【R-18】ヒッチハイカー:第33話『誕生!青白く輝く光の玉!! 伸田の危機に結集する4人の魂!』
吹雪の吹き荒れる中を『ウインドライダーシステム』の飛行ユニットで上昇した伸田が『黒鉄の翼』の静止飛行して待機する高度に達した時、無人の操縦席を覆う特殊強化ファイバーグラス製の透明なキャノピーが内側から自動で開いた。
「さあ、早く乗りなさい。」
ウインドライダーシステムのヘルメットに仕込まれた通信デバイスを通して、新宿カブキ町の『千寿探偵事務所』内にいる風祭 聖子の声が伸田の耳に伝わって来た。
荒れ狂う上空の吹雪は地上よりも凄まじく、伸田はブルブルガタガタと凍え切った身体を震わせながら、背負った飛行ユニットを折りたたむと『黒鉄の翼』の操縦席に乗り込んだ。
キャノピーが閉じられると同時にすぐさま暖房システムがフル稼働し、-10℃にも達する外気の流入で冷え切った操縦席内と伸田の身体を急速に温めた。
「『スペードエース』が自動操縦でヒッチハイカーの元へ運んでくれる間に、あなたは急いで飛行ユニットのバッテリーパックを交換しなさい。」
余談になるが『スペードエース』とは、『黒鉄の翼』に関する航行と戦闘を含めた全ての管制システムを制御し、人の介入する事無しに独自に機体を自在にコントロールする事が可能な『完全自立思考型人工知能システム』の通称である。
名付け親は『黒鉄の翼』の生みの親でもある、科学者としての風祭 聖子博士で、名前の由来は『黒鉄の翼』が双翼を担う左右一対のティルトローターを折りたたんで格納した状態での機体の形状が、スペードの『♠』マークそっくりであるところから来ている。その頭脳であるところの機体制御コンピューターを『スペードエース』と名付けたのだった。
凍えた身体が温まって人心地ついた伸田は、聖子に指示された場所に収納されていたバッテリーパックを取り出し、彼女の説明通りに背中から下ろした飛行ユニットの使用済みバッテリーと交換した。その間も、『スペードエース』による自動操縦で『黒鉄の翼』の機体は、安田巡査の乗る油圧ショベルとヒッチハイカーの戦闘が行われている筈の地点へと向かっていた。
吹き荒れる吹雪をものともせず飛行した黒鉄の翼が到着した地点には、予想もし得なかった巨大なオブジェのような物体が一つ佇んでいるだけだった。
それは本当に奇妙な物体だった。まるで、黄色く塗装された機械と黒い剛毛に覆われた生物らしい有機体とが融合した様な…
「何だ…あれは?」
そうつぶやきながら操縦席の液晶モニターに映し出された拡大映像を見た伸田の身体が、次第にワナワナと震え始めた。
「あ、あれ… あれは、安田さんの乗っていた油圧ショベル… ヒッチハイカーに潰されて…」
震える指先で眼下に佇む奇妙なオブジェを指さしながら、伸田が掠れる声でつぶやいた。その声は、まるで喉の奥から絞り出したかのように異様な響きを帯びていた。
「う、うわああああーっ!」
伸田は自分の頬を両手で押さえながら狂った様に叫んだ。
「落ち着きなさい! 伸田君!
スペードエース! 急いで、あの怪物を変形した油圧ショベルから引きはがしなさい! 破壊力を調整して超電磁加速砲でヤツの脚だけを狙うのよ!」
眼下の状況にパニックを起こした伸田よりも冷静に状況を把握した風祭 聖子が、『黒鉄の翼』の人工知能である『スペードエース』に命じた。
「了解! 目標ロックオン! レールガン発射!」
「キュイィィーン! ドンッ!」
『スペードエース』は強力な超電磁加速砲の威力を調整した上で、油圧ショベルに絡みついている脚の一本の関節部を狙って精確無比な照準で砲撃を加えた。
狙い過たずに命中した砲撃が、怪物の一本の脚を胴体に近い部分の関節から先で見事に切断した。
それまで油圧ショベルを8本の脚で包み込むように覆ったまま動きを止めていた蜘蛛型の怪物が、突然に脚の一本を吹き飛ばされて、切断面から緑色の体液を撒き散らしながら慌てた様にガサガサと動き始めた。
今では7本の脚になってしまったが…
いや、待て… 伸田や聖子は知る由も無かったが、安田巡査が乗った油圧ショベルの攻撃で、すでに前脚の一本を半分以上失っていたのではなかったか?
安田が怪物の脚を切断してから『黒鉄の翼』が到着するまで時間にして、まだほんの数分しか経っていない筈だった。そのわずかな間にヒッチハイカーの失われた脚は元通りの8本脚に再生していたのだった。
脚だけではなく、胴体部にも油圧ショベルの掘削用バケットで開けられ緑色の体液を大量に噴き出していた大穴も、すでに塞がっている様だった。
事故に遭った運搬用トラックの荷台に積まれていた薬剤を偶然に手に入れ、飲んでしまう前までは普通の人間だったヒッチハイカーが、わずか一晩の間に何という恐ろしい魔界生物に変わり果ててしまったというのだろうか…?
姿形こそ違えど、彼はすでにミノタウロスのバリーと同等の存在と言えるまで変化しているのかもしれなかった。
「グジュグジュルルル~ッ!」
見よ!
たった今、レールガンで吹き飛ばされたばかりの胴体に近い側の脚の断面部分から、緑色の体液と共にどす黒いピンク色をした数十万匹のミミズをより合わせた様な気味の悪い筋肉状の軟部組織の束が、ウネウネと動きながら伸び出して来たではないか。
安田の乗る油圧ショベルをペシャンコに潰されて怒り狂っていた伸田でさえ、液晶モニターに映し出された光景のあまりのおぞましさに、頭に上っていた熱い血が一気に冷めるほどだった。
この光景を映し出した映像は『黒鉄の翼』からはるか遠く離れた新宿カブキ町にある『千寿探偵事務所』内にいる風祭 聖子の元へも、ライブ動画としてリアルタイムで転送されているのだ。
「うげえっ! 何これ! 気持ち悪いっ!
スペードエースのバカっ! こんな画像拡大して映すんじゃないわよ!」
モニター画面に映し出された怪物の欠損した脚が再生するシーンは、医学博士の資格も持つ聖子でさえ胸が悪くなり、もう少しで吐きそうになるほどのグロテスクな光景だった。
一方、怪物が離れた場所には、元は油圧ショベルだった重機の成れの果てとも言うべき奇妙なオブジェ…が立っていた。その黄色いオブジェの下部に当たる部分から赤黒い液体が流れ出しているのに、伸田は気付いた。
「あ、あの隙間から流れ出してるのは… や、安田さんの血…?
うっ、うわああああーっ!安田さん!安田さんっ!」
安田の血液らしき液体を見た伸田は再び恐慌に陥った。
「落ち着きなさい、伸田君!
スペードエース! 急いで、あのオブジェ内の生体反応を調べなさい!」
聖子が伸田を叱咤した後ですぐに『スペードエース』に命じた。
「……
微弱ながら生体反応あり…
オブジェに閉じ込められた安田巡査と思われる人物は、かろうじて…生きています。」
『黒鉄の翼』の人工知能である『スペードエース』が冷静な声で調査結果を伝えた。
「!」
パニックを起こした後、嗚咽を上げながら悲しみに歪んでいた伸田の表情に、わずかだが希望の光が灯った。
「ほ、ほんとか…? スペードエース! あの状態で安田さんが生きてるのか?」
「本当です、ミスター伸田。ただし、生体信号は…非常に微弱です。すぐにでも救命救急措置を取らなければ、危険な状態です!」
無事だったと思った安田の命の灯が今にも消えかかっていると『スペードエース』から聞いた伸田は、バッテリーを交換したばかりの『ウインドライダーシステム』の飛行ユニットを急いで自分の背中に装着した。
「聖子さん! 聞いて下さい。今から僕が、ヒッチハイカーをおびき寄せて油圧ショベルから引き離します。その間に『黒鉄の翼』で、安田さんを救急病院へ運んで下さい! この機体なら可能なはずです! 救急隊を待っている暇なんて無い!
スペードエース! キャノピーを開けろ!」
聖子の返事を聞くよりも前に、伸田は『スペードエース』に命じて操縦席のキャノピーを開かせた。上空に吹き荒れる猛吹雪が、快適に温まっていた操縦席内になだれ込んで来る。
操縦席で立ち上がった伸田の身体に、風速20mを越す吹雪が叩きつけるかの様に容赦なく襲いかかって来た。彼が防寒用に身に着けている服装など地上からの高度が100mを越え、気温がー十数℃もの上空では、ほとんど役に立たないと言うしかなかった。
凍えてブルブルと激しく震える身体に加え、歯の根が合わないほどガチガチと鳴った。それでもキャノピーを開け放して立った伸田の決心に、いささかの揺らぎもなかった。
「ウインドライダーシステム起動! 飛行ユニット展開!」
ヘルメットに内蔵された脳波誘導システムを通して、伸田の脳波による命令を受信した背中の飛行ユニットの6基のローターと二枚の補助翼が展開した。
「伸田出ます! ウインドライダー・プロトタイプ1号機、テイクオフ!」
すでに操縦席から身を乗り出していた伸田が大きく叫んだかと思うと、彼の身体が吹雪の吹きすさぶ空中へと飛び出した。6基のローターのプロペラをフル稼働させて、伸田はヒッチハイカーのいる地上をめざして垂直に降下した。
「あの子、ホントに行っちゃった…」
自分に指示を仰ぎもせずに、自分の判断で勝手に飛び出して行った伸田をポカンとした表情で見送っていた聖子がつぶやいた。
「後先考えずにムチャクチャするわね、あの子。まるで、うちの千寿所長みたい…
でも、こうなったら、あの子が言った様に私もグズグズしていられないわね。
スペードエース! 左右両『黒鉄の爪』展開!
今から安田巡査を、へしゃげた油圧ショベルの運転席ごと掴んで緊急空中搬送する! 大至急よっ!」
「了解!」
「ウイイィーン! ガシャン! ガシャンッ!」
ホバリング中の『黒鉄の翼』の機体下部から、で降着装置でもある折りたたまれていた左右二本の特殊チタニウム合金製の脚が低いモーター音を上げながら駆動し展開した。
広げられた左右二本の脚の先端は、可動して物を掴めるように三つに分かれた巨大な鳥の鉤爪の形状をしている。
この『黒鉄の爪』と呼ばれる爪は、3t近くある万能装甲戦闘車両の『ロシナンテ』を軽々と掴み上げた状態のまま飛行可能なほど頑丈な代物だった。
またしても余談となるが、この『黒鉄の翼』と『ロシナンテ』が合体した状態を『黒鉄の天馬』と呼称し、双方の攻撃力を兼ね備えた機体として完成するのだ。
『黒鉄の翼』は続けていた空中停止体勢を解き、オブジェと化したパワーショベルを掴み上げるべく『黒鉄の爪』を広げたまま、地上に向けて垂直に降下し始めた。
********
「どんな武器を持ってるのか知らないけどさ。アタシの見立てじゃあ…今のヒッチハイカーは、あんな小僧の一人じゃ、どうやったって倒せっこないよ。
アンタが行ってやらなくてもいいのかい? まあ、小僧が死んでもいいってんなら話は別だけどさ。」
互いに睨み合ったまま動きたくても動けない状態のライラが、白虎を嘲笑う様な声音で言った。
「なあに、あいつなら大丈夫だ。ヤツには見かけに似合わず、ガッツがある。
それに俺は、約束は絶対に守る主義なんでね。ヤツとの約束で、ここにいる連中をお前ら殺戮兄妹から護らなきゃならないんだ。」
白虎はバリーの背中を押さえつける右前脚の力を、いささかも緩める事無くライラに冷たい声で言い返した。
「チッ! 仕方ないね…こんなとこでグズグズしてるのは性に合わない。アタシは行くよ。
こんなケチの付いちまった作戦なんて、やめたやめた! バカらしくてやってらんないよ。アタシはもっと面白い仕事でも探すとしようかね。
そうそう、そんな馬鹿アニキ、煮るなり焼くなりアンタの好きにするがいいさ。
じゃあね、バリー!」
そう言い捨てたかと思うと、ライラは自分の相棒でもある双子の兄と宿敵の白虎を二度と振り返る事無く、そのスーパーモデル以上に美しく妖艶で魅力的な姿態を颯爽と闊歩する様に優雅に歩き去って行った。
「はん、震い付きたくなるほどのベッピンなのは大いに認めるが、氷以上に冷たい妹を持ったアニキのお前に同情するぜ。」
「ブモオォ…」
白虎が本心から言った言葉に恥じ入ったかの様に、バリーが弱々しい声で応じた。不死身の魔人バリーにとっても妹のライラの存在は頭痛の種だったのだ。
「はあ… もういい。お前も行きな、バリー。
今日の所は見逃してやるが、次に俺の周りでワルさしやがったら…その時は覚悟しとくんだな。この俺が、不死身のお前を地上から文字通りに消してやる。
さあ、ライラの所へ行け!」
そう言い放った白虎は、バリーの背中に載せていた右前脚をどけてやった。たった一本の白虎の前脚で地面に縫い留められたように動けなかったバリーがヨロヨロと立ち上がった。
そして二本脚でしっかりと大地に立ったバリーは白虎から十数m離れた地点まで歩くと振り返り、天に向けて一声、大きな雄叫びを上げた。
「ブッモオオオオーッ!」
それは、白虎に向けた復讐を誓うバリーの叫びだったのだろうか?
大地を揺るがす雄叫びを上げたバリーは猛然と走り出すと、姿の見えなくなったライラの後を追った。
吹き荒れる吹雪の中に4本脚でしっかりと立った白虎は、しばらくの間『殺戮のライラ&バリー』と呼ばれる二人組の殺し屋が消え去った方向を見つめていたが、身体の向きを変えて少し離れた地点に停車している自身の愛車『ロシナンテ』の方へ歩き出した。
そして、白虎は『ロシナンテ』の運転席の横で立ち止まると、威嚇しようとでも言うのか唇をめくり上げて巨大で鋭い牙を覗かせながら、窓ガラス越しに中の鳳 成治に向けて唸り声を上げた。
「ガルルルル…
よお、鳳。俺の愛車をこんなにボロボロにしやがって…
修理代の請求書はお前んとこに回すからな。全額払ってもらうぜ。俺はビタ一文出さねえからな。」
自分の愛車『ロシナンテ』を愛してやまない新宿カブキ町の『風俗探偵』こと千寿 理が、獣人化した白虎の姿のままで溜息を吐きながら、運転席に座る鳳 成治に恨みがましく言った。
「分かった分かった… そういじめるなよ、千寿。
お前にその姿で睨まれると、ライラやバリーよりもっと恐ろしいじゃないか… この『ロシナンテ』のおかげで、我々は助かったんだ。本当に感謝してるんだぜ。修理にかかる費用に関しては、政府の『機密費』で何とかするよ。」
「バカ野郎、お前ら役人や政治家は何かって言うとすぐに『機密費で』とか抜かしやがるが、それだって俺たち国民の血税じゃねえか。」
「ほお、常日頃から違法な事を山ほどやってるお前の口から、そんなご立派なセリフを聞くとは思わなかったな。
清廉潔白な風俗探偵殿のお前さんが、そんなに汚い政治家センセイ連中達御用達の『機密費』に反感を持ってるんなら、『ロシナンテ』の修理はあきらめるか?」
「それとこれとは話が別だ。とにかく、お前の責任で俺の愛車を元通りに直せよ。」
「それよりも千寿、ライラとバリーの方はいいのか? 今のお前なら、あのままバリーにとどめを刺せただろうに…」
「いいんだよ、今日の所はあれくらいで。どうせアイツら双子の兄妹には、イヤでもまた近いうちに逢えるさ。きっとな。
その時は容赦しねえ。今日の荷電粒子砲の借りを返してやるさ。」
「お前、なんだかんだ言ってライラの事が好きなんじゃないのか?」
鳳がニヤニヤ笑いを顔に浮かべながら言った。
「はっ! バカ言ってんじゃねえ。まあ、ライラがイイ女なのは認めるがな。
そんな事より、伸田の小僧…上手くSITの巡査を救出出来たのかな?」
照れ笑いを隠すためか、顔を背けながら白虎が低くつぶやいた。
「心配なら行ってやれよ。ライラの気性を考えれば、お前に宣言した手前は、再度このロシナンテを襲う事はあるまい。
私も伸田君の事は心配なんだ。皆元さんのためにも生きていてもらわなきゃ困るのはもちろんだが、じつを言うと彼には個人的にも興味がある。あの天才的な射撃センスといい、初めて装着したウインドライダーシステムをあそこまで自在に操る彼の天賦の才能…
どうしても、彼には生き延びて私の構想にあるチームに加わってもらいたいんだ。」
「へっ、またお得意の良からぬ悪だくみかよ。変な事にヤツを巻き込むんじゃねえぞ。
まあ、お前のためじゃねえ。後ろの座席で健気に恋人の無事を祈るお嬢さんのために、伸田の様子を見に行ってくるか。」
『ロシナンテ』の後部座席で目を瞑って両手を組み合わせ、必死に大切な恋人の無事を祈る皆元 静香の姿をチラッと見やり、そう鳳に言ったかと思うと、次の瞬間には白虎は忽然と姿を消していた。
「消えた…」
それまで『ロシナンテ』の後部座席で黙って成り行きを見守っていた長谷川警部と島警部補が、同時につぶやいた。
「ふっ、頼んだぞ…千寿。」
白虎の姿が突然消失した事に驚きもせず、鳳が口元に笑みを浮かべながらつぶやいた。
********
「やっぱりこのままじゃ、いくら黒鉄の翼でもヒッチハイカーに破壊された油圧ショベル全体を運ぶのは無理だわ。
スペードエース、高出力レーザー溶接機を用意して! 安田巡査の閉じ込められている運転席部分を切り離すわ。急いで!」
風祭 聖子聖子が『黒鉄の翼』の人工知能である『スペードエース』に命じた。
「了解! 左黒鉄の爪の高出力レーザー溶接機を展開、切り離し作業を開始します。」
『スペードエース』がそう告げると、パワーショベルを運搬するために展開していた2本の特殊チタン合金製の巨大な『黒鉄の爪』のうち、左側のアームの内部から、折りたたんで収納されていた高出力レーザー溶接機の付属した機械の腕が展開され姿を現した。
パワーショベルのすぐ上で静止飛行したままの『黒鉄の翼』が伸ばした右側の『黒鉄の爪』が、パワーショベルの運転席部分をガッシリと掴んで固定する。
安全に切断するべき箇所を狙って伸ばされた溶接機の先端開口部から、赤い色をした高出力レーザー光線が放射された。
夜明け前の真っ暗な山中で、『黒鉄の翼』の強力なサーチライトで明々と照らし出されたパワーショベルの鋼鉄製の機体を、真っ赤な高出力のレーザービームが簡単に切断していく。
「安田巡査の身体を傷付けない様に慎重にやるのよ! でも急ぎなさい! 彼の生体反応がかなり弱まってる… こんな所で、怪物と戦った勇者である彼を絶対に死なす訳にはいかない!」
『黒鉄の翼』から遥か離れた東京新宿カブキ町の雑居ビル内にある『千寿探偵事務所』の所長室で聖子が手に汗を握りながら叫んでいた。
巨大な怪物の脚を受け止めたほどに頑丈だった油圧ショベルの機体も、高出力レーザービームの前では簡単に焼き切られていく。だが、安田巡査の生命を救うためには事は一刻を争うのだ。
「運転席の切り離し作業完了! 両アイアンクローで要救助者ごと目標確保。要救助者の生体反応さらに低下! 危険レベルです!」
『スペードエース』の女性の声に合わせて作られた合成音が、悲鳴のような声で警告を発した。
「後のヒッチハイカーの事は伸田君と千寿所長に任せて、そのまま安田巡査を緊急搬送しなさい! ツインローターの回転を全開にして最高速度で飛ぶのよ!」
「しかし、創造主聖子! それでは、安田巡査の身体が凍り付きます!」
『スペードエース』が自分の創造主である聖子に反論した。
「それが狙いよ! 安田巡査の脳が死なない様に身体を凍結させるのよ! 彼には人工冬眠してもらうわ!」
聖子が絶叫に近い叫びで『スペードエース』に命令を発した。
「了解ッ! 当空域を最大速度で離脱します!」
「ギュルルルルーッ! グオオオオーッ!」
こうして『黒鉄の翼』は、ヒッチハイカーと伸田を残して飛び去った。
********
「ドドドドドドド!」
「バキバキバキッ!
完全に再生した8本脚を滑らかに動かしながら、蜘蛛型怪物の姿をしたヒッチハイカーが、その巨躯が信じられないほどの高速で激走する。時速50㎞は優に超えているだろう。
しかも驚いた事に、怪物の蜘蛛に似た胴体の上方前部、つまりヒッチハイカーの人間体の上半身が存在する部分の両脇の位置から、いつの間にか移動に使っている脚とは異なる二本の新しい前脚が生えているのだった。
さらに、この二本の前脚は先端部がカマキリの鎌のような形状に変化し、自在に振り回す事によって進行方向を邪魔する存在は、岩でも樹木でもお構いなしに切り払っているのだった。
「待てぇっ! 貴様、よくも安田さんを!」
怪物の後方を、交換したばかりのバッテリーパックをフルに活用した速度でヒッチハイカーを追って、吹き荒れる吹雪の中を飛ぶ『風に乗る者』である伸田の姿があった。
「てめえなんかに捕まってたまるかあっ! このオレを止められるモノなんか何もねえ!
今日の所はシズちゃんはあきらめてやる! だが、あの女はオレのもんだ! 必ずもらいに行くからなあ!」
そう叫びながら激走するヒッチハイカーが切断した木の幹が、薙ぎ払った猛烈な勢いそのままで伸田に向かって飛んで来る。
「うわっ! くそ! 負けるもんか! 絶対に、コイツだけは許さないっ!」
伸田は華麗な飛行テクニックで飛んで来る木の幹や枝、岩の破片などを見事に躱していたが、恐ろしい勢いで撥ね飛ばされて来た電柱ほどの太さがある枯れ木が、間一髪で直撃こそ免れたものの、張り出していた枝の一部が飛行ユニットの右側の補助翼に引っ掛かってしまった。
「うわああーっ!」
ただでさえ微妙なコントロールを必要とする飛行にはバランスが命なのだ。絶妙な天性のセンスを持つ伸田だったが、左右に張り出したウインドライダーシステムの機体をほんの僅かでも引っ掛けられただけで、高速飛行中の体勢を崩されてしまった。
バランスを失った伸田の身体が空中で回転しながら、減速しないまま林の中に突っ込んで行った。
その時、時速数十kmで飛ぶ伸田の身体が林の中の木の幹か墜落して硬く凍て付いた地面に激突すれば、彼の身体は一巻の終わりだろう。全身の骨が砕け、全ての内臓が破裂してしまうに違いなかった。
「くそっ、ダメだ! コントロール出来ない! バランスを戻せないっ!
うわああああーっ!」
無念だったが避けようの無い自分の死を意識した伸田の頭に、一瞬の内に走馬灯のように様々な人々の顔がよぎっていく。
「みんな… 安田さん…長谷川警部に島警部補、それにジャイアンツにスネオ…、聖子さんに白虎さん… それに、それに…
僕のシズちゃん!」
愛しい静香の姿が頭に浮かんだ途端、死を覚悟していた伸田は閉じていた目を開いた。その視界に飛び込んで来たのは、左手にしっかりと握りしめた銀色の『ヒヒイロカネの剣』だった。
「くっそおーっ! こんなところで死んでたまるかあ! ヒヒイロカネの剣よ、僕に力を貸してくれえっ!」
右手にSITの制式セカンダリーウエポンである自動拳銃の『ベレッタ90-Two』、左手に鳳 成治に託された『ヒヒイロカネの剣』を握っていた伸田だったが、ベレッタを太腿のホルスターに収め『ヒヒイロカネの剣』を両手で握りしめた。
すると…これはどうした事だろうか? 銀色のヒヒイロカネで造られた剣が突然眩しい白銀の輝きを発し始めたのだ。そして広がっていく眩い白銀の光がウインドライダーの身体を包み込んだ。
「うおおおおーっ! 光が、光がああっ!」
自身が両手に握る『ヒヒイロカネの剣』の発する光に驚愕したものの、伸田が剣から手を離す事は無かった。なぜならそれは、眼を射る様な痛さを伴う光では無く、とても優しく温かい光だったのだ。その光に全身を包まれる事が彼にとって決して不快では無く、むしろ心地良いと言っていいほどの感覚だった。
伸田は本能的に、自分はこの光に身を任せても良いのだと思った。これは天国の使者が自分を迎えに来たのだと、彼は自分なりに解釈したのだった。自分はヒッチハイカーとの戦いに敗れ、この光に包まれたまま天に昇るのだと思うと、不思議な事に悔しいよりも気が楽になったのだった。
「ノビタ… おい、ノビタ…」
その時、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてきた気がした。伸田は思った。
これは天の使いが自分を誘う声なのだ…と。
「…!」
だが、それにしてはおかしい…? 聞こえてくる声は、自分に対して上げている怒鳴り声のように聞こえるのだ。
********
「バッカ野郎、ノビタ! てめえ、何やってやがる! そんなとこで死ぬなんて、俺達が絶対に許さねえぞ!」
僕の事を罵る、この懐かしいドラ声は…ジャイアンツ?
「そうだよ、ノビタ! お前、僕達が泣く泣くあきらめてお前に譲ったシズちゃんを残して、自分だけ死ぬ気か! そんなの100年早いってんだよ、ノビタのくせに!
お前がそんなに弱虫なら、僕達のマドンナのシズちゃんを任せてなんかおけないよ! 彼女を返せよ、馬鹿ノビタ!」
先ほど喚いてたドラ声に乗っかる様に甲高く叫ぶ、この声は…スネオ?
「そうだ! 俺達のマドンナのシズちゃんを泣かしやがったら、この幸田 剛士様がただじゃおかねえぞ!」
「そうだ、そうだ! ジャイアンツの言う通り! ノビタのくせに!」
間違いない… 忘れようにも忘れられるもんか! この頭に来るんだけど懐かしい声は、間違いなくジャイアンツとスネオだ! あいつら、ヒッチハイカーに殺されて死んだはずなのに… そっか、僕が死んで…あいつらと同じ天国に来たんだな…
「バッキャロー! お前はまだ死んでねえ!
ノビタ! お前は、俺達犠牲になった者達の恨みを晴らすんじゃなかったのか? シズちゃんを守るんじゃ無かったのかよっ?
それを、こんな所で死んでどうすんだ! シズちゃんと彼女のお腹の中にいる子供には、お前が必要なんじゃねえか!」
ジャイアンツこと剛士の怒鳴り声が僕の耳に痛いほど突き刺さる。
「だって… アイツ、とんでもなく強いんだよ! 僕だって一生懸命戦ったんだ! もう疲れたよ…
そっちへ行きたいよ…」
僕は幼馴染の二人に対して、まるで子供の頃の様に泣き言を言った。
「へん! グズでのろまのノビタにゃあ、こっちに来るのは百年早いよ! 甘えんじゃないよ! 僕やジャイアンツだって恋人のミチルやエリちゃんと、もっと…もっと生きてたかったんだ!
それを、あのバケモンが…」
スネオの声が怒りから次第にすすり泣きに変わっていった。
「スネオ…」
僕は幼馴染であり、ずっと親友でもあったスネオこと須根尾 骨延が、その場にペタンと座り込んで泣き崩れる姿を見つめた。
そばにしゃがみ込んだジャイアンツが泣きじゃくるスネオの背中をさすり、耳元で何かを囁きかけて彼を力づけようとしているようだ。そして顔を見合わせて頷くと、二人揃って立ち上がり、僕の方を見た。
「ノビタ… 俺達二人はお前の事を小っちゃいガキの頃から、よくイジメたよな。でもな、俺達3人はいつだって親友だったと俺は本当に思ってる。
嘘なんかじゃねえ、俺はお前をずっと『心の友』だと思って来た。3人でシズちゃんの彼氏の座をめぐって争ったけど、結局最後はお前が彼女の心を射止めたんだよな。
俺もスネオも悔しかったけど、今じゃ心からお前達二人を祝福してるんだぜ。もしお前が、俺達のマドンナのシズちゃんを幸せにしなかったら、俺は絶対にお前を許さねえ。
だからお前は、まだまだこっちへ来るんじゃねえ。もっともっと、そっちの世界でシズちゃんと幸せに生きろ。俺達の事は心配しなくていい。
俺もスネオも、あの世で彼女と一緒に楽しくやってるんだ。こっちじゃ、エリもミチルも一緒だからな。」
そう言ったジャイアンツの横に恋人のエリちゃんが、スネオの傍らにはミチルちゃんが現れた。そして4人で僕の方を見て笑いかけて来た。もうスネオも泣いてはいなかった。
「な、この通りさ。俺達はこっちで寂しくなんてねえんだ。ノビタ、お前はあのバケモンを倒して早くシズちゃんのとこへ帰れ。そのために俺達4人も力を貸してやる。
なあ、みんな!」
「うん!」
他の3人がジャイアンツの呼びかけに力強く答え、ジャイアンツにスネオ、エリちゃんとミチルちゃんの4人が揃って僕の方にやって来た。
「今から俺達4人もお前と一緒に行くぜ、ノビタ!」
4人が僕の『ヒヒイロカネの剣』を握る腕にしっかりと自分達の手を添えた。彼らの手が重なった部分から暖かく心地良い何かが僕の身体に流れ込んで来た。
すると、それに比例するかの様に握っている剣の輝きがさらに光を増していき、徐々に僕の身体を包み込んでいる眩い光の色が白から青白い光へと変化した。
「ありがとう、みんな…
ああ… みんなの力を感じるよ! それに…この光の色は、白虎さんの牙や爪が発していた光と同じ輝きだ!
行くぞ、ヒッチハイカー! もう、お前の好きにはさせない。今から僕が5人の力でお前を倒す!」
********
今、伸田が死んでいった仲間達との邂逅に費やした時間は、僅かに一瞬だったのだ。その一瞬の間に『ウインドライダーシステム』の飛行バランスを失い、回転しながら巨木の幹に激突する寸前だった伸田の身体が爆発するような勢いで青白い光の玉へと姿を変え、それにも関わらず不思議な事に木をまったく傷付ける事無く、数mm手前の空中でピタリと静止したのだ。
そして、空中での静止状態から再び動き始めた青白く輝く光の玉はフワリと方向を転じたかと思うと、逃走するヒッチハイカーを目指して恐ろしい速度で猛追撃を再開した。
【次回に続く…】