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【Rー18】ヒッチハイカー:第13話「どうしても南へ行きたいんだ…」⑪『Aチーム善戦するもヤツは不死身か? そして空から現れた見えない存在…』
「このクソ化け物野郎…」
信じたくはなかったが、山村巡査部長は自分達の主要武器のSMGがヒッチハイカーに通用しない事を絶望的に理解した。
ヤツが足立巡査の遺体を盾にして防ぎ切れていない生身の部分に食らわせた9mmパラベラム弾で負わせた傷口が、自分の見ている間にみるみる塞がり治癒していくのだ。
まるで傷の治り具合を撮影したビデオを早回しで見ているようだった。
ヒッチハイカーは傷を負わせてもすぐに治癒してしまう、まさに正真正銘の化け物だった。
「こいつを殺すには爆薬ででも吹っ飛ばす以外に方法は無いのか…?」
もう山村には、そう考えるしか無かった。
「待てよ…爆薬…?」
山村は自分自身のつぶやきに、ある考えが閃いた。
「おい、セキ…しっかりしろ。俺に考えがある。少しの間、ヤツを足止めしておいてくれるか…頼むぞ。」
山下は自分と同様にヒッチハイカーに対しての無力さ加減を感じて、呆然としていた関本巡査に声をかけた。
「は? はい… 自分がSMGの残弾を使ってヤツの動きを止めておきます。その間にヤマさんは何とかして下さい。頼みますよ…」
そう言った関本は、撃ち尽くしたSMGの弾倉を新しい物に取り換えた。
「ガシャッ!」
「食らえ、化け物!」
「タタタタタタタッ!」
「頼んだぞ、関本…」
山村は自分の着ているタクティカルベストの収納ポケットから、先ほど勝手口の鍵を爆破するのに使用したプラスティック爆薬のC4の残りを取り出した。C4は見た目は乳白色の粘土の様な代物だった。
C4は手投げ弾などに使う普通の火薬とゴムを練り合せたもので、外見がプラスチックに似ているのでこの名称で呼ばれる。粘土の様に手でこねて目的に応じて形状を変える事が出来るのだ。
この爆薬はかなり安定して鈍感であるため、温度・引火・振動等で爆発する事は無い。信管を使用した電気の通電により起爆してやらなければ爆発はしないのである。
たくさんの量は無いが、自分の持つ量に島警部補の所持する残りのC4を足せば山村の考えでは、計画には十分な量の筈だった。
山村は意識を失って倒れたままでいる島警部補の元へと駆け寄り、彼のタクティカルベストの収納ポケットを開いて、入っていたC4を取り出した。
今回の作戦では相手が相手だけに、通常の作戦よりも多めにC4を携行していた。扉の鍵の破壊に使用したのはわずかだったため、島と自分の分とを合わせればそこそこの事が出来そうだった。
山村巡査部長は県警の中でも爆発物に関する知識は非常に豊富な警察官であり、SIT隊員の中では爆薬の扱いに最も精通したスペシャリストと言って良かった。
山村は島の隣に横たわる、片岡巡査の遺体が着ているタクティカルベストのポケットも改めてみた。爆破要員としての役割では無かった彼はC4こそ持ってはいなかったが、未使用のSMGの予備弾倉を5本所持していた。
「片岡、使わせてもらうぞ…」
片岡巡査の遺体に対して目を閉じ、手を合わせて合掌してから弾倉を取り出した山村は、ヒッチハイカーの足止めをしている関本巡査を振り返った。
「関本! これも使え!」
そう叫ぶと山村は、SMGを撃ちながら振り返った関本巡査に向けて一本の弾倉を放り投げた。
ちょうどSMGの弾丸を撃ち尽くした所だった関本は、器用に左手だけで飛んできた弾倉を受け取ると同時に、右手で空になった弾倉を外して新たな弾倉をはめ込んだ。その間、数秒とかからなかった。関本の特技は左右どちらの手でも銃を正確に撃てるほどの、『スイッチガンナー』とでも言える程の両手撃ちの射撃の器用さだった。
「セキ、もう一丁だ!」
斉射を再開した関本に、山村は新たな弾倉を放り投げる。関本はまたしても、右手で撃ちながら左手だけで器用に受け取った。
「ヤマさん、早くして下さいよ! こっちは、長くは持ちそうにない!」
「分かってる! もうちょっとだ!」
関本の切実な言葉に返事を返した山村は、C4を持って二階にある二部屋のうち近い方に飛び込んだ。
部屋の内部の構造を上下左右と見回す。部屋の天井に当たる部分は、木の造りの雰囲気を見て楽しむためだろうか、丸太を組んだ状態がそのまま剥き出しとなっていた。
山村は置いてあったベッドを壁に寄せて、天井と床の隅の数か所に信管を取り付けたC4をセットした。そして床の中央に当たる部分にも信管付きのC4を取り付けた。
「セキ! その怪物をこっちへ連れて来い!」
室内で叫ぶ山村の方を関本がチラッと振り向く。その一瞬の隙を見逃さず、盾としていた足立巡査の遺体を軽々と横へと放り投げたヒッチハイカーが、手にしていたマチェーテ(山刀)を振り下ろした。
「ガッシーン!」
関本が両手で構えていたSMGの金属製のバレルが、竹でも切るかのように簡単にスパッと切断された。
「うわあっ!」
慌てた関本は、使い物にならなくなったSMGをヒッチハイカーに向かって叩きつけるように放り投げた。そして、今度はヤツが横薙ぎに振るって来たマチェーテを屈んで間一髪で躱すと、そのまま床に落ちていた殉職した片岡巡査のSMGを拾い上げた。
その関本の背中めがけてヒッチハイカーがマチェーテを突き出そうとした、その時だった。
「島警部補っ! 山村巡査部長っ! 二階ですかっ?」
階下から、静香を送り届けて戻って来た安うが田巡査の叫び声がした。
「うが…?」
今にも関本巡査をマチェーテで突き刺そうとしていたヒッチハイカーの動きが一瞬止まった。
「もういいぞ! セキ、来い!」
山村巡査部長の叫び声に応じて、関本は山村の入っていた部屋へ飛び込み前転の要領で跳んだ。そして、フローリングの床で前回り受け身をした関本巡査は起き上がりながら、片岡巡査の形見のSMGに新たな弾倉を装填した。
「安田あっ! お前は上がって来るんじゃない! 階段下で待機してろっ! でないと下敷きになるぞ!」
山村が安田に向けて叫ぶと、関本はヒッチハイカーを誘うように単発射撃で数発の銃弾をヒッチハイカーの身体に撃ち込んだ。もちろん、そんな攻撃が効く筈も無いが、階下の安田へと向けられたヒッチハイカーの関心を再び自分達に向けるのに成功した。
「こっちへ来い、化け物! お前の相手は俺達だ!」
関本がヒッチハイカーを挑発するように叫び、単射モードで身体に数発撃ち込む事を繰り返した。
「ようし、そうだ。そのまま入って来い!」
関本はヒッチハイカーに向けて、空いた左手で『おいで、おいで』の手招きをして見せた。
「セキ! お前はこっちだ!」
山村は、部屋と繋がった屋外のテラスへと通じる掃き出し窓を開け放ち、関本にテラスに来るように手招きした。
関本は山村に命じられた通りに後退しながらテラスへと出て来た。
関本の後に続くようにして、2mを超すヒッチハイカーの巨体が屈みながら扉の鴨居の部分を潜り抜け、ゆっくりと室内に入って来た。
そしてテラスにいる二人の方を、残忍な冷たい笑みを浮かべて冷酷な目でジッと凝視しながら進んで来る。全身に殺意の籠った自信の漲る様子からは余裕こそあれ、警戒している様子は全くと言っていいほど見られなかった。
ヒッチハイカーが部屋の真ん中辺りに差し掛かった時…
「今だ!」
山村巡査部長が掛け声と共に、仕掛けたC4爆薬の遠隔起爆装置のスイッチを押した。
「ボンッ!」
「ぐがあぁっ!」
ちょうど、ヒッチハイカーの立っていた部分の床に仕掛けてあったC4が爆発した。真上に載っていたヒッチハイカーの右脚の膝から下が爆発と共に千切れて吹き飛び、さすがの怪物も叫び声を上げた。
そして、爆発で開いた床の穴に無事な方の左脚と共に両太ももまで床に落ち込んだ所で両手を床についたので、ヒッチハイカーの身体は穴に身体の半分が嵌まり込んだ状態で落下が止まった。
「やったあ! ヤマさん、すごいっ!」
関本が歓声を上げた。
「まだまだっ!」
山村は別の起爆スイッチを入れた。
「ボンッ! ボボンッ! ボンッ!」
山村が床の隅と天井に仕掛けておいた複数のC4が同時に爆発した!
「メキメキメキ! バキバキッ!」
「ガラガラガラッ!」
仕掛けられたC4で部屋の床を支えていた支持部分を爆破されたため、床自体とその上の載るベッドや家具とヒッチハイカーの重さに耐えきれずに建材の木材が折れ、部屋の床が階下に向かって崩落した。
「ぐおおおーっ!」
「バキバキバキッ!ズドドドドドーッ!」
ヒッチハイカーは叫び声というよりも吠えながら、崩れた床と共に落下した。その上に、爆発で折れた部屋の天井や梁の部分の折れた木材や板が、階下のリビングルームへと降り注ぐ様に落下していった。
「よし! 上手くいった!」
「すげえ… やりましたね、ヤマさん!」
テラスに立つ山村巡査部長と関本巡査は見つめ合い、ハイタッチをして互いの健闘を称え合った。
「だが、あの程度でヤツが死んだなんて思えん。セキ、とにかく島警部補を助けに行くぞ!」
山村が関本に呼びかけた。
「了解!」
二人のいるテラスと島警部補のいる場所の間の部屋が無くなってしまった訳だが、テラスは隣の部屋とも通じていた。廊下側の入り口だけではなく、テラスを通じても二つの部屋は行き来出来る構造になっているのだ。
二人は無事な隣の部屋を回って、島警部補のいる階段の方へと向かった。
********
「うわあっ! 何だこれはあっ?」
二階からの山村巡査部長の叫び声で、階段下で待機していた安田巡査は驚いた。突然、二階で複数の爆発音がしたかと思うと、最初に突入した時に意識の無い静香を発見したリビングルームの天井が崩れ落ちて来たのだった。大量の木材がリビングに降り注ぐ…
自分がリビング内にいた事を想像した安田はゾッとした。何トンもの木材に押しつぶされ、自分は文字通りペシャンコになっていただろう…
「そうか、ヤマさんがC4を使ったんだな。今、ヒッチハイカーも落ちて来たんだよな…?」
そうつぶやきながら、安田は油断する事無く室外からリビングに向けてSMGを構えた。
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「島警部補! しっかりして下さい!」
山村巡査部長が身体を抱え起こした島警部補の頬を平手で数回叩いた。
「ん…ううん…うう…」
山村が何度か頬を叩いていると、島が小さく唸り声を上げながら目を開いた。
「良かった、警部補が目を覚ました。」
山村の屈み込んでいた関本が嬉しそうに言った。
「うう… ヤマさん…? セキ… か、片岡は?」
島が山村の手に掴まって自分の身体を起こしてもらいながら聞いた。
山村は悲しそうに首を横に振った。
「残念ですが…片岡と足立は、殉職しました。」
「何…? 足立までが…」
島は周囲を見回して、すぐに自分から少し離れた床に横たわる二人の部下達の遺体を見つけた。
「おお…お前達… 何て事だ… くそっ! ヤマさん、ヒッチハイカーは?」
島は二人の遺体に合掌して黙禱した後、怒りに燃えた目で山村を問い質した。
「今、C4を使って床を破壊して、ヤツを大量の建材や家具と共に下に落としてやったところです。」
そう言って山村は破壊した部屋の方を指し示した。まだC4の炸裂した匂いと、二階の崩落で舞い上がった粉塵が空中に漂っている。
「何…?」
島は床から立ち上がると、目の前の破壊された部屋の入り口から下を見下ろした。確かに折れた建材用の木材や、落下の衝撃で壊れたベッドに家具などが下の階のリビングルームの上に積み重なっていた。
「すごい事をするな、ヤマさん… だが、この程度ではヤツは死なんぞ。」
山村に目を向けて島が言った。
「私もそう思います。ですが、ヤツの右脚の膝から下をC4の爆発で吹き飛ばしました。」
山村は初めてニヤリと笑いながら、年下の上司に報告した。
「右足を… それはすごいよ、ヤマさん!」
島に山村、それに傍で話を聞いていた関本巡査達の三人全員が初めて嬉しそうに笑みを浮かべた。一すじの光明を見た気がしたのだ。
「ヤマさん、俺のC4も使ったんだね? 残りは?」
自分のタクティカルベストの収納ポケットを押さえながら島が山村に尋ねる。
「ええ、警部補の分も使わせてもらいました。さっきので、C4は自分のも含めて全て使い切りました。自分に残っているのは特殊閃光手榴弾のM84と予備のSMGの弾倉が5本。後はセカンダリィウェポンのベレッタとベレッタ用の弾倉1本です。」
山村が自分の装備を確認しながら島に答えた。山村はヒッチハイカーへの銃撃を関本に任せていたので、自分の銃弾は使っていなかった。
「自分はSMGの予備弾倉2本とベレッタとM84です。」
関本が自分の残弾を確認しながら言った。こちらはヒッチハイカーに対して応戦したのだから残弾が少ないのは仕方があるまい。
「俺も似たようなもんだ。SMGの弾倉が4本にM84とベレッタだな。俺達3人でこれだけの装備じゃ、ヒッチハイカーを相手にするには心もとないな…」
島が二階の床に開いた穴から階下を見下ろしながらつぶやいた。
「そうだ。警部補、安田が戻って一階で待機しています。」
山村が島に言った。
「そうか… 俺達Aチームの残り4人で、殉職した片岡と足立の弔い合戦をやってやらなきゃな。もちろん、ヒッチハイカーの犠牲になった他チームのSIT隊員達のためにも…」
そう島が言うと、山村も関本も同時に大きく頷いた。
「よし、とにかく階下に降りよう。安田と合流してヒッチハイカーの様子を見てみよう。」
そう言って島は階段を降り始めた。山村と関本が続く。
「安田! 大丈夫か?」
階段を下りながら島が階下にいるはずの安田に話しかける。三人とも階下への警戒は怠らない。
「島警部補! ご無事だったんですね! 山村巡査部長に関本さんも…」
降りてくる三人を迎える形の安田が、嬉しそうな笑顔で言った。
「あれ? 片岡さんと足立さんは…?」
皆元静香を運んで外へ出ていた安田は、中の状況を何も知らなかったのだ。
降りて来た三人が悲しそうに首を横に振るのを見ても、安田には信じられなかった。いつも一緒に厳しい訓練を受けたり、冗談を言い合っていた仲間が死んだという現実を受け止められなかった。
みんな自分にとっては気のいい先輩達だった。ついさっきまで、行動を共にしていたのだ。それが…
「でも、これでヤツは死んだのですか?」
この安田の疑問は全員の疑問でもあった。島は答える代わりに首を振った。
「俺達にも分からんが、この程度で死ぬヤツなら事は簡単なんだがな…」
島のつぶやきに安田を含めた全員が頷いた。
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「さっきのログハウス内の爆発音と崩れ落ちる音って…? M84の投擲で割ったリビングの窓ガラスが、爆発の振動でさらに割れ落ちましたよ…」
毛布にくるまれた皆元 静香を抱きしめ手で擦って温めてやりながら、伸田 伸也が長谷川警部と鳳 成治に向けて不安そうな顔を向けて聞いた。
「うちの隊員がC4を使ったんでしょう。山村巡査部長は爆発物のエキスパートです。」
長谷川が伸田と鳳に説明した。
「だが、なまじヤツに中途半端な怪我を負わせると、隊員達の身が危ないぞ…」
鳳がログハウスを見つめながら誰に言うともなくつぶやいた。
「ドッガーンッ!」
突然、三班の3人の見守る中…ログハウスの内部で何かが爆発するような衝撃音と激しい振動が起こった!
リビングの窓に嵌まっていた窓ガラスのアルミサッシが、部屋の内部から飛び出して来た木材が当たって窓枠から外れて外へと吹っ飛んできた。
「な、何の音だ?」
鳳が叫ぶ。
「何ですか? 今のもC4?」
伸田が長谷川を振り返って聞く。
「いや、あれはC4の爆発じゃない! 彼らに、こんなに大量のC4の所持は無い!」
長谷川が数歩、ログハウスによろよろと近付きながら答えた。
「うわあーっ!」
「な、何だーっ!」
「全員、退避ーっ!」
島警部補が部下達に向かって叫んだ。
4人の生き残り隊員達の見ている前で、リビングにうず高く積み重なっていた1階の天井部と2階の床や家具に加えて天井の材木や板などが爆発の様な勢いで内部から吹っ飛んだのだ。
「ぐわぁーっ!」
4人の立っていた階段下のスペースにリビングからはじけ飛んできた木材が、一番リビング側に立っていた山村巡査部長にの腹にぶち当たった。ボディーアーマーとタクティカルベストを着ていなかったら、山村は間違いなく即死だったろう… それでも彼の肋骨は何本か折れた様だった。叫び声と共に口から血の泡を噴き出した。
「全員、外へ退避だ! 安田、お前はヤマさんを抱えろ! 俺と関本は後方を守る! 急げ!」
島が叫んだ。
「了解! 山村巡査部長! しっかりして下さい!」
安田巡査が山村巡査部長に肩を貸し、半分抱えるようにして玄関へと向かう。
島と関本は二人の後をSMGを構えて後ずさりした。関本巡査は山村のSMGを受け取り、両手に片手撃ちできる体勢で二丁のSMGを構えた。関本は両手とも撃てる『スィッチガンナー』なのだった。
「急げ!」
そう叫びながらリビングの方を向いた島は、驚くべき光景を見た。
「メキメキメキ! バキバキッ!」
さっきの爆発でまだ吹き飛び切っていなかった材木や板が、下から何かによって持ち上げられてきた。そしてその下から立ち上がって来たモノは…
それは、まさしくヒッチハイカーだった…
彼が頭からポンチョの様に被っていた毛布は、ボロボロに破け去っていた。立ち上がったヒッチハイカーの右脚の膝から下の部分は、C4の爆発で吹き飛ばされたままだった。不死身の様な肉体の再生力を誇った彼も、さすがに失ってしまった身体の部位までを元通りに修復再生する事は不可能な様だった。
それが証拠に、彼は立ち上がったと言っても右脇の下に材木を松葉杖の様にして身体を支えていた。やはり、左足だけでは立っているのも無理な様だ。
その姿を見た島警部補は、怪我をした山村巡査部長を抱える安田に向かって声をかけた。
「ヤツは右膝から下を失ったままだ。あれじゃ素早くは動けんだろう。だが油断は出来ん。安田は長谷川警部達の所までヤマさんを連れて行け! 後衛は俺と関本に任せろ!」
「了解です、島警部補! 行きますよ、山村巡査部長!」
巨漢で力持ちの安田が山村を引きずる様にしてログハウスの玄関を出た。その後を、まず島が外へ出てから二丁のSMGを構えた関本がしんがりとなって後ろ向きに後退しつつ続いた。
********
「あっ! Aチームの人達が出て来ましたよ!」
静香を抱きしめたままログハウスを見つめていた伸田が嬉しそうに叫んだ。
「先頭は負傷した誰かを安田巡査が肩を貸して抱えているようだ… 抱えられているのは山村巡査部長か…?」
さすがに隊長である長谷川警部には、部下の特徴や階級章で遠目でも判別出来るようだった。
「ふむ… 出て来たのは4名だな。そうすると両班合わせて6名の内の2名がヤツに殺られた訳か… 人質を救出した上に、その程度の犠牲者で済むとは上出来じゃないか。」
その時だった。
「バラバラバラ!」
意識を失っている静香を除いた三人が、吹雪の吹き荒れる夜空を仰ぎ見る。
三人のいる地点の上空でヘリコプターのローターの回転音の様な音が、吹雪の吹き荒れる音にも掻き消されずに、地上にいる者達の耳に微かに聞こえて来たのだった。
こんな吹雪の夜空をヘリコプターが飛ぶのかと伸田も長谷川も不審に思った。だが…三人の中でたった一人、鳳だけが上空を見上げながらニヤリとほくそ笑んだ。
「やっと来たか… 黒鉄の翼…」
鳳のつぶやく声に気付く者など誰もいなかった。
上空でヘリコプターの上げるローター音に似た微かな音が聞こえるのだが、音のする方に何の機体の姿も確認出来なかった。
だが、間違いなく何かが上空にいる… それが証拠に上空における、ある高さの吹雪がそれ以上の強さを持った人工的な風圧を受けて掻き回され、吹き飛ばされているのだった。自然の吹雪に逆らう何かが、その風圧を発生する中心に存在する筈なのだ。
だが、そのモノの姿は、地上から見上げる人間の肉眼では確認出来なかった…
果たしてこれが、鳳 成治のつぶやいた『黒鉄の翼』なのだろうか…?
********
「山村巡査部長、しっかりして下さい! 隊長や伸田君の姿が見えます。もうすぐですよ!」
安田巡査が自分の肩に寄りかかって、苦しそうな荒い呼吸を吐いている山村巡査部長を励ました。この山村の呼吸の状態は、折れた肋骨が肺を傷つけているためと思われた。山村の顔色はひどく悪い。
一刻も早く病院へ運んで手当てを受けさせねば… 安田は自分の履いている編み上げのブーツがすっぽりと沈み込む雪の中を、出来るだけ山村に負担をかけない様にしながら急いだ。
「バーンッ!」
またもや何かが破裂するような衝撃音と共に、重なる様にしてリビングの掃き出し窓を塞いでいた木材や板の残骸がログハウスの内側から外へと吹き飛んだ。
すでに原形を留めていない掃き出し窓の開口部から現れたのは、2mを超す巨体を持つヒッチハイカーの、犠牲者の血にまみれた姿だった。
「ヤツが出て来たぞ! 撃て、関本!」
そう叫んだ島警部補が関本巡査の隣に並んでSMGヒッチハイカーに向けた。
だが、関本は撃とうとしなかった…
「どうした、関本? なぜ撃たん!」
叫ぶ島に、関本は震えながらヒッチハイカーをジッと凝視したままで答えた
「け、警部補… ヤツの右脚…」
震えながらつぶやき、関本の凝視する先を見た島の全身にも寒気と共に震えが走った。
何という事だろうか…?
現れたヒッチハイカーのC4で吹き飛ばされた筈の右膝から下の部分に、左足と同じ様に元通りに脚が生えていたのだ…
もう彼は…松葉づえ代わりの木材など使わず、自分の二本の脚だけで立っていたのだった。
********
「お、俺の…千切れた脚が、また生えた… そうだ、俺は死なないんだ… ハハハ…」
ヒッチハイカーは吹雪を身体に浴びながら、新しい左脚で地面に積もった雪をザクザクと音を立てながら踏みしめ、ニヤリと笑った。
「それじゃあ、あの女を取り返すか。あの二つの命を持つ女は俺のモノだ…」
【次回に続く…】
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