夜が明ける|西加奈子
"あらゆる人間に選択肢があることを疑わなかった。” (本文より)
あらすじ
”俺”と深沢暁は学生時代に出会い、友人となった。きっかけはフィンランドの俳優アキ・マケライネンに深沢暁が似ていた事、そして貧困だった。
俺は「助けを求める側」には行きたくない。そう思いながら、学生時代は奨学金制度を利用し、勉強に励みながらアルバイトをする日々。アキは「助けの求め方」がわからないまま、劇団員として雑用をするようになる。
俺は社会人になってからも、過重労働や奨学金の返済で身も心もボロボロになっていく。アキは劇団も離れることになり、極度の貧困の中で必死に食つなぐこととなる。二人は社会の中で「助けを求める側」にいたものの「負けてはいけない」という思いから、助けを借りることなく、必死に生活していた。しかし、二人に限界が訪れる。俺は体調を崩し、入院。テレビ制作の仕事を失う事となる。アキも家を追われる事となり、ホームレスとして街をふらつくこととなる。
そんな中"俺”の後輩、森の訪問により転機が訪れる。森は俺に対してこう告げる。「仕事って勝ち負けの世界なんですか?ー何と戦ってるの?」「先輩には、先輩のために、声を上げてほしいんです。」「先輩が私のことを嫌いなのは、私が先に声を上げたからじゃないですか?」そして、森から受け取った手紙にはアキが亡くなった事が示されていた。ここで俺はやっと助けを求める決意をする。
どれだけ社会の闇が深くとも、つらい日々があろうとも、俺には困ったときに助けを求める権利がある。暗闇の中にも希望の光は見いだせる。どんなに暗くても、夜は明ける。
所感
厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、相対貧困率は15.7%である。これは日本の貧困率がG7各国の中でもワースト2位(米国1位)と深刻な状況にある事は間違いない。しかしながら、そうした現実を実感できない日本人が大半であることも確かである。その背景には現代の閉塞感漂うこの空気感にある。
貧困である事を悟られないように生活する「隠れ貧困」と呼ばれる人たちがいる。その人たちは生活保護や奨学金などの制度を利用している事を隠す傾向にある。その理由は「他人からの誹謗中傷を恐れている」からだ。実際、テレビ番組やSNSで生活保護受給者への誹謗中傷があることは事実だ。なぜ、誹謗中傷が絶えないかというと「生活保護を受給しているのに贅沢は許されない」とか「俺たちはこんなに頑張っているのに楽している」といった苦労マウントを取る人たちがいるからだ。
助けを求めている人に対して取るべき対応は苦労マウントを取ることではなく、何かしらの救いの手を差し伸べることではないだろうか?そして本書は現代の閉塞感を見事に表現し、助けを求める事こそ選択肢の一つであると見出している。考えさせられる本であり、決して読むのが楽な本ではない。しかし、現代こそ読まなければと思わされる本であった。