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マフラーにアロマオイル(#シロクマ文芸部)

 マフラーにアロマオイルを少しつけて、佐竹さんにプレゼントした。
 プレゼントと気付かれないように、さり気なく、
「今日は寒いね。これ使ってよ、上げる」と、冗談っぽく少し背伸びして佐竹さんの首に巻いた。
 佐竹さんは背が高く、大学でバスケをやっている。
 私は古着屋のバイト先で一緒になっただけの、ただのアルバト店員だ。
 毎年クリスマス時期にお店でイベントをするので、駅前で佐竹さんと一緒にビラ配りをすることになった。
「ダルいよなー、今時ビラ配りなんてさ。インスタとかで宣伝してんだからさ。必要ないと思うんだけどな」
 佐竹さんは愚痴をこぼしながらも、駅から出てくる人たちに笑顔でビラを差し出している。私たちは道の両端で向かい合って立ち、私は駅に向かって歩いてくる人たちにビラ配りを始めた。思いがけず佐竹さんを正面から見つめることが出来て、気恥ずかしさで顔が火照ってしまう。
 こんな自分が変態なんじゃないかと思えて、私の視線に気づかれないように、なるべく佐竹さんを見ないように気を付けた。
 私は佐竹さんと二人だけでのビラ配りが内心嬉しくて、ビラ配りの合間に何を話そうかとか、マフラーに沁み込ませるアロマオイルの香りをどれにするかでずいぶん悩んで、昨夜はあまり眠れなかった。
 アロマオイルはローズの香りを選んだ。
 ローズには愛情や調和といったシンボリズムがあり、癒しと幸福感を高める効能がある。佐竹さんはアロマオイルにそんな意味や効能があることは知らないかもしれないし、微かな香りにも気付かないかもしれない。
 それでもいい、むしろそれがいいと感じていた。

 昨年の夏、
「明日から来てもらうことになったから、須藤さん色々仕事を教えてあげてね」と店長から紹介されたのが佐竹さんだった。
 佐竹さんは近くのS大学2年生で、さわやかなスポーツマンといった印象だった。一緒に仕事をするにつれて、屈託のない笑顔と明るさにどんどん惹かれていった。
 
 ビラ配りを始めて3時間がたった頃、駅の中から一人の女性が小走りに出てきた。そして佐竹さんを見つけると大きく手を振り、
「たっくー、来たよー」と、佐竹さんのことをニックネームで呼んで近寄ってくる。
 佐竹さんもその女性の頭をポンポンと優しく撫でて、
「可愛い古着が結構あるよ。先行っててよ、もう少しで配り終わるから」
 お店では見たことない笑顔で嬉しそうだった。

 そんなの分かっていた。
 彼女がいるんじゃなかということは。
 佐竹さんは誰にでも優しい。きっとモテるだろうということも。
「これ、ありがとう。早く配っちゃいなよ。先行ってるね」
 私がプレゼントしたマフラーを、今度は佐竹さんが私の首に掛けてくれた。
 ローズの香りもしっかり残っていて、佐竹さんの体温がより香り立たせている。
 どこかのお店からクリスマスソングが流れてきた。
 
 silent night, holy night

 夜になれば雪が降るだろうか?
 私はマフラーに顔をうずめて、残りのチラシをひとりひとりに配り始めた。

  
 

今回のお題『マフラーに』が公開されてから、ずっと「マフラーに、マフラーに・・・」とつぶやいたり、頭の中で反芻したりを繰り返していました。
何も物語が思い浮かばない💦
ファンタジーにするかどうかでいつも迷います。
何でもありのファンタジーにしてしまうと、逃げた感が否めず(自分の中で)、無い引き出しをガサゴソと探っています(笑)
よろしくお願いいたします。

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