歴史時代小説を書くために 其の二(その時代らしい表現)
こんにちは。歴史時代小説を書くために学習している者です。
前回の続きです。
すでに歴史モノを執筆されている方にとっては、釈迦に説法、そんなこと常識として知ってますけど今さらなにか?と思われるでしょうが、原稿執筆のモチベーションとなる創作メモのような位置付けで書いていますので、御容赦ください。
さて、歴史時代小説を書くにあたっては、風景や人物、物、行動の描写やセリフなどを、設定した時代に適合した表現にするのが基本です。(例外はありますが、かなりアイデアと技術が要ります)
ただし、完全にその時代の言葉・表現方法にする必要はありません。完璧にその時代の言葉で書くと、ほとんどの読者は読んでくれませんから。(源氏物語や徒然草には現代語訳が必要なように。さらに言えば、渡来宣教師の記録によると「官兵衛」が「くわんひょうえ」と発音されていたそうで、その時代の会話も現代とはかなり違ったものだったようです)
ですので、要は「その時代っぽい表現」で物語る必要がある、ということになります。
「その時代っぽい表現」は振り幅が大きく、どこまで古文風にするか、迷うところです。歴史時代小説を書く作家さんは、それぞれの手法でその問題を処理し、素晴らしい作品をものしていらっしゃいます。(例えば北方謙三さんは、割り切ってかなり現代語に近いセリフを採用していながら、時代の空気感を見事に出していると思います)
やはり歴史を素材にしていても、あくまでも小説でありエンタメであるので、読みやすさは必須の条件になります。それゆえ、過度に古風な言い回しや古文のなかでしか見かけないような用語は避けた方がよさそうです。
ただし、なんとなく想像がつきそうな単語や時代の雰囲気が出るような言い回しは、適宜使ってもよいのではないかと考えます。
一例として、拙作の冒頭十枚をお示しします。お恥ずかしい限りですが、その時代っぽい表現としては、こんなところでいいのかなと考えています。(長編の冒頭400字詰ニ十枚分です。ちなみに、時代は室町後期です)
一 山吹
その甘い匂いに気づいたのは、握り飯の最後のひとかけを飲み下したときだった。
……杏(あんず)でもあるのか?
鈴なりに実をつけた杏の木の下に、熟し切って落ちた杏の実が散らばっている光景が、少年の心に浮かんだ。
急に空腹がつのり、どうしても中食(ちゅうじき)を摂りたくなってこの場に腰をおろしたのだが、始めはこの匂いにまったく気づかなかった。
「つる様、いかがなされましたかな?」
背後から声がかかった。
「いいかげん、その呼び名はやめよ」つる様、と呼ばれたその少年は、半ば溜息まじりの声音で答え、首をうしろに振り向けた。「元服を済ませて何日経っていると思っているのだ。 ちゃんと父上から賜った名で呼べ。わしは、太田源六郎資長(すけなが)〔のちの道灌〕じゃぞ、蜘蛛伊」
大人びている。
物言いが、である。
永享四年〔一四三二年〕、子(ね)年の生まれだから、十五になる。頬の辺りにまだ幼さを残しているものの、すっと通った鼻梁と堅く引き結んだ口元が、鶴千代(つる)様と呼ばれて可愛がられていた童が早くも一人前の若武者になりつつあることを示していた。
「これやたいへん御無礼つかまつった。なにしろこのところとみに耄碌が進みおりましてな。お赦しくだされ、……源六郎様」
そう言って、にいっと笑った老人の顔は、滅多にない異相であった。
小柄だが、瘤の如く盛り上がった両肩の間に、武骨な猪首に載ったげんこつのような頭が突き出ている。貧弱な白い髷(まげ)の下のその顔には、左の下顎から右の眦(まなじり)まで斜めに走る縫い目があり、右の半顔には褐色(かちいろ)の犬皮が当てられている。聞くところでは、若いころ合戦で顔の半分を削ぎ取られ、逃げ込んだ山中で自ら手当をしてこうなったという。犬面の蜘蛛伊、と名乗るこの老人は、太田家に仕える所従〔武士仕えの下人〕であったが、当主備中守資清(すけきよ)に気に入られ、長子鶴千代丸が三つのころから傅役(もりやく)を仰せつかっているのだった。
「匂いに気がつかれましたかな? ……さすが源六郎様じゃ」
蜘蛛伊が膝に手を当て、大儀そうに立ち上がった。
「じゃが、いくら好物とはいえ、中食のあとに水菓子なぞ喰ろうておる暇(いとま)はございませぬ。急がねば、海禅寺に着く前に陽が落ちてしまいますぞ」
辺りは、晩春の陽ざしが降り注ぐのどかな武蔵野の野辺である。このところ二、三日、夏を先どりしたような蒸し暑い日が続いている。この若い主人と異相の従者のほかに、人影は一人として見えない。
主従は、下野国(しもつけのくに)足利荘から鎌倉の太田館(やかた)に戻る帰路にあった。足利には、資長が昨年まで世話になっていた足利学校の能化(のうげ)〔校長〕である快元に、元服の報告を兼ねて機嫌伺いに行ってきたのである。
腰を上げた蜘蛛伊は、すぐに道端のコナラの木に繋いであった駒の馬具を整え始めた。
……そうだ。休んでなどおられぬな。
出立を急ぐ蜘蛛伊を見て、資長は勢いよくしゃんと立ち上がった。
と。その瞬間のことである。
妙な違和感が心中で閃いた。
……違う。これは杏や桃などではない。
立ち上がったことで、より深く空気を吸え、先刻とは違う匂いを感じることができた。熟し切って地べたに落ち、半分腐った杏の実とは、明らかに別のものだ。
麝香に似た、獣じみた何か。それ以上に、何やら禍々しい、何やら得体の知れないモノへの興味が、急激に湧き上がってきた。
資長は見えない網に絡めとられるようにそれに惹かれた。
「しばし待ってくれ、蜘蛛伊。すぐに済む」
言いながら資長は、匂いを発していると思われる方へ、すでに一歩を踏み出していた。分からないこと、妙だと感じたことは、とことん調べ確かめて自らの知識とし、我が身の素養とする。どうしても、そうしないではいられない。元来、そういう性分なのである。
街道から五間ほど離れた薮の小山まで、速足で駆けた。
腐臭が強くなった。
こんもり盛り上がった山つつじの茂みの裏側に回り込むと、二間四方ほどの浅い窪地になっており、その底の叢(くさむら)のなかに、それが横たわっていた。
蠅がわんわんたかっている。
やはり骸(むくろ)であった。
獣ではない。人の遺骸である。
吹き出た血潮が乾いて一面錆色に染まった草の上に、動かぬ体が仰向けに倒れている。糸か紙を扱う伊勢連雀(行商人)のような恰好をした男だった。
胸と首に赤黒く開いた傷がある。胸に刺突を一撃受け、とどめに喉首を半分、打刀(うちがたな)でざくりと裂かれたらしい。
奇妙なことに、屍の周りが、花で埋められていた。鮮やかな黄色の山吹だ。それも半端な量ではない。どこかから折り取ってきた大量の山吹の花が、遺骸をきれいに取り囲む形で積まれているのだ。
亡くなった者への手向けであることは疑いなかった。
だが、誰が一体こんなことを、と考えたとき、横から蜘蛛伊の声がした。
「さても源六郎様……ものごとに敏いのはたいへん結構なことですが」溜息でもつきそうな疲れた声色であった。「何事にも首を突っ込まれるのは、悪い癖でございまするぞ」
そう言って蜘蛛伊は、山吹の横を通って遺骸の向こう側に回り込んだ。見ると、手前側に泥と野草で半ば隠れていたが、そこには人ひとり入れるほどの穴が掘られている。蜘蛛伊は、そのまま足を止めずに膝を高く上げて山つつじの茂みに分け入ると、葉むらの中に腕を突っ込んで何か小さな物を拾い上げてから、腰を伸ばした。
「蜘蛛伊、このこと、知っておったのか?」
「いやいや、この蜘蛛伊とて、千里眼ではございませぬ」
拾ったものを懐(ふところ)に入れる。
「ただ、何日か捨て置かれて蛆の湧いた骸の匂いは、今まで数多(あまた)のいくさで嫌というほど嗅いできてござる。概ね、このようなことであろうと推し量っただけでござりまするよ」
「これをどう見る? 見立てを聞かせよ」
「それは、それがしの当て推量よりも、直接立会人に訊ねるが早いでありましょう。……これ、わっぱ。出ておじゃれ!」
蜘蛛伊はおもむろに下を向き、穴に向かって呼びかけた。
「安心せよ。わしらは盗人ではない。恐がらずともよい」屈みこみ、膝に掌をつき、ついには穴の淵に胡坐をかいて座り込んだ。
「わっぱよ。あの供え花はぬしが飾ったのであろう? この穴も、ぬしが掘ったのであろう? 一人でたいへんであったな。うい奴じゃ。弔いを挙げたいのであろうが。ぬしさえよければ手助けしてやってもよいぞ。 ここにおわすお方は誰あろう、鎌倉五山で開闢以来の俊才と謳われた太田源六郎さまじゃ。ありがたいお経の一つも挙げてやらんでもない。どうじゃ、蓑のわっぱよ」
穴の中で、何かがごそりと動いた。蜘蛛伊の最後の言葉が効いたらしい。
ゆっくりと穴の縁に持ち上がって来たのは、古びた蓑であった。連雀が被る大きな蓑で、もう捨てても良いくらいに使い込まれたものだ。
その蓑の下に、じいっと資長を見つめる眼があった。
「……おぼうさま……おきょう……」
「そうじゃ。ありがたーいお経じゃ。それ、出てこんかい。顔をみせよ」
蜘蛛伊のだみ声に促され、蓑の下から二つの小さな手が生えてきた。そのてのひらで穴の縁の野草をつかむと、春先に目覚めた蛙が落ち葉の下から這い出てくるように、そろりそろりと蓑を被った子供が穴から現れた。
蓑を頭から外した。
七つか八つほどの年頃の子であった。
怯えた様子で、顔も手も足も着物も、全身泥まみれである。真っ黒に汚れた小づくりな顔の中で、資長を凝視する大きな黒目だけが清げに輝いている。崩れた髪をうしろで結い、泥と汗で汚れきった女物の小袖を身に着けていた。
「ほ。女童(めわらべ)であったか」蜘蛛伊は、にっと笑むと先刻よりも心持ち優しげな声で続けた。「たいへんであったな。その細腕では、穴掘りも容易でなかったであろう。……このほとけは、ぬしのてて親か?」
蓑の娘は蜘蛛伊の方を向き、こくんと頷いた。眉が、泣きそうに歪んだ。
「それは気の毒なことじゃった。誰にやられた? ぬしは見ておったのか?」
「見てへん……でも、あいつら帰るとこ、見た」
「どんな奴ばらじゃ?」
「……のぶせり」
「何人じゃった? 二、三人か? 大勢おったか?」
「……四ったり」
「今、見てないと言ったが」資長も重ねて訊いた。「そなたは野伏が来たとき、その場にいなかったのか?」
「とと様があてをかくした……道の向こうがしの藪ンなか」
「何故そなたを隠したのだ。とと様は何か言うていたか?」
「おっかないのぶせりが来るから、ここに隠れてろって……」
「そうか。それで、そなたはどうしたのだ?」
「おっきな声が聞こえたから、恐なって出てみたら、のぶせりが道を走って逃げてった」
蜘蛛伊が立ち上がり、資長のそばに戻ってきて言った。
「この商人(あきゅうど)は、だいぶん勘の鋭いご仁だったようでございますな」
「狙われておるのに薄々勘づいたんだろう。それで、いよいよ来るという瀬戸際で、間一髪娘だけを隠せたというところか」
「さようさ。目をつけられたのは岩付の市辺りでございましょうや。市で目立つほど売れ行きが良かったか、はたまた何か格別のお宝でも持ち歩いておったか。……このほとけ、着衣の結び目が妙な上、持ち運んでいたであろう千朶櫃(せんだびつ)も見当りませぬ。昨今よくある物盗りでありましょう。実に、世間には野の草の如くよくあることでござります」
資長は、少々苦々しいものを感じながら言った。
「よくある、のか? こういうことが」
「さようさ。当節、世は乱れておりまする。京の公方様が赤松めに弑され奉られて以来、話に聴く畿内辺りの小競り合いだけではない。そういった争い、諍いの流行(はやり)は、遠くこの東国にも拡がっておりまする。武家同士の争いだけではありませぬぞ。凡下の土民、細民、あぶれ者はいうに及ばず、百姓、工人、寺衆や神人(じにん)にいたるまで、悪だくみする悪党がそこら中にうじゃうじゃ増えておりまする。まっこと末法の世とはこんなものであるか、と嘆きたくもなりますわい」
それだけ言うと蜘蛛伊は、体の向きを換えて、二人が元来た方へ、資長の馬が繋がれている街道の方へ導くように脇に退き、軽く頭を下げた。
「これで疑問が氷解いたしましたな。この骸と娘のことは、このさきはじめに出会うた百姓にでも伝えておけばよろしかろう。あとはこの地の郡司の仕事じゃ。では源六郎様、すぐに出立いたしましょう。道を急がねば。明後日の武芸御試会(おためしえ)の主宰は源六郎様でございます。遅れは許されませぬぞ」
反射的に、資長は泥まみれの娘をかえりみた。
娘は、いつの間にか膝を揃えて這いつくばり、草地に手をついて目を潤ませていた。
「おぼうさま……おきょうを……おきょうをあげて」
震える声で、そう懇願された。
「すまぬ。わしは念仏の沙門ではないのだ。禅寺で学んだので経の文句は唱えられるが、みほとけは往生させられぬ。許してたもれ」
「おぼうさま……おきょうを……おねがいととさまを……ごくらくじょうどに……おねがいどうか」
娘が額を地面の草に擦りつける。
資長は、その娘から目を離せなかった。
この幼い体で、あれほどたくさんの山吹を集め運んだのだ。このか細い腕で、あの穴を掘ったのだ。何日もかけ、おそらくは何も食さず、父の供養をするために一人黙して働いたのだ。
資長の心の裡で、何かがちりちりと痛んだ。
憐憫ではなかった。それよりも、人の行いに対する尊崇の念に近いものであった。
資長には、この地の郡司が追剥にあった行商人の亡骸をどう扱うか分からなかったが、丁寧な供養をして貰えるようなことはまずあるまいと思われた。
「蜘蛛伊……」
資長は、長年の従者であり、友であり、師でもある異相の男に向き合った。
「この娘、このまま捨て置けぬ」
言われた蜘蛛伊は、ゆっくりと二つ呼吸をする間厳しい眼差しで資長を睨んでいたが、やがてこれ以上ないというほど嬉しそうに破顔した。
「まったく。さすがつる様じゃ。ああ、申し訳ございませぬ。つい」まだ目を細めながらも、背筋を伸ばして姿勢を正した。「それでは……さて、いかがいたしましょうや」
「弔いといえば寺であろう。この近くなら、荒川っぺりの芳来寺がある。せんにお前と一緒に泊めてもろうたことがあったではないか。寄り道になるが、あそこではどうか?」
「芳来寺の和尚は源六郎様をたいそうお気にいられておいででしたからな。源六郎様がお頼みになれば、立派な弔いを施してくれるでござりましょう」
「しかし、あそこまで三里はある。骸を運ぶ戸板と人足が要るな」
「いや、それならば心配御無用」
言うと、腰帯にぶら下げた旅道具入れから、編んだ革紐と細綱を繋いだ背負子紐を取り出した。
「この骸は、それがしが担いでまいります。なんに。いくさの折には、これより大きな骸を十里も運んだことがありますでな。まだ手足がもげるほどの腐れようでもない。造作もございませぬよ。……その娘は、源六郎様の鞍の前にでも乗せてやってくだされ」
相好を崩したまま、蜘蛛伊は亡骸の横で跪くと、一度合掌してから、ほとけの後頭部を支えて丁重に上体を引き起こした。
蓑の娘は、呆けたように蜘蛛伊の支度を見ていた。
「寺に連れて行ってやる」資長は娘に近づき、身を屈めて声をかけた。「そこで、立派なお坊様に弔ってもらおう。そなたの弔い支度が無駄になってしまって悪いが、ここに埋めるよりもその方がよかろう?」
娘は、涙を溜めたままの目を大きく見開いた。
「……ほんま? ええのん? おおきに……」もう一度、額を地に擦り付けた。「おおきに。おおきに。ありあとさんどす」
「礼は無用じゃ。さ。顔を上げろ。すぐに出立するぞ」
三人は蜘蛛伊の身支度が済むと、馬を繋いである街道に戻った。大きな蓑を抱えて行こうとする娘に資長が、それも持ってゆくか、と問うと、ととさまがこれだけは捨ててはならんとおっしゃった、との返答であった。
鎌倉街道中道(なかつみち)に出ると、視界が開けた。
陽が強い。緑が濃い。
武蔵野の春は深く、萌え咲くときを待ち詫びる新緑の息吹が、そこいらじゅうに満ちていた。
「源六郎様。それがしは、ほとけの首がもげぬよう、ゆるりと歩きますので、構わず先に行ってくだされや」
資長は蓑を鞍の後ろに結わえつけてから、娘の脇の下に手を差し入れて持ち上げ、鞍の前部に乗せてやった。
「そういえば、まだ名を聞いておらなんだ。そなた、名はなんと申すのだ?」
「……ふき」
「ふき?」手綱を握る。「なるほど、山吹のふきか。そいつはなんだか洒落ているな」
がちりと、鐙(あぶみ)に左足を掛けた。
「では、出立だ。参ろうか」
そう言うと、資長は勢いよく、ひと息に鞍にまたがった。
(ニ 諸流武芸御試会(おためしえ)に続く)
以上、室町期の東国・鎌倉・京を舞台とした物語の冒頭でした。自分としては、できるだけ時代の空気感が漂うように書いているつもりなのですが、、、あんまり自信はありません。
ではまた、其の三に続きます。