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第2回 「AI様」への興味と不安

AIの持つ光と影。様々なところで議論されているテーマですが、妙木先生は、精神分析家ならではの不安をお持ちのようで、「AI様」とは、はてさてどういうことでしょうか。

 前回、私がAIに興味を持ったきっかけ、そこでは、良い面に目を向けてお話ししました。しかし、臨床の場において患者さんたちが蒙るであろう変化は、必ずしもいいことばかりではありません。精神分析家という自分の職業柄、そこでの不安、危機感というものまでが心をよぎってしまうのです。

 少し大きな話になりますが、ちょっとおつきあいください。産業革命以降に生まれた様々な技術的進歩に、人間はどうにか追いつこうと工夫、努力をし、どうにか乗りこなして、生活を便利に快適にしてきましたが、同時にその技術的進歩に取り残されていく人間たちには多くの困難・障害が生まれてきたのです。

 2つの時代のお話しをします。ひとつは、20世紀初頭の産業革命。そこでは加速するスピードや急激な量的拡大であらゆる産業が発展すると同時に、人間の体や社会制度がおいてきぼりを食いました。一例をあげると、馬と入れ替わった車という交通手段に、規制やモラルなどの人間の制度が追いつかなくなって、交通事故が死因のトップになってしまった時代がありました。

 近年に目を移してみます。21世紀になって社会を覆いつくした情報革命、それは、現在進行形で人間の心に大きな変化をもたらしています。劇薬はまちがいなくインターネットでしょう。1990年代以降のインターネットの急激な普及によって、私たちの日常生活は驚くほど便利で快適なものになりました。今や、ほとんどの人がスマホを持って、常時ネット接続で何かをしている。特に今の十代前半より下の世代は、ネットの存在を意識することすら少ないというのは誰でも想像がつくことでしょう。しかし、同時に、炎上、ネットいじめというような他者に対する攻撃性のエスカレーションは、まちがいなくインターネットという新たなコミュニケーションの場において沸騰させられているといっていいと思います。

 インターネットに接続したPCを操作している段階では、身体的反応から情報認識まで、ある程度、時間がかかりまだ情報ツールという道具の域をでませんが、今お話ししたような中高生より下の世代は、より自分の身体に近い感覚で難なくスマホを操作し、呼吸をするような感覚でネットの大海にもぐることができるようになりました。彼ら、彼女たちは、ネット空間がほとんど、自分の身体の延長上に感じている世代であり、まさにスマホの向こうの電脳空間に人がいるように感じ始めています。その空間にどっしりと鎮座するのが「AI様」です。彼ら、彼女らにとっては、スマホの中の「AI様」は、何よりも大きな存在であり、信頼と同時に恐れすら抱いているといっても過言ではないでしょう、この「AI様」について私は興味と同時に不安も持っているのです。その気持ちを一言で言い表すならば、「AI様が心をもったなら?」ということです。そして、心を持った、つまり自己を持ったAI様は何をするか、何を考えるのか。次回は、そこでの、私の考えをお話ししましょう。

妙木浩之(みょうき・ひろゆき)
1960年東京生まれ。上智大学文学部大学院満期退学。佐賀医科大学助教授、久留米大学教授を経て、現在、東京国際大学人間社会学部教授。南青山心理相談室、精神分析家。日本精神分析協会会員(準会員)。著書『寄る辺なき自我の時代』(現代書館)、『父親崩壊』(新書館)、『フロイト入門』(ちくま新書)、『初回面接入門』(岩崎学術出版)など多数。

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