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人生は幸せ、比べるから不幸せ

宗教のお誘いのようですが、みなさんは今幸せですか?そう聞かれるとどう答えますか?

もしもお金持ちに生まれていたら…
もしもゲイじゃなくノンケに生まれていたら…
もしも普通の家庭を持てたなら…

理想を言えばきりがありませんね。今回は僕なりに幸せの感じ方を記事にしてみました。
みなさんの幸せの感じ方や生きる上のポイントをコメントで教えてもらえると嬉しいです。

ゲイに生まれたら不幸?

ゲイ映画やゲイを題材にした作品の多くは最終的にバッドエンドを迎えることが多いと思いませんか?
僕も思春期に見た映画「マイ・プライベート・アイダホ」「ブロークバック・マウンテン」どれも最終的には幸せを迎えて終わりません。
映画だからセンセーショナルなほうが良いというのもありますが、おそらくゲイの生涯、ゲイカップルの将来像が見えないからかもしれません。

ゲイは日本では結婚もできませんし、子どもも男性同士でも女性同士でも生むことはできません。さらに、男性同士で電車でキスしたり手をつなぐことも憚れます。

友達や家族にも自分の好きな人を紹介することもし辛いし、基本的に秘密な関係です。

ゲイを自覚した日から僕は嘘が上手になりました。ゲイに生まれたら不幸?これをハンディキャップに感じればそう感じるでしょう。

幸せの基準は?

幸せってどんな状態だと感じますか?
美味しいものを食べているとき、趣味に没頭しているとき、好きなアーティストやバンドのライブを見ているとき、アイドルを応援しているとき、ゲームをしているとき、友達と笑い話をしているとき。

人によってそれぞれ幸せだ!と思う瞬間は違います。

幸せな状態はずっと続くというより、途切れたり上下しながら幸せを感じます。幸せだと思うことがいつもになるとそれは幸せの基準値が下がってくるように感じます。

新卒当時は給料が少なかったので給料日に好きな食べ物を食べたり、お金をためてたまに行ける旅行で幸せだと思っていました。

それが今では給料もそれなりにもらえるようになったので新卒当時と同じようなことを体験しても大きな”幸せ”を感じられなくなりました。

幸せは色々な基準があるのです。

比べなければ幸せは続いていく

僕の幸せが途切れる瞬間は人と比べたときです。

あの人のほうがいい暮らししてるな、イケメンでお金もちで高学歴の彼氏がいいな、僕もそういう才能が欲しかったな、もっとよく思われたいな。

そういう比べることが僕が幸せだと感じていた時間を途切れるように感じさせます。

人と比べることをしなければ、小さなしあわせに気付き、感謝できればそれは続いていくのです。

風邪を引くでそれは実感できると思いませんか?

風邪を引くと体が怠くなり、咳や頭痛にうなされて眠るのもつらいです。しかも治ったあとも体は怠いまま。
そんなとき、僕は健康な状態って幸せなんだ。と気付きます。

そうして日々の暮らしができていることにも感謝すると幸せだなって思うんですよね。

今置かれている場所が幸せ

流れに逆らうように生きるのではなく今流れている時代に身を任せて幸せを感じることが人生の幸せに生きる課題であると感じます。

朝起きて、朝ごはんを食べられることも。
朝ジムに行って運動できることも。
好きな音楽を聞けることも、散歩ができることも。
駅のトイレがきれいに使えることも。

日々”普通”だったことを振り返ってみると幸せって溢れてるなって思うんです。
贅沢をしなくても毎日生きてるだけで贅沢を味わえる。味わおうとして生きいないから、比べてしまうから自分は幸せじゃないと思いこんでしまう。

今置かれてる場所も振り返ってみれば幸せなんです。

中古本屋で買った小説を読むだけでも幸せな気分を味わえるし、近くの公園や行ったことない場所を歩くだけでも幸せです。お金もかからない。

ゲイであるがゆえに同じセクシャリティを理由にたくさんの知り合いや友達と繋がれた。
僕はいつも今を幸せだなって思います。

毎日死がどんどん近付いてくるのに、今日も今散歩できてるんだなあと思うとじんわり幸せになります。
生きてることの当たり前に甘えてるとろくなことはありません。
人は生きているというより毎日死に近付いてるので、今も1秒1秒死に近付いているなら今この瞬間も幸せだって思えますよね。

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