妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「大海妖」(前編)
またここでもか…
この漁村では津波を怖れ
海の神に汚れを知らぬ乙女を
生贄に差し出すと云う
海の神だと…
神たるものが生贄などを求めるものか
妖の匂いがプンプンとする
のう、『斬妖丸』よ
そうか…やはりな
その震えからして
お前も感じておるのだな
今宵もまた
乙女が一人生贄に捧げられると云う
これを黙って見過ごして行くわけには参らぬ
村人の云う神が妖であるのなら
退治せねばならぬ
娘に成り代わり
拙者が生贄に差し出されよう
そして妖ならば成敗してくれよう
生贄の娘と親に会うぞ…
********
何とか娘の親を説き伏せ
生贄に相成り替わった
村人にもバレる事は許されぬ
狭いがこのまま
この葛籠に入って参ろう
『斬妖丸』よ
拙者は着くまで少し眠るぞ…
********
着いたようだな…
出てみよう
海は凪いでいる様だ
月も半月だが綺麗に出ている
ここは…?
あれに見える人家の灯りからして
砂浜から半里は離れておるようだ
ここは昼間に陸から見た
海にそそり立つ夫婦岩じゃな…
夫岩と妻岩を結ぶ注連縄が
頭上に掛かっておる…
おお…
『斬妖丸』が震えておる
いや、拙者にもビリビリと感じるぞ…
これは、かなり強い妖気じゃ…
この夫婦岩にも妖気が染み付いておるわ
よし…
背の高い夫岩に登って見るとしよう
何か分かるかもしれぬ
拙者は葛籠の中から
二本の長刀の内
『斬妖丸』のみ取り出して
柄を左肩に向けて背負い
紐を胸前で結んだ
こうすれば崖を登りやすい
拙者は子供時分より木や崖に登るのが
猿の如く得意であった
岩の天辺まで登った拙者は
辺りを見回した…
風も無く海も凪ぎ波も静かだ
半月の月明りにて海面を見渡した
その時だ!
背中の『斬妖丸』が
ブルブル震え出したと同時に
海面より何かが飛び出して来た!
それは表面に幾つもの巨大な吸盤のある
直径が優に一尺(約30cm)はあろうかという
巨大な蛸(?)の脚だった
拙者は叩きつける様に伸ばして来た脚を
間一髪で躱した
しかし、躱したのもつかの間…
次から次へと脚が拙者めがけて
繰り出されてくる
一本ではなく同時に多方向から
襲いかかって来る!
あの巨大な脚の吸盤に
捕まってしまえば
拙者は二度と逃げる事は出来ぬだろう
そのまま絞め殺されるか
喰われてしまうか
海中へ連れ込まれるか
いずれにせよ
助かる道は無い…
拙者は背負った『斬妖丸』を
右手でスラリと抜き放った
襲い来る蛸の脚を躱しながら
『斬妖丸』に話しかける
『斬妖丸』よ…
蛸の化け物ならば脚は八本…
あの脚を全部ぶつ切りにして
鱶の餌にしてくれよう
蛸の脚は再生するが
『斬妖丸』で斬った妖の身体は
二度と再生する事能わず
この大海妖めの脚を
二度と悪さの出来ぬよう
全て斬り落としてくれるわ!
いままで貴様の餌食になりし乙女達と
その家族の無念と哀しみの深さを
思い知らせてくれようぞ!
行くぞっ、『斬妖丸』!
※【後編に続く…】