K-107 パジャント胸像
石膏像サイズ: H.79×W.56×D.34cm(原作サイズ)
制作年代 : 頭部:2世紀頃(原作は古代ギリシャで現存せず)
胸部:1600年頃
収蔵美術館 : パリ・ルーブル美術館
出土地・年 : ローマ・ボルゲーゼコレクションより購入
この彫像は1957年以降、東京藝術大学の入学試験に繰り返し出題され、日本の美術教育の現場ではとてもポピュラーな石膏像であるにもかかわらず、長年の間詳しい来歴が不明とされてきました。しかし近年の学術的研究によって詳細な情報が判明しています。
石膏像の原形となった彫像は、フランスのルーブル美術館に収蔵されています。「パジャント」という名称は日本国内のみのもので、ルーブル美術館の目録では「ベレニケ(Berenice)」と呼ばれています。ただし、ルーブル美術館でこの彫像がベレニケと判定されるようになったのは近年のことで(1999年以降と推定)、それ以前は「バシャント(Bacchante)」、または「イシス(Isis)」と呼ばれていたことが分かっています。日本における「パジャント」の名称は、このBacchanteが変化したものと推定されています。フィレンツェのウフィッツィ美術館にも、ほぼ同形の彫刻の頭部が収蔵されていますが、そちらでの表記も「ベレニケ」となっています。ルーブル美術館のベレニケ像は、頭部のみが古代遺物として発掘され、胸部は後世の彫刻家が補足したものです。またこの頭部は、古代ギリシャのオリジナル作品を参考にした2世紀頃のローマンコピーと考えられています。
「ベレニケ」とは、一般的に古代地中海に見られた女性名で、とくに古代エジプト・プトレマイオス朝の女王・王妃を指すとされています。マケドニア朝ギリシャの貴族であったベレニケ1世は、古代エジプトのファラオだったプトレマイオス1世と結婚し、後に女王となった人物で、その後の血族にもベレニケ2~4世などがいます。この彫像が、それらのベレニケのいずれに相当するのかは断定されていませんが、古代エジプトの王妃の肖像、またはイシスの姿をした王妃の肖像彫刻であると推定されます。
左右対称で正面を見据える表情は、古代ギリシャ彫刻に特徴的な理想化された形態です。複雑に編み上げられ左右に垂れ下がる髪型が特徴的で、これはアフリカ系リビア人を表す図像とされています。イシスは古代エジプト神話の中心的な神であるオシリスの妻ですが、その存在はエジプト文明にとどまらず、古代ギリシャ文明にも受容され、デメテル、アフロディーテなどと同一視されました。さらに共和制末期のローマにも浸透し、200年頃にはローマ帝国全域で崇拝されるようになり、その彫刻もたくさん製作されました。各地から発掘された古代ローマ期のイシス像には、このベレニケ像に共通する要素(髪型など)を持ったものが多く見られます。
※パジャント胸像については、荒木慎也著「石膏デッサンの100年」(2018年 アートダイバー刊)を参考にしました
ヴェルサイユ宮殿外壁 「べレニケ胸像」 ルーブル美術館収蔵作品のレプリカ(写真はWikimedia commonsより)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?