【Rー18】ヒッチハイカー:第2話「俺の大切なマチェーテ…」
「…ったく! 一人で運転してっと退屈でしょうがねえや… ラジオの音楽聞いてんのにも、いいかげん飽きて来たぜ。誰か話し相手が居ねえと眠くなってきやがる…
助手の松田のバカが急に腹イタなんて起こしやがるから、俺一人で遠距離輸送する羽目になったじゃねえか…クソッ!
ふあぁ~… 夜の単調な運転が一番眠くていけねえや…」
そうボヤキながら長距離運送トラックの運転手、浜野があくびを噛み殺して深夜ラジオの歌番組を聞いていた時だった。歌の合間にニュースのコーナーとなり、男性アナウンサーが読み上げるニュースを、浜野は運転しながら聞くともなしに聞いていた。
『本日、○○県✕✕市の大野木山スカイラインの近くの林の中で男性と女性、合わせて二名の遺体が発見されました。発見者は近隣に住む住人で、朝の散歩で現場付近を通りかかり偶然に二人の遺体を見つけたとの事です。
遺体は発見時で死後半日ほど経過しており、二名ともそれぞれの死因は頭部と首を斧のような刃物で叩き切られた事による即死だった模様で、警察では同一犯人による殺人事件として近隣の地域を捜査中です。』
そこでニュースが終わり、次の曲が始まった。
「ふーん、大野木山スカイラインって言ったら、この先に俺が通る道路じゃねえか… おっかねえ事件が近くであったもんだなあ。」
浜野は先ほどまでの眠気が吹っ飛び、頭がシャキッとした。運転席のドリンクホルダーに置いてあったペットボトルを左手で取り、中に残っていたお茶を飲んだ。
その時だった!
「うわっ! 危ねえ!」
「ギギーッ! ギャギャギャッー!」
前方のヘッドライトに照らされた道路上に、道路わきの林から何かが突然飛び出して来たのだ。
そんなにスピードを出していなかったため、浜野の踏んだ急ブレーキでコンテナトラックの車体は停止し、飛び出して来たモノとの衝突は間一髪で免れた。
「ふうう…危なかった… 心臓が止まるかと思ったぜ… コンテナに積んだ荷物、大丈夫だろうな…? いったい、急に何が飛び出して来たんだ?」
浜野はエンジンは切らず、ヘッドライトもそのままにして運転席から路上に降りた。トラックの前方に回り込んで車体と道路上を恐る恐る確認する。
車体前部には何の損傷も見られず、路上にも運行の妨げとなる危険物や生き物の死骸などは何も存在しなかった。
「まあ、当たる寸前に俺がトラックを止めたんだからな… そうだ、荷物を確認しなきゃな。」
浜野はコンテナの扉を開けて中の様子を見た。だが、中の荷物は少し位置がずれていた程度で損害は何も無いようだった。
「ふう… とにかく何も無くて安心したぜ。クソッ! 余計な時間を喰っちまった。急いで出発だ。」
浜野は急いで運転席のドアを開けた。
「うわっ! な、何だ、てめえは?」
助手席に一人の男が座っていたのだ。もちろん、浜野の知らない男だった。
「ど、どういうつもりだ! 人のトラックに勝手に乗りやがって!」
それまでジッと前を向いたままだった男は、浜野の問いかけに運転席側に顔を向けた。
「あのさ… 俺、困ってるんだ。行かなきゃいけない所があって…
でも、歩いてじゃ遠いから…この車に乗せてくれないかな?」
そう答えた男は年は30歳前後で、女が放って置かないような彫りの深い端正な顔立ちなのだが、その顏は浜野の方に向けられていてもトロンとして目の焦点が合っていない感じがして、浜野は何となく薄気味が悪い感じがした。
それに加えて浜野にも何度も経験はあるが、長い間風呂に入ってないのか、男の身体からは異臭が漂っていた。
座っているので良くは分からないが、体格は175cmで80㎏の浜野よりも大柄で、細身だがガッシリとした筋肉質の感じだった。
さすがに自分より大柄で正体不明の男を下手に怒らせるのは不味いと考えた浜野は、出来るだけ相手を刺激しないようにしゃべる事にした。
「悪いけど、俺は急いでんだ。とにかく乗せてやるから道々、話を聞かせろや。」
浜野はロスした時間を取り戻すために、早く運転を再開したかった。
ただでさえ遅れている現状で、こんな山の中の道路で見ず知らずの男に関わって、止まったままでいる訳にはいかないのだ。
仕方がないので、浜野は男を乗せたままで自分の向かう方向へとトラックの運転を再開した。
「あーっと、それじゃ…あんたはヒッチハイカーって訳か? 行き先が同じ方向なら、このまま途中まで乗せてやってもいい。いったい、どこまで行くんだい?」
浜野はトラックを走らせながら助手席に座る男に聞いてみた。男の向かう先が自分と同じ方面だったら、途中まで乗せてやってもいいという気になっていた。元来、この浜野という男は長所でも欠点でもあるのだが、情にもろくおせっかい焼きなところがあった。
真夜中にヒッチハイク出来る車を求めて、この寒い冬の山の中を一人で彷徨っていた男に同情を覚えてもいた。
「とにかく、俺…南へ行きたいんだ。ずっとずっと南へ…」
男は、やはり心ここにあらずと言った風情で、顔は浜野の方に向けてはいたが、あらぬ方をボンヤリと焦点の結ばぬ目で見ながら答えた。
「とにかく南へって、そんな…漠然とした表現じゃちっとも分からねえな。
でもなあ…残念だけど、この車は山を越えて日本海の方面まで行くんだよ。つまり、北の方へ向けて荷物を運んでんだ。
悪いけど俺のトラックは、お前さんの行きたい南へは行かねえんだ。
その代わり、この先のトラッカー連中御用達の深夜営業してる食堂で、南方面へ行くトラッカーを捜してくれるように食堂の大将に俺から頼んでやるよ。
俺はさっきメシ食ったばかりだから、一緒には探してやれねえけどな。みんな荒っぽいが気のいい連中だから安心しな。
それからな…言いにくいけんど、そこでシャワーも浴びさせてもらえや、兄ちゃんよ。お前さん、結構匂うぜ…」
浜野は最後の言葉を、実際に顔をしかめて言ってやった。
「ああ…そうする。あんた、本当に優しい人だな…」
男は自分の頭に両手で当てながら言った。気分でも悪いのか、だんだんと男の上体が自分の膝に向けて折り曲げられていく。
「なあに、困ったときはお互い様よ。俺もお前さんと話してたら眠気を感じないですんでるんだから、気にすんな。
ん…? おい、兄ちゃん…頭を両手で抱えてどうした? 痛むのか…? なあ、大丈夫か?」
浜野は運転しながら助手席に座る男の様子を横目で見て、心配になって聞いた。
「い、痛い… 頭が…痛い…」
男は両手で頭を抱え、前のめりになって苦しそうに言った。
「おい、しっかりしろ! 何か、いつも持ってる薬とか無えのか?
おい、兄ちゃん!」
浜野はハザードランプを付け、路肩に車を寄せて停車した。
「リュ、リュックの中…薬…」
男はそう言って、頭を抱えた両腕の肘を自分の両膝について上体を屈めたままだ。身体は小刻みに震えている。
「リュックだな? 開けるけど、いいな?」
そう言って浜野は、助手席の男の足元に置いてあった彼のリュックを取り上げた。男から返事は無かった。
「うっ! 何だ、こりゃあ?」
男のリュックを持ち上げた浜野は顔をしかめた。男からしていた異臭の原因は、このリュックが大勢を占めていたようだった。
「くせえなっ! 鼻が曲がっちまう! 何なんだ、この物凄い匂いは…?」
浜野が付けたルームライトの光の中、濃い赤色だと思っていたリュックは、元々は薄く明るい色彩のピンク色だった全体に、あとから汚らしい液体か何かをぶちまけたみたいに、汚れで赤黒く染まった様だった。匂いは腐敗臭と共に鉄サビのような匂いも混ざっている。
「おい、これ…?」
浜野はリュックのジッパーを下ろし、リュックから突き出していた木製の柄のような取っ手を指で掴んで引っ張り出した。
それは、刃の長さが40cmはあろうかという大ぶりの鉈…というよりも刃が奇妙な形状をした山刀とでもいうような代物だった…
その山刀は持った重さからして玩具などでは無く本物の様だが、その刃の表面全体に赤黒いねっとりとした粘液が付着していた。それはまだ乾ききってはいない…
まるで…生き物を捌いた後に、手入れもせずに放ったらかしにしてある包丁のようだ…と、浜野は手に持った山刀を見て思った。
浜野は山刀をルームライトにかざして、赤黒く汚れた刃の表面をよく見てみた。
そこには、伸ばせば30cmほどの長さがある人間の女性の髪の毛のようなものが数本絡まって付着し、小さな赤黒い肉片の様な物までこびり付いていた。
浜野は突然、ヒッチハイクの男を乗せる前にラジオのニュースで言っていた、昨日大野木山で起こったという男女二人の猟奇殺害事件を思い出した。
たしか…被害者は二人とも、頭と首を斧のような刃物で叩き切られていたという…
「う、うわあっ!」
浜野は手に持った山刀を助手席の足元に放った。
さっきまで、頭を両手で抱えて助手席で蹲っていた男は、ゆっくりと上体を起こした。その右手には、浜野が放り投げた山刀が握られていた…
「ん…? これ…? これは、僕のマチェーテだよ。僕の大事なものだから、投げ捨てたりしたらダメだよ。それに、刃物は危ないからね…」
そう言って男は、さも大切な物の様にマチェーテと男の呼んだ刃物をルームライトにかざした。
「きれいな刃の形だろ…? これ、お祖父ちゃんの形見なんだ…」
うっとりとした目で、男はマチェーテの刃を見つめている。
「お、おい…兄ちゃん、それって…ひ、ひょっとして…
お、大野木山で起きた… だ、男女…さつ、殺人事件の…」
浜野は男の持つマチェーテと、その刃全体に付着している汚れから、すぐ目の前に座っている男が猟奇殺人事件の犯人である事と直感で覚った。
だが、すぐにでも運転席のドアを開けて逃げ出したい気持ちと裏腹に、浜野の身体は蛇に睨まれた蛙の様に、金縛り状態となって動く事が出来なかった。
「あっ…! 汚れてる… そっか。昨日、使ったときに汚れたままだったんだ。大変だ、手入れしなきゃサビちゃう…」
マチェーテの刃をうっとりと見つめていた男は、そう言ったかと思うと浜野の見ている前で突然に、犠牲者の血と脂で汚れ髪の毛や肉片の付着したマチェーテの刃を… 何という事か、舌で舐め回し始めた。
舐める事で自分の唾液で浮き上がらせた汚れを、舌で拭い取ろうとしている様だった。
「うっぷ! ウゲエェーッ!」
あまりの気持ちの悪さに金縛りの様に陥っていた浜野の身体の呪縛が突然解けたかと思うと、運転席の自分の足元に晩飯に食堂で食った『スタミナ焼肉定食』を全て吐き戻した。汚いなどと言う余裕は彼には微塵も無かった。
すぐにトラックの運転席はヒッチハイカーの身体とマチェーテ、それに浜野の嘔吐物の匂いが充満した。
「うわ… あんた、ばっちぃなあ! 俺にあんたのゲロがかかったじゃないかあ…
どうしてくれるんだよ…?」
ヒッチハイカーは、お仕置きだとでも言う様に右手に持ったマチェーテの鋭く尖った先端を浜野に向けて突き出した。
「ひっ!」
「グシュッ! ズブズブ…」
一瞬上がった浜野の悲鳴を打ち消すような胸の悪くなる嫌な音を発して、マチェーテの40㎝もある刃が浜野の額に吸い込まれるようにして根元まで埋まった。浜野の額から柄がまるで一本角の様に生えていた。
「あっ! しまった。 また壊しちゃった… 何やってんだろう、俺…」
ヒッチハイカーの男は、せっかく親切に自分の事を考えてくれたトラック運転手の浜野を、マチェーテの一突きで一瞬にして殺してしまった事を後悔した。
しかし、後の祭りで… 目の前の浜野の身体は、ぴくぴくと痙攣するのみだ。即死だった…
「また新しい車を探さなきゃ… でも、その前に腹が減ったなあ…
何か食い物無いかな…?」
この男に罪悪感や後悔の念といった感情は無いのだろうか…?
ヒッチハイカーは、自分をトラックに乗せたために犠牲となり息絶えた浜野の遺体には興味を失ったのか見向きもせず、食べ物を求めて運転席の後部にある仮眠用のベッドルームを探し始めた。
そして探し当てたお茶やジュースを飲み、お菓子等を片っ端から食い漁った。見つけたカップラーメンもそのままでかじった。
手当たり次第に見つけた食べ物という食べ物を口にし、残りは以前に犠牲者から奪い赤黒く異臭のするリュックサックに入るだけ押し込んだ。
「それじゃあ、また乗せてくれる車を探しに行こうかな…
おっと、忘れ物をするとこだった… これを忘れたら大変だ…」
そう言ったヒッチハイカーの男は、自分が手に掛けた浜野の遺体に近付くと額から突き出していたマチェーテの柄を握り無造作に引き抜こうとした。
しかし、死体の首がガクガクして抜き難かったため、靴を履いたままの右足で浜野の顔を力強く踏んで押さえつけ、マチェーテを頭から抜き取った。
「ズボッ!」
吐き気を覚える様な嫌らしい音と共にマチェーテは浜野の頭から抜けた。
額に開いた裂け目から、浜野の血と脳漿の混ざった液体がドロリと流れ出た。
「また汚れちゃった…俺の大切なマチェーテ…」
そうつぶやいたヒッチハイカーは、今度は舐めるのではなく遺体となった浜野の着ている服で丁寧にマチェーテの刃を拭った。
「うん、綺麗になった!」
ヒッチハイカーは刃の状態に納得したのか、マチェーテを愛用の赤黒く汚れたリュックサックに無造作に放り込むと背中に背負った。
「じゃあね、おじさん…」
浜野の遺体に声をかけたのだろうか? そう一声つぶやくとトラックの助手席側のドアを開けて路上に飛び降りた。
「あのラーメン、美味かったなあ…」
ヒッチハイカーは、コンテナトラックのハザードランプの黄色く点滅する光を浴びながら道路を離れ、再び林の中の暗闇へと姿を消した
【続く…?】