第7回 AIと働くために役立つアイデアを3つほど
もはや避けられない「AIと働く」社会、そこでの私たちがとるべきスタンスとはいったい、どのようなものなのか。
『AIが私たちに嘘をつく日』では、私はAIの善悪について論じるのではなく必然的に訪れるはずの「AIと共存していく社会」の中で、私たちがとるべきスタンスに関して皆さんと考えてみたいという思いからいろいろなお話をしています。そこで私が大切だと思うテーマは、「労働」と「家族」です。今回は、そのうち「AIと働く」ということについてお話を進めてみます。
昨今は、「AIによってなくなる仕事」というような調査、報道が、いろいろなメディアでなされていますが、向かう向きはほぼ同じです。
「人間ができる仕事はどんどん少なくなる」。
この考えには私も同感です。しかし、何もおびえたり、悲観するようなことではない。これは私たちの歴史が今まで繰り返してきたことなのです。いわゆる産業革命というものは、人間の体の力を外在化させることで発展してきました。馬が人間の延長になって田畑を耕していたのを機械に代行してもらうようになり、さらに蒸気機関車がこれを拡張して、はるかに大きな重いものを動かせるようになり、人々の暮らしは便利になった。それに対してAIというものは人間の脳の拡張だと考えられます。つまり、AIと仕事の関係性の変化も、突然変異ではなく長い歴史の進化の必然のひとつとしてとらえられるのではないでしょうか。
そんな状況を踏まえれば、単純に「AIに仕事が奪われる」のではなく、あくまで「AIと(共同で、一緒に)働く」という発想が大切だと思います。
ここからは、いわば「AI=人間」社会の構築に向けて、まずは私たちの心を整えていきましょう。
まず、考えてみたいのは、労働における「時間」をどう考えるかということです。AIが浸透し、テクノロジーが進むことで、今までと同じ成果を上げるために必要とされていた時間は間違いなく削減されます。そんな中で、われわれは今後も本当に長時間労働をし続けるのでしょうか。働く時間を短縮して、残る時間を自分の好きなことに向けることもできる。また逆に、AIが事務労働をこなしてくれるのであれば、自分はもっと創造的な仕事にたくさんの時間を費やせるかもしれません。
また、私たちの社会では、「頭がいい」という価値判断が強くありますね。それは知識の量だったり、判断の適切さ、スピードだったり、するわけですが、その先には、競争において頭のいい人間が勝つということが、資本主義の原則としてあるという思い込みがあるわけです。それは同時に、負けるのは「頭が悪い」人、そういう区別が昔から判然とあった。しかし、その区別をAIはまちがいなく破壊します。何しろ相手のAIはすごく頭がいいのですから。そんな手に負えない存在を前にして、自分たちの愚かさを認めなくてはならない。「人間は、自分たちの愚かさを認識できるのだろうか」これは、労働という分野にとどまらず、人という存在においても、結構深刻な逆転だと思います。
さて、前回、学びにおいて人間がAIに対して優位に立てる数少ない点が「失敗」だということをお話ししました。私は、仕事において(いや、仕事だけではないのですが)「失敗」ということの位置づけを、今までとは変えていこうという提案を、「AI=人間」社会に入っていく今こそ、してみたいと思います。実は、失敗と成功の境界線というものが、AIと人間の価値観の中では大いに違うのです。私たちは、「プロセス」という言い方をして結論に至るまでの過程にある価値を認めたりします。そして、失敗を自分の中のプロセスとして重要なものとして捉える場合も少なからずあります。しかし、AIにとって失敗は単なる一項でしかありませんし、そのプロセスにおいては、より失敗は少なく、あくまでなるべく早く結論に到達するほうがいいと考えるのです。
ところが人間というのは、過ぎ去ったことが大切だったかどうかということを、後から評価しなおし読み直していく、この「リフレーミング」という行為は常に人間には付きまとうのです。
「時間」「頭の良さ」「失敗」このあたりの考え方を、うまく組み合わせていくことで「AIと(共同で、一緒に)働く」社会が、意外と楽しいものになるのではないでしょうか。
妙木浩之(みょうき・ひろゆき)
1960年東京生まれ。上智大学文学部大学院満期退学。佐賀医科大学助教授、久留米大学教授を経て、現在、東京国際大学人間社会学部教授。南青山心理相談室、精神分析家。日本精神分析協会会員(準会員)。著書『寄る辺なき自我の時代』(現代書館)、『父親崩壊』(新書館)、『フロイト入門』(ちくま新書)、『初回面接入門』(岩崎学術出版)など多数。
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