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来了,就是深圳人

中国の科学技術の発展を象徴するイケイケでキラキラな街として知られる深圳は、実際にイケイケでキラキラだけど、私にとってはたくさんのやさしさに包まれた街でもある。

深圳に興味を持ったきっかけは他の多くの人と同様、中国のめざましい科学技術の発達を支える街だという情報を得たからだった。知れば知るほどどうしても深圳と関わる仕事がしたくなって、過去に何度も挫折した中国語を本気で勉強し、ある日、ついに深圳へと足を踏み入れた。そこで見たものは想像をはるかに凌駕するイケイケとキラキラと、そして予想外のやさしい人々だった。

初めて深圳の地を踏んだ翌日、私は巨大電気街「华强北」で銀行を探していた。当時の华强北ではたくさんのスマホ修理屋さんが客引きをしていて、誰彼構わず「スマホは何?iPhone?HUAWEI?なんでも直せるよ」と声をかけていた。

一人の青年があまりに熱心に(しつこく?)声をかけてくるので、思わず「いや、銀行に行くんで」と言うとちょっと驚いたように「え?銀行はそっちじゃないよ」と言う。怪訝な顔をする私にその客引きの青年は、「こっちだよ。ついてきて」とスタスタと歩き出した。戸惑いつつ、実は「銀行はこの辺りのはずなんだけど…」と探しあぐねていたので、素直にあとをついていくことにした。そしてほんの数十メートル歩いた後、前のビルに隠れて入り口がわかりづらくなっていた銀行を指差し、「あそこだよ」と言った。思わず「あ!ありがとう!!」と言うと、その青年は「どういたしまして!」と笑顔で去って行った。一瞬でも「騙して修理屋に連れて行く気じゃ…」と彼を疑ったことをとても申し訳なく思ったものだ。

それから何度も深圳に行ったけど、登りのスロープで重いスーツケースを必死に引き上げていたら、すぐに複数の人が助けてくれたり、SIMカードの設定を変える方法を聞いたら、私の代わりにサポートセンターに電話をしてくれたり、キャッシュカードを失くしたと焦る私のために行員さんが一緒に必死で探してくれたり、結局ちゃんと鞄にしまってあったのが見つかって謝る私に「気にしないで、見当たらないと焦っちゃうよね」と笑ってくれたり……、深圳で出会ったこういうちょっとした親切には枚挙にいとまがない。

その後、たくさんの縁に恵まれて深圳に移住し、生活にも慣れ、これからという時に病気になってしまうわけだけど、その不安でたまらなかった時も本当にたくさんの人に親切にしてもらった。

いつも行くスーパーで野菜を抱えて具合悪そうにヨロヨロと売り場を移動する私を見て、普段は無愛想なレジのお姉さんが「それ、ここに置いておいていいよ」と気遣ってくれた時は本当に泣きそうになった。(実際、野菜を抱えてわずかな距離を移動するのも辛いほど体調が悪かった。)薬局の薬剤師さんは中国語で上手く症状を説明できない私に「大丈夫、ゆっくりでいいからもう少し言ってみて」とやさしく、根気強く症状を聞いてくれた。結局帰国することになり残念がる私に、心から病気の快癒を願い、「またすぐ会えるよ」と笑ってくれた友達の暖かさも忘れられない。

出生地からの移動が制限される中国にあって、深圳は比較的自由に移り住むことができることから「移民の街」とも言われている。そのため深圳には「来了,就是深圳人(来ればあなたも深圳人)」というスローガンがあり、どこの出身であろうと、深圳にいるという事実だけで仲間として助け合う気風がある。「だから深圳が好き」という「深圳人」も多い。私が受けたやさしさは、もちろん個々人の気質でもあるけど、深圳という街が育んだものともいえそうだ。

これを今書いているだけで、深圳でふれたたくさんのやさしさが思い出されて泣けてくる。これを読んでくれた人にはイケイケ・キラキラな深圳だけではなく、いつかそのやさしさにふれてほしいと、心から願っている。


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