1杯目 サムのこと
代々マスターの趣味に彩られた町外れの変わった喫茶店。小説と珈琲好きのマスターがここを訪れる読書家達をこだわりの珈琲でもてなす。さて、今日も1冊の小説を抱えたお客様がやって来ました。今日はどんな小説に出会えるのでしょうか。
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からん、からん……
いらっしゃい。お好きな席へどうぞ。
今日はどんな小説を?
「今日は『サムのこと』を。」
短編集ですか。いいですね、ごゆっくり。
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いかがでした?
「人って本当に死ぬんですかね。」
人は誰しもいつか死ぬものです。たしか、サムが死ぬところから物語が始まりましたね。
「そうです。サムの通夜をきっかけに過去を顧みるんです。」
そしてまた日常に戻る、と。
「はい。僕はハスだな、と思いました。」
ハス、ですか。
「僕はこの六人の中ではハスと似ています。」
と、いうと?
「出来れば人と関わりたくないし、出来れば一人で生きていきたい。」
しかし、それが難しいのが人間です。
「ハスにはキムが居ました。」
それはキムも同じでしょう。在日朝鮮人で味方が少なかったであろうキムにはハスが居ました。
「他にも、スミが居てアリが居てモモが居る。何よりその5人の真ん中にはサムが居ました。」
そのサムが居なくなった。
「プロレスはそんなに好きじゃないサムでしたけどね。」
どうなったと思いますか?彼らの日常は。
「変わらないんじゃないですか。」
どうして?
「みんな何か周りと違うこと、コンプレックスを抱えています。それは誰もがそうです。『違い』は必ずあります。彼らが極端なだけであって。」
それが人間でしょうね。
「彼らはその、なんていうか、悪く言えば『嫌悪されるもの』みたいなのを受け入れてくれる仲間に出会えました。」
それは幸せで素敵なことです。
「その仲間を繋いでくれたのは紛れもなくサムでした。それでもそのサムが居なくなったからと言ってその仲間が離れることはないと思います。」
なるほど。だから『明日皆で、フリスビーでもしませんか』と?
「その『皆』にサムはいるんですかね?」
さぁ、どうでしょうか。
「サムはなんだか、実際に会ったら苦手な性格です。でも、仲間にこんな奴が一人いれば何か安心します。」
サムい、のサムですもんね。
「誰でも彼らの誰かと同じで、でもどこか違って。『違い』と『差』を教えてくれたような気がします。」
感情移入がしやすい、ということですか。
「はい。何よりこれを読み終えた僕は似ているハスよろしく珍しくメールを打つでもなし、キムのようにハスとビデオを借りに行くでもない。スミのように好きなレコードを聞きに帰るでもモモのようにどこかに飲みに行くでもアリのようにモモのために献立を考えるでもない。」
そうですね。あなたとは『違い』ますからね。
「ただ同じなのは僕だけの何も変わらない横たわる日常に戻っていくことです。」
なるほど。
「そしていつか、自分にとってのサムが死んじゃう時が来るんでしょうね。」
かもしれません。
「なんだか、『死』っていうよりも『生』について考えちゃいますね。」
そうですか。
「あ、コーヒー美味しかったです。また来ます。」
えぇ、ぜひ。
「続きはまたいつか。」
はい。お待ちしています。
からん、からん……
<続>