』どの…
この場は邪魔が入りし故
我らの決着は次の機会に持ち越し致そう
それでは、某はこれにて失礼仕る
万が一、貴公が翻意した暁には
神田連雀町の『張孔堂』まで
訪ねてまいられよ!
某は楽しみに待っておる故!
では、御免!
********
「ダダダダダッ!」
何人もの人間が走り寄りし足音が
聞こえるや否や
由井 正雪は反対方向へと駆け去った
「待ていっ! 由井 正雪っ!」
「張孔堂、待てっ!」
「奴を逃がすな!」
由井に追いすがる者どもの叫び声が聞こえる
追っている彼奴ら…
忍びの者どもか…?
この屋敷はいったい…?
しかし、由井 正雪めは
追手の忍びどもから逃げおおせるか…?
あの由井相手に戦いになれば
いかに忍びとて、全員生き残れまい…
拙者も
あのまま由井との戦いに至っておれば
無事に済んだかどうか分からぬ…
由井 正雪…
恐ろしき男よ…
********
「ご免…」
むっ!
拙者に気配を察知させずに
背後を取ったは何奴…?
「驚かせて相済まぬ…
話を伺いたいがよろしいかな?」
振り返りし拙者の前に佇む男が一人…
年の頃は四十がらみと言ったところか
しかし、この男…
いつから居ったのか
さっきまで完全に気配を断っておった
この拙者に気取らせずに
その様な真似が出来る侍など…
今までに出逢った覚えが無い
いや…
たった一人だけ居った
二天一流の剣の達人が…
だが、この男は違う…
この男…
左目に刀の鍔を眼帯として当てておる
隻眼の侍か…
日に焼けた精悍な顔貌には
常に顔ににやけた笑いを浮かべている様子
しかし…
優しくやわらかな光を湛えた唯一の右目は
その奥の一部に常に鋭い光を宿しておる
この男は隻眼ではあっても
並みの侍などでは無い
全身に付け入る隙が微塵も無いのだ
拙者には分かる…
まさしく剣豪としか表現出来ぬ…
剣で鍛え抜いたであろう全身が
目に見えぬ闘気の鎧で覆われている
この拙者でさえ息を呑むほどの
凄まじい気を感じるのだ…
この隻眼の剣豪は、いったい何者…?
※【(伍)に続く…】