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輪廻転生(#シロクマ文芸部)

 夏の夜、こうして星空を眺めていると思い出すことがある。

 今から79年前、1945年8月15日。
 終戦記念日となったあの日、私はまだ尋常小学校4年生だった。
 疎開先の長野県にある祖父母の家で、みんな揃って天皇陛下の玉音放送を聞いた。
 子どもだった私には、天皇陛下が何を言ってるのか、よくわからなかったが、祖父母や伯母の唇を嚙みしめた表情から、絶望の淵に立たされていることを感じていた。
 伯母はその場で大きな声を出して泣き崩れ、祖母は静かに台所へ身を移し、食事の支度を始めた。祖父は仏壇に手を合わせ、特攻で玉砕した叔父の遺影をじっと見つめていた。
 私のお父さまも、戦地から戻ることはなく、お母さまはお兄さまと一緒に横浜の家に残り、空襲から逃れた家を守っていた。
 時々お手紙を書いてくれたけど、それには私の健康を心配する言葉で溢れていて、お母さまとお兄さまが、どのように過していたのかは「大丈夫、心配はいらないよ」の一言で締めくくられていた。
 
 食欲はなかったが、おばあさまが「これからが大変なんだから、しっかり食べなさい」と芋ご飯をよそってくれた。
 私は言われるがまましっかり食べて、伯母さまと一緒に畑仕事をした。
 
 夜になるとみんな少し落ち着きを取り戻し、空襲のない静かな夜を過ごしていた。私は蒸し暑さで眠れず、離れの部屋の窓を開け、星の瞬きがこんなに綺麗だったのかと感動していた。
 今まで夜はアメリカ軍のB29が飛び交っていたのだ。しみじみと夜空を眺めることなんて一度もなかった。
 ぼんやり眺めながら、これから私はお母さまの元へ戻ることになるのだろうか?学校へは行くのかな?など、これから先のことを考えていた。
 するとひと際大きく光る星から、何かが落ちてくる。何だろう?飛行音は聞こえないからB29ではなさそう。そうすると広島や長崎に落ちたというピカドンかも?と不安な面持ちで見ていると、それは小さな女の子が白馬にまたがり駆け下りてくる姿だった。
 その女の子は長い黒髪で赤いワンピースを着ていた。そして馬から降りると、私がいる窓のそばまで歩いてきて「あなたはこれから東京へ戻るのよ」と、ふふっと笑いながら言った。
 「なぜそんなことがわかるの?あなたは誰?どこから来たの?」
 女の子は私の質問には答えず「東京へ戻ってからは大変よ、食べるものがないし、仕事で忙しい母親の代わりに家事一切をしなくちゃいけなくなるの。でもなんとか高校を卒業して銀行で働き始めるわ。そしてそこで知り合った2歳年上の男性と結婚する。心配ないわよ」
 「何よ、それ。なんでわかるの?」
あっけに取られている私の表情を面白そうに眺めながら「それからね」と、尚も予言を続けた。
 「日本は戦争に負けちゃったけど、これから大躍進するのよ。今は信じられないでしょうけど、あなたが生きている間は日本は戦争をしないわ、平和に暮らせるわよ」
 いったい何が起こっているのか、夢でも見ているんじゃないか、この知らない女の子は誰なんだろうと、そればかりが頭の中でいっぱいになっていた。
 「いいわ、ひとつだけ教えてあげる。私はね、未来から来たのよ。また会える日が来るから、その時はよろしくね」
 それだけ言い終えると、再び白馬にまたがり空へと駆け上って行った。
 
 その後の私の人生は、あの少女が予言したとおりになった。
 戦後の食糧や物がない時期に、私はお母さまの代わりに家の事一切を仕切っていた。就職も地元の銀行支店に勤め、2才年上の同僚と結婚、2児をもうけた。万時順調だった。5年前に夫が他界してからは施設に入所。
 バブル以降、空白の30年と日本の政治家を悪く言う人はいるけど、概ね私は幸せな人生だったと思う。この平和が次世代以降も続きますようにと願わずにはいられない。
 それにしても、あの少女は誰だったのだろう?未来から来たと、また会えると言っていたけど・・・。

 夜空には満天の星が広がり、宝石箱をひっくり返したよう。
 不思議と体の力が抜けていく。呼吸も浅くなり眠くなってきた。
 その時、星の瞬きから、またあの少女が白馬にまたがりやってきた。
 「どう?幸せな人生だったでしょう。戦中戦後は辛いこともあったでしょうけど、過ぎてしまえばどれも思い出よね。あなたは前世のカルマを見事刈り取ったことになるのよ。よくやったわ」
 少女は黒髪をなびかせながら、私に向かって握手した。
 改めて私は聞いてみた。「あなたは誰?」
 「私はね、いわばあなたからバトンを受け取った来世のあなた、わかる?」
 「来世の私?」
 「そうよ、あなたは私に生まれ変わるの。今度は私があなたのカルマを刈り取る番ね」
 「私のカルマ?」
 「そうよ、あなたは戦後、自分のことで精一杯で世の中のことに目を向けていなかった。少し手を貸せば助けてあげられた人もいたはずよ。細かいことだけど、魂の観点から言いうと大切な事なの。一言で言うと『徳を積む』ってことが足りなかったのよ」
 「そんなこと言われても・・・」
 「ああー、いいのいいの。こうやって魂の転生を繰り返して浄化していくものなのよ」少女は私の言葉を遮るような仕草で話を続けた。
 「さあ、行きましょう、そろそろ時間だわ」
 「行くってどこへ?」
 「行けばわかるわ」
 少女は笑みを浮かべて夜空を指さした。

 私は少女に促され、白馬にまたがり夜空へ駆け上っていく。
 見下ろすと、ベランダのリクライニングチェアで眠るように息を引き取った私がいた。
 「お疲れ様、よく頑張ったと思うわ。胸を張って良いのよ」
 少女のこの言葉に、晴れがましい気分で胸がいっぱいになった。

 
 

アマプラで『永遠の0」や『杉原千畝』など、戦争をテーマにした映画を立て続けて観ていて、『夏の夜』というお題に、特攻や空襲などで亡くなった人たちの人生を、改めて考える時間になりました。
ファンタジーにふんわり包んだ感じで書きましたが、戦後生まれの私にはこれで精いっぱい。
表現不足もありますが、読んでいただければ嬉しいです。


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