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【しらなみのかげ】鋼鉄の嵐の起こる前で−世界の「19世紀化」について #24

全ては蛮行により塗り替えられた−この日より、世界秩序の全てが変わった。

 

2月24日、ロシアは突如、ウクライナに侵攻した。

ロシアが、ウクライナ東部にある親露派分離独立派のドネツク人民共和国ならびにルガンスク人民共和国の独立を21日に「承認」してから間も無い出来事であった。

 

両共和国共に、2014年にロシアがクリミアを一方的に併合した折に、ドンバス地方の武装勢力が一方的に独立を宣言したものである。東部の紛争は2015年のミンスク合意により、武力による正面衝突は回避されることになったが、依然として燻りは全く消えることはなかった。その後、2019年に大統領に就任した親欧米派のゼレンスキーが東部の情勢を慮ってNATO加盟を模索し始めることにより、ロシアとの対立は再び激化していった。

 

今年になって目立った動きが続いていた。

ウクライナ国境に急速に集結する露軍。ウクライナ東部隣接地域のみならずウクライナの北にあるベラルーシにも駐留する彼等は、いよいよ19万人に達し、ミサイル発射訓練まで行った。それは、平和の祭典であるはずの北京冬季五輪の最中であっても、変わることはなかった。この明確な挑発行為に、アメリカをはじめとした旧西側主要国の非難は強まり、ポーランドやバルト三国などの近隣諸国の警戒は頂点に達した。そう、ロシアにとって最大の実質的同盟国であり、今にも台湾に兵を進めんとして機を窺う中国を外して。

 

極め付けは、ロシアによる21日のドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の国家承認である。同日、露のプーチン大統領は「平和維持」を名目として露軍を同地域に派遣するよう指示した。彼等は堂々とミンスク合意を「無効」であるとして裏切ったのである。

 

事態は極まった。グテーレス国連事務総長は21日、露国によるドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の国家承認をウクライナの領土と主権の侵害と見做し、国連憲章の原則と矛盾するとして強く批判する。国連が事務総長名義で安保理常任理事国を批判する異例の事態である。国連安保理も又、同日の緊急会合で、露国を明確な国際法違反であるとして強烈に非難した。アメリカは翌22日、ロシアによる両共和国の国家承認及び「平和維持」を名目とした派兵を「ロシアによるウクライナ侵攻の始まり」と呼び、金融・経済制裁を発動した。米の国務省と国防総省は最初から、露による計画的なウクライナ侵攻があると予測していたようであった。

 

他のNATO諸国がウクライナに武器を送る中でヘルメットのみを送るなど、今まで及び腰であったドイツもいよいよ、天然ガス輸送パイプライン「ノルドストリーム2」の認可作業を停止した。

 

しかしながら、国際社会によるこれだけの非難と制裁にも拘らず、結果は米国の予想通りとなったのである。

24日、プーチン大統領はドンバス地方での「特別軍事作戦」を発令。「ウクライナ政府はナチ化している」「東部で大量虐殺が起こっている」「NATOは東方不拡大の約束を破って我々を騙した」などと殆ど意味不明の主張を展開し、ウクライナのNATO加盟中止とウクライナの「非軍事化」を唱えてのことだった。その表明に合わせるかのように、ウクライナの首都キーウ(キエフ)やハルキウ(ハリコフ)で爆発音が発生した。それに呼応して戒厳令が敷かれたウクライナはロシアとの国交を断絶、同国ゼレンスキー大統領は国民に抗戦を呼び掛け、武器提供を始めた。

 

間も無く、露軍による全面侵攻が始まった。東部のみならず、北部からも露軍はウクライナに侵攻する。北部ではチョルノーブィリ原発(チェルノブイリ)を制圧、更にキーウに迫った。ロシア各地では侵略戦争に対して大規模な反戦デモが勃発するも、官憲により次々と拘束される。

 

 

斯くして事態は、主権国家間の全面戦争となった−然もあろうことに、安保理常任理事国であるロシアが他ならぬ侵略国家となった。

 

 

当初は露軍の破竹の進撃かと思われたものの、ウクライナ軍の善戦によって彼等は作戦を上手く展開出来ないでいる状況となった。27日には遂に、米欧を中心に、米英仏独伊加とEWの連名により、国際決済システム「SWIFT」から露の複数の銀行を排除することが決定した。此処に、国際経済の決定的分離がなされたのである。

 

今や、国連中心の国際協調は最早無力そのものとなった。対露強硬に於いて中心となる米英仏と、それに乗り遅れつつも同意する独。日本も彼等と共に歩む。対して、明確に露側に就く中国。露の侵略行為を非難することなく、27日の国連総会緊急特別会合のウクライナ侵攻非難決議に於いても中国は勿論、UAEと共に棄権したインド。重要性を増しているのは、大国間の集団安全保障体制と経済提携である。

 

各国は既に、この国際体制の根本的変化を見通している。

軍備を縮小し続けていたドイツは国費の2%にまで及ぶ国防費の大規模な増額を即時決定し、スウェーデンは中立国の原則を破ってウクライナに武器供与を行い、永世中立国のスイスですらロシアの資産を凍結する方向性を模索し始めた。この記事を執筆している最中にフィンランドも、ウクライナへの武器供与を決定した。フィンランドは、NATO加盟に加盟すれば「深刻な軍事的政治的影響がある」とロシアに恫喝されていた矢先であった。

 

 

今、世界は大国の同盟を中心として、新しい冷戦どころか、軍事的経済的なパワーポリティクスを背景としたブロック化へと明確に、そして着実に向かっているのである。

これは言うまでもなく、冷戦後の世界秩序の根本的な崩壊である。民主政治と市場経済が世界史の最終形態であるという「歴史の終わり」は、ここに終わった。否、正確に言えば、これは二度目であろう。一度目はタリバンによる昨年のアフガニスタン制圧によって、その終わりは既に告げられていたのだから。

 

昨年のアフガンに於けるアメリカの全面撤退とタリバンの勝利は文字通り、恐らく19世紀以後初めての、近代主義の決定的敗北であった。部族主義と宗教原理主義の勝利という、あの衝撃的な出来事に比すれば、近代史のどの戦争であっても、近代主義の分派の中での抗争に過ぎなかったとすら言える。そしてロシアによるウクライナ侵攻は、近代的主権国家間に於ける「歴史の終わり」に他ならない「国際協調主義」の崩壊であると言い得るであろう。

 

 

ここに至っては、第三次世界大戦の現実的な可能性が懸念されて然るべきであろう。若しもNATO軍がウクライナへの派兵を行なったならば、それは即座に現実のものとなっていたであろう。或いは、ウクライナで交戦が打ち続く儘、今後、台湾海峡に於いて人民解放軍が台湾侵攻を開始するのであれば、それは全世界規模で現実のものとなるであろう。ロシアの侵略行為に対する中国の態度留保と米欧の制裁に抗する如き対露支援は、その不穏さをいや増しているではないか。東欧の危機は、ウクライナだけに留まらないだろう。例えウクライナでの戦争に於いて講和が成されたとしても、それで全てが平和になる様なことは恐らく有り得ない。バルト三国やポーランド、それにスウェーデンやフィンランドは強くそのことを認識しつつ、行動しているではないか。このことは必ずや、重大な禍根を残す。何れにせよ、この一大事が齎す結果は、計り知れないだろう。

 

 

何となれば、この「歴史の終わり」の終わりは、世界認識そのものの複線化を含意している様に思われるからであり、ウクライナ侵攻はそのことを決定的に運命付けた様に思われるからである。この度の戦争は、アメリカのアフガン撤退と同様に、必然的に世界史的意義を持たざるを得ないものなのである。

一言で言うならば、世界は今「19世紀化」しつつある。昨今の世界情勢については「新冷戦」という言葉で形容されることも多いが、以下に述べる様な情勢を鑑みた時、私は「19世紀化」の方が正しいと考えている。

 

 

ロシアは此の度のウクライナ侵攻を以て、新たな大ロシア主義とでも言うべき帝国主義的な方向性へと明確に舵を切ったと言える。この事実は、同国の思想家アレクサンドル・ドゥーギンが提唱する「新ユーラシア主義」を彷彿とさせる。プーチンの取る道は、彼が説く如く、シーパワーに基づく「大西洋主義」のNATOを排し、「ヨーロッパでもアジアでもない」ロシアがランドパワーに基づく地政学的な覇権主義を確立すべきであるという構想をなぞっている様だ。ともあれ、これまで欧州の近隣諸国から懸念されていたことを、プーチンはスターリンやヒトラーを見習うかの様に全て現実化させつつあるのは確かである。

 

そこに随伴するのは、内には漢民族を主、少数民族を従とする中華民族主義と、外には「一帯一路」に代表される天下主義に邁進する中国である。彼等は、内には内モンゴルやチベットに於いて強制的同化を行い、ウイグルに於いてはジェノサイドにまで手を染め、香港を強制的に併呑した。そして外には、人工島を次々と打ち立てて南沙諸島を占領せんとし、海上戦力で以て日本の尖閣諸島を付け狙い、宿敵である「中華民国」台湾への軍事侵攻の好機を虎視眈眈と狙っている。

 

「天下」の標榜宜しく、彼等の野望は近隣地域に止まらない。

アジアやアフリカの諸国に大規模な開発援助を行っては、法外な債務を積み重ねさせ、「借金漬け外交」を行なっているではないか。南太平洋の島嶼国にも、キリバスとソロモン諸島に台湾と断交させて自分達と国交を結ばせる等し、拠点を建設して影響力を拡大させている。軍事的にも経済的にも、その膨張主義は止まる所を知らない。

 

 

上記の如き中露の世界戦略は、拡大版の民族主義が歴史的な帝国主義と結合したものだと言えるだろう。これに対し、アメリカと欧州諸国はNOを突き付けている。

アメリカはつい最近までは、(最早「嘗て」と付けるべきであろう)グローバル資本主義と「自由と民主主義」の「帝国」であった。英仏等の旧帝国と幾多もの民族主義運動に由来する国家から成るヨーロッパ諸国は、二度の世界大戦と冷戦の後、伝統的な主権国家体制とEUを無理矢理にでも何とか併存させてきた。混迷に混迷を重ねる彼等の道行きも、露軍のウクライナ侵攻によって一気に定まったかに見える。中露に経済的に依存を深めていたドイツ、そしてその後塵を拝する様に見えたイタリアですら、ロシアの蛮行を見て、明確に「旧西側」とでも形容すべき側に付くことを決めた。しかしその様な彼等とて、NATO軍とロシア軍の正面衝突は避ける為にウクライナに兵力を以て加勢することは叶わない。言ってしまえばそもそも彼等には、ロシアの侵略行為を止めることが出来なかったのである。

 

何れにせよ此処に至って、半ば無意味化しつつあったかの様にも見えたNATOの重要性が極めて高まっていることは見逃せない。国連ではなく集団安全保障こそが決定力を持つ事実は、ソ連時代から引き継いだ核兵器を放棄した国であり、NATO非加盟国でもあったウクライナが証明してしまったのだ。そして当のNATO諸国は、ロシアに反対し、ウクライナに武器供与等の援助を行いつつも、東欧防衛を強化するのみウクライナ派兵は行わないという同じ方向性で行動する様になっている。その有様を眺めるにつけても、パワーポリティクスを否定する者達も又、パワーポリティクスの中に生きることを、リアリズムを択ぶことを運命付けられている様に見える。

 

 

その様に概観した時、トルコ、イラン、インド、パキスタン等、それぞれの思惑と利害を目しつつ、ユーラシアの命運の一端を握るであろう国々の動向も又、今後注目しなければならない。

国連総会で棄権したインドやUAEを見れば分かる様に、世界は恐らく簡単には「二分化」はされないだろう。ロシアの兄弟国家の如きあのカザフスタンですら、自国の反対派弾圧には露軍を中心とするCSTO部隊の派遣を要請したにも拘らず、今回はロシアからの軍事的援助の要請を完全に蹴った。対米強硬で親露のイランは、ウクライナ侵攻に対して態度を留保しつつも、核合意再建協議の欧米側が求める期限とIAEAの査察を拒否した。トルコは本日28日、ウクライナでの「戦争」状態を認める態度に転じ、モントルー条約に従いボスフォラス・ダーダネルス海峡のロシア艦船の通行を遂に制限することとした。而もイランもトルコも、ロシアとウクライナの仲裁を名乗り出ているというのである。

この辺の動向は凡そ容易に見通せない所である。彼等の含みのある動向を見るにつけても、水面下では若しや19世紀の如き秘密外交が蠢いているのではないか、とすら感じる程だ。

 

 

2020年以来の全世界化したコロナ禍は、国境を超えた人の移動の制限を齎すことにより、ヒト・モノ・カネの自由な移動というグローバリズムの一端を挫いた。同時に国内に於いても、緊急事態体制を名目にして、移動の自由など人権の制限を行わせた。そのことは、国境を持つ主権国家の強い力を示したと言える。そうして塀の高くなった国境によって強調された主権国家の並立が、ロシアのウクライナへの帝国主義的侵略を介して急速な軍事的緊張へと突入し、世界のブロック化へと導かれているのである。

独立して並存する主権国家と、利害と価値を同じくする国家間の同盟による集団安全保障体制が、此処に来て益々重要度を増しつつある。これは最早、冷徹な合従連衡のパワーポリティクスの時代の再到来とも言うべきものであろう。

 

 

21世紀の運命は、20世紀の「歴史の終わり」を終わらせた後、急速に「19世紀化」しているのではないか−そう考えた時、第三次世界大戦の懸念が、ロシアのウクライナ侵攻の最中である今に止まらず、今後も長く続くことは予想に難くない。

 

 

コロナ禍の前の世界は、最早様々なる意味に於いて「昨日の世界」になってしまった。


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