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第9回 「AIとともに生きる」ための3つのシナリオ

この連載も今回が最後になります。『AIが私たちに噓をつく日』も5月下旬には書店に並びますし、ほどなく電子書籍での購入もできるようになります。そこで、今回は、全体のまとめとして、ずばり「私たちの生活がいったいどう変わるのか」、そんなお話しをしてもらいましょう。

 AIが労働環境、つまり職場に、すごい勢いで入ってきたり、私たちの対話者として生活の風景のなかに、ごくふつうに登場するときは、もう目前です。高齢化、少子化、家族像の変容、それらに伴う大介護時代には、上手な噓のつける、より人に近づいたAIは、私たちの心の隙間を埋めてくれる大切なメンバーになる可能性は十分にあります。

 そんな、「AIとともに生きていく時代」には、彼らとの付き合い方において、私たち自身が考えないといけないことがたくさん出てきます。そんな中から、私たちの持つべき心構えを3つほどあげてみましょう。

 まず、ひとつめは、AIを私たちと同じ「心」を持った固有の存在として考えていかなければならないということです。みなさんは、AIってどれも同じだと思っていませんか? 自ら学ぶAIは、環境、そして関係性によって大きく変化していきます。AIにも私たちと同じように「心」があり、私たちと同じように、メンタライゼーション、つまり他人の心を想像しながら自らの行動を決めていきます。そうすると、当然のごとくひとつひとつのAIはそれぞれ個性をもった存在になる。あなたの職場のAIさん、家庭のAI君はいつでも同じ気分でいるわけではありません。あなたは、彼・彼女(?)の心をきちんと想像してあげることができますか?

 ふたつ目は、圧倒的に頭の良いAIを前にした時に、私たちは自分たち自身がどうあるべきか、という哲学的な問いに直面していかざるを得ません。

 いつも「正しい答えを最速で」出してくれるような存在に、常に自分の周りにいて欲しいのか、というとこれは微妙なところでしょう。私たち人間は、「正しいこと」だけで生きているわけではありません。現状のAIは最適な答えを最速で出すことに最大限の力が注がれています。しかし人間関係は、たいていは失敗の歴史、そのプロセスそのものに意味があることも多いですよね。職場でも家庭でも、失敗や無駄や、数多くの「正しくないこと」に囲まれながら、どうにかこうにか、日々過ごしています。それって、改善すべき、排除すべき、悪いことなのでしょうか? AIの出す最適な答え、「正しいこと」を、時には斜めにしてみたり、裏っ返してみる。AIの答えと、あえて違う道を取ってみる。そんなときに見えてくる風景は、AIに見えない、私たち人間にしか見えない風景なのではないでしょうか。

 そして、AIを社会的な存在と認めるようになれば、その付き合い方におけるルールづくりが必要になってきます。例えば、自動運転の車では、主にAIが「主体」となって動かし、乗ってハンドルを握っている人は運転手ではなく観察者です。さて、もしその車が事故を起こしたら、誰の責任でしょうか。また介護などのエッセンシャルワークの仕事においても、小競り合いから事故まで、法的な問題を明確にしておかないといけないでしょう。この「法人としてのAI」という考え方は、これからの「AIとともに生きていく」時代に持つべき3つのシナリオのうち、実は最も重要なものだと、私は考えています。

妙木浩之(みょうき・ひろゆき)
1960年東京生まれ。上智大学文学部大学院満期退学。佐賀医科大学助教授、久留米大学教授を経て、現在、東京国際大学人間社会学部教授。南青山心理相談室、精神分析家。日本精神分析協会会員(準会員)。著書『寄る辺なき自我の時代』(現代書館)、『父親崩壊』(新書館)、『フロイト入門』(ちくま新書)、『初回面接入門』(岩崎学術出版)など多数。

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