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トイ・ストーリー

 子どもたちが、長い廊下をステージに見立ててバトルビーダマンを闘わせている。ビーダマンの脚部と発射されるビー玉は容赦なく築浅の一軒家のフローリングに傷をつけた。
 少年たちの騒ぐ声は階下の老人の遠い耳にも煩わしく響いている。
 ついに我慢ならなくなった老人はリビングに行き、子どもの親、つまり老人にとっては義理の子である大人に苦情を入れる。
 子に寛容な親だが、義理の親にはさからえず、階段をいつもより大きな足音で上がっていく。子どもたちにはそれが危険の予兆と知覚され、ほんの少しだけビーダマンを床にこすりつける動作が控えめになった。しかし、その程度の配慮は功を奏さない。
「騒ぐなら外で遊んできなさい」
 長々と叱りの演説をせず、短いひとことで子どもたちを送り出すのは、親の心遣いの現れだ。遊ぶことに全力を傾けられる時間はいずれ得たくても得られなくなる貴重なものだ。それを奪ってしまうことは、もう遊ぶ時間の手に入らぬ親からしてみれば大変な罪に思われた。
 子どもたちは、少し時間をつぶしてほとぼりの冷めた頃に戻ってくるつもりで、サッカーボールひとつだけを携えて外に駆けていった。
 子どもたちの荷物と散乱したおもちゃを残し、人の気配の失せた子ども部屋。ウィーン、と最初に音をたてたのはプレステだ。遅れて、プレステ2も起動する。
「なんで私の方が最新だというのにお前ばかり遊ばれるんだ」
「そっちにはワンピースのゲームがないからな。次のお年玉まで我慢することだ」
「ふん、お年玉がくればお前さんはついに粗大ゴミに成り果てるわけか」
「バカだなあ。子どもたちは結局定期的に伝統あるハードに帰ってきて熱中するもんなんだよ」
 新旧プレステによるケンカは、いつも他のおもちゃたちを苛立たせる。ウルトラマンタロウ――正確には上半身がウルトラマンタロウで下半身がレッドキングのキメラ・ソフビ人形である。いまだにソフビ人形でごっこ遊びに興じていることが同級生に知られることをおそれる持ち主によって普段は引き出しの奥にしまわれている――が2本のプラグを引っこ抜く。すると両プレステは死んだように動きを止めるのだ。
「やっと監獄から出所かい? 相変わらず不細工な野郎だ」
 調子のいい冷やかしを浴びせるのは、常に子どもたちの遊びの中で一軍に居座ってきたボルシャックドラゴン。6マナのドラゴンは、床に転がったままのビーダマンに対しても嘲笑を差し向ける。2つのものを同時にからかうのは、ダブルブレイカー故の特技であった。
 短気なビーダマン、コバルトセイバーは胸のホールドを全力で締めた上でドライブ弾を発射する。ドライブ弾は、プラスチックでできた表面にゴムのベルトが撒かれた特殊なビー玉だ。ゴムの摩擦で進行するビー玉のドライブの順方向の回転を増強するため、スピードと攻撃に優れている。しかも、発射時に一度ボディを後ろに下げ、発射と共に急速に前進させる「ブーストマグナム」と呼ばれる技によりその勢いはさらに増す。
 火の玉のごときドライブ弾がボルシャックドラゴンのすんでのところを擦っていく。
「おい、危ないじゃないか!」
「たかが紙切れが舐めた口きくのが悪いのさ。買い取り価格を下げられたくなけりゃ身の程をわきまえるんだな」
「はん、俺はあいつの相棒だぞ? カードショップなんかにゃ縁はないね」
 おもちゃたちのやりとりは殺伐としていたが、そんな気配でも羨ましそうにうかがう物影が押し入れにあった。もうずいぶん長く遊ばれていないベイブレードたちだ。ビットチップが外れていて自分が何者なのかもわからなくなっている。

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