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【読書記録13】愛すべきヘンテコSF群像劇! 森見登美彦・著『四畳半タイムマシンブルース』(角川文庫)

 今回紹介する本は、森見登美彦・著『四畳半タイムマシンブルース』(角川文庫)である。

 著者の森見登美彦は唯一無二の人である。難解で上級な語彙が多用される硬派な文章ながらも耳心地の良いリズミカルな文体で、京都を舞台とした数多くの作品を世に送ってきた作家である。原作の幾つかはアニメ化もされ、アニメから森見登美彦を知った人も少なくない。
 そんな森見登美彦の代表作の一つに『四畳半神話大系』(角川文庫)がある。この作品は鬼才・湯浅正明監督の手によってアニメ化されたことで、人気が加速した。京都を舞台とする腐れ大学生を主人公としたこの作品は、森見登美彦の才気が遺憾なく発揮され、悪友の小津、樋口師匠、そして明石さんという魅力的なキャラクターを世に送り出した。
 そんな『四畳半神話大系』の世界が再び帰ってきたのである。『四畳半タイムマシンブルース』という名前となって。原案はアニメ『四畳半神話大系』で脚本を務めたヨーロッパ企画の上田誠である。『四畳半神話大系』に出てきた愉快なキャラクターたちが今度はタイムトラベルをするというのだから、読まずにはいられず、書店で本書を手に取った次第である。

森見登美彦の耳心地の良い文体

 さて、森見登美彦ビギナーの方へ。森見登美彦の文体は青カビ系のチーズの如く独特なものであるが、いったんその魅力の虜になれば、くっついてもう離れないものである。そして、その引力は『四畳半タイムマシンブルース』でも健在である。

 京都の夏、我が四畳半はタクラマカン砂漠のごとき炎熱地獄と化す。生命さえ危ぶまれる過酷な環境のもとにあって、生活リズムは崩壊の一途を辿り、綿密な計画は机上の空論と化し、夏バテが肉体的衰弱と学問的頽廃に追い打ちをかける。

『四畳半タイムマシンブルース』

 なにゆえ我々はタイムマシンに心惹かれるのであろう。
 それは我々人類にとって時間こそがもっとも根源的な謎であり、誰ひとり逃れることのできない普遍的な制約であるからだ。誰にとっても一日は二十四時間しかなく、泣こうが喚こうが砂時計の砂は絶え間なく流れ落ち、過ぎ去った夏は二度と戻らない。だからこそ我々は「時間を旅する機械」を繰り返し夢見てきたのだ。時間を超越すること—それは人類の根源的条件への反逆であり、神にも等しい力であり、究極の自由に他ならぬ。

『四畳半タイムマシンブルース』

森見登美彦のヘンテコな世界

 森見登美彦の作品には多くのヘンテコなものが出てくる。なぜなら登場人物の多くがヘンテコだからである。さて、そんなヘンテコな登場人物たちが繰り広げるタイムマシンを巡る物語が壮大なハードSFの訳がない。
 本書『四畳半タイムマシンブルース』の話の骨格は以下の通りである。

 炎天下の真夏の京都が舞台。悪友の小津のせいでエアコンのリモコンが壊れたため、主人公の私の部屋は灼熱地獄であるが、なぜかタイムマシンを自室に発見する。そこで、タイムマシンで昨日に戻って壊れる前のエアコンのリモコンを取ってきて、エアコンの冷気を浴びようとする物語である。

 大学生時代という修業期間も折り返し点を過ぎた。にもかかわらず、私はまだ一度たりとも有意義な夏を過ごしていない。社会的有為の人材へと己を鍛え上げていない。
 このまま手をこまねいていたら、社会は私に対して冷酷に門戸を閉ざすであろう。
 起死回生の打開策こそ、文明の利器クーラーであった。

『四畳半タイムマシンブルース』

 タイムマシンで全宇宙を大冒険すると思いきや、昨日に戻って壊れる前のエアコンのリモコンを取ってくるというなんともみみっちい話である。そして、この昨日に戻ってエアコンのリモコンを取ってくるという行為を巡って、辻褄を合わせようと主人公たちが奔走することになる。しかし、くせ者しかいない登場人物たちのせいでますます物語はヘンテコな展開になっていく。なぜなら、辻褄を合わせようとする努力を無効化することでは右に出る者はいない人たちが多数いるからである。

最後には綺麗に辻褄が合う。ご都合主義万歳!

 タイムトラベルないしタイムリープものは、時系列通りに文章が進まず、哲学的な難解さが生じることもあるため、読者が混乱しがちになることが多い。本作『四畳半タイムマシンブルース』でも同様のイメージを読書前に抱く読者もいれば、同様の感想を読書中に感じる読者もいるかもしれない。
 しかし、心配は杞憂である。最後には辻褄が合うので読者は安心して森見登美彦の船に乗ればよい。なぜなら、「ご都合主義万歳!」こそが森見登美彦の作品に通底するモチーフだからである。
 「ご都合主義万歳!」これは『四畳半神話大系』の後に発表された『夜は短し恋せよ乙女』で繰り返し使われた言葉である。この作品では、先輩と黒髪の乙女の恋愛が最後には結ばれるのである。まさにご都合主義万歳!なのである。
 そう。勘の良い読者はもうお分かりかもしれないが、今回の『四畳半タイムマシンブルース』でも、「ご都合主義万歳!」のスローガンの下、全宇宙の命運も明石さんとの恋の行方も最後には美しい帰結を見るのである。

お気に入りの一節

 最後に、『四畳半タイムマシンブルース』で面白かったシーンを紹介して、本作の紹介を終えようと思う。
 終盤に主人公の私に明石さんが時間について話をする場面があるのだが、これがとても刺激的である。ここではその一部を紹介する。

「時間は一冊の本みたいなものだと考えてみたんです」
 明石さんは藍色の空を見上げながら語った。
「それが過去から未来へ流れていくように感じるのは、私たちがそのようにしか経験できないからです。たとえばここに本が一冊あるとしたら、私たちはその内容をいっぺんに知ることはできません。一枚ずつ頁をめくって読むしかないんです。でもその本の内容そのものは、すでに一冊の本としてそこにある。遠い過去も遠い未来もすべてが……」
 彼女が言おうとしていることを私はようやく理解した。

『四畳半タイムマシンブルース』

 今回はここまでです。ありがとうございました。

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