【がん治療記x受験奮闘記】入院前~浪人~

 僕にとって浪人という言葉はかけ離れた存在だった。しかし脳腫瘍があると分かってからその言葉は急に僕の前にくっきりと表れ始めた。それでも僕は浪人をしたくなかった。浪人なんて受け入れられるはずがなかった。高3の夏の時点で第一志望A判定を取ったのに、浪人なんて有り得ない。そう考えていた。そのため入院前にした学校や予備校での面談で僕は一般入試での第一志望現役合格を目指す意志を示した。
 しかし、両親はそれぞれ別の場所で僕にこう言った。「浪人してもいいんだよ」と。両親の思いは相談することなく一致していたのだ。その言葉は僕に現役合格を諦めろと言っているように聞こえた。そうとしか聞こえなかった。だから僕はふざけるなと思った。高卒のくせに、2人揃いも揃って商業高校卒で大学受験なんて経験したことすらないくせに。どうせ僕の気持ちなんて到底理解できないだろう。本気でそう思った。しかも父は「浪人なんていっぱいいるよ」なんて阿呆なことをほざいた。
 父は元々嫌いだった。自分の置かれていた環境を社会全体の常識だと思っている視野の狭く時代に取り残された人間、それが父である。あまり汚い言葉は使いたくないが「浪人なんていっぱいいる」なんてふざけるのも大概にしろよと思った。確かに浪人はいっぱいいるが現役だっていっぱいいる。薬学部においては現役の方が多数派だ。父は受験に関して何も知らない。何も知らないくせに口を出してくるのがなんとも腹立たしかった。
しかし、そんな父と似たような意見を母も持っていた。これが僕にとって、とても残念だった。浪人してもいいなんて母の口からは聞きたくなかった。たしかに母は高卒だが僕を中学受験させたり、大学受験についてもかなりサポートしてくれたりしていた。母は一番僕の合格を願っている人間のはずだった。その母がそんなふざけたことをぬかすなんて思ってもいなかった。
 自分の部屋で冷静になると己の愚かさに気付く。社会に出たこともないくせに、自分で金を稼いだこともないくせに、学歴で人を、親を見下した自分が嫌で嫌で仕方なかった。両親は僕を愛情こめて育ててくれたのに、その人を馬鹿にした自分が許せなかった。くだらないプライドばかり高くなっている自分が気色悪いと感じた。今思えば、この時の僕は自分の置かれた状況を理解していなかった。自分ががんであるということを受け入れられていなかった。がん治療とはどのようなものなのかを知らなかった。ただ、その時思ったことは口にしていないにしても知らなかったでは済まされないのだと思う。

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