G氏との対話―「死の宣告」をめぐって①
十数年前、G氏はすでに若手ブランショ研究者として注目を浴びていた。私が氏と連絡をとるようになったのは、その頃の氏のHPの、詳細に網羅されていた「モーリス・ブランショ邦訳文献リスト」に載っていない本を私が持っていたためである。平井照敏訳『待つこと・忘れること』(現代の芸術双書)。以前神保町で購入し、その靄のかかったような詩的な訳文がとても気に入っていたものだ。幾つかのメールのやり取りの後、新しく追加されたリストには、証拠として送った装丁のスキャン画像のリンクが貼られた。ガリマールの本を模したような簡素で美しいデザインである。
以降特に連絡はとっていなかったが2011年、氏のブランショ論の出版を記念した小さな講演会が、私が時折足を運んでいた吉祥寺のフリージャズ喫茶で開かれるのを知り、直接会って挨拶をしてみようと思いたって、友人のカメラマン、ヨコカワ氏を誘い出かけたわけである。それにG氏に聞きたいことがひとつあった。それはモーリス・ブランショの『死の宣告』という作品に関する、非常に些末で単純な疑問である。いや、ことモーリス・ブランショの作品に関する限り、些末で単純な事柄などあるはずは無かったのだ。
緊張感のある講演会が終わり、私が「『待つこと・忘れること』の某です」と挨拶をすると、その、かつて一冊の書物によって生まれたネット上の微かな出会いを、互いに喜び懐かしむような微笑みが私達の顔に浮かぶのだった。我々は二、三度無言で頷き合い、私は専門家としてのG氏に質問がある旨を切り出したのだが、プリントアウトの束と名刺を手渡すと「後はメールで」と、早々にその場を辞した。それはその場で説明するにはあまりにも具体的で細かい疑問であったし、G氏は、張り詰めた空気がやっと解け、ほっとしている風でもあった。それにその場は、有名大学教授、準教授と学生しか居ないような状況であり、私とヨコカワ氏は何やら居心地の悪さを感じていたのである。
この時G氏に手渡したプリントアウトは、その数年前の2ch文学板ブランショスレで、私の疑問に対して詳しい人が答えてくれている部分である。(読みやすくするため、日付等は削除、ハンドルを「がむちょこ」と「詳しい人」とした)
つまり私の疑問とは、モーリス・ブランショ「死の宣告」であえて語られない、あの衣装箪笥の中にあったものは何かという点であり、当時私はこれに対して「人形説」を思いついてはいたのだが、それに満足していたわけではなかった。所詮はふざけた思いつきに過ぎず、決定的な証拠に欠ける。そこで私はこの機会に、我が国を代表するブランショ研究者のひとりであるG氏に、これを質問してみようと思ったわけである。
続