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読書のフェーズ、刺さるポイントは時期によって異なる

情報収集としての読書。欲しい情報はそのとき置かれている状況によって異なるが、状況が変われば刺さるポイントも変わる、という話

私は1年に一回程度の割合で、購入履歴のある本を購入してしまう。ほぼ100%の購入先がAmazonということもあって、気になる本を見つけると即座にポチる習性が身についてしまった。

以前はもう少し、吟味して購入の判断をしていたのだが、ある方から「本は腐らない、だから気になったときに購入しておいた方がいい」とのアドバイスを受けてから躊躇なく購入するようになったのだ。

本の購入は全て会社の経費で落とせるという点からも躊躇する気持ちが薄れ、それよりも自身の気づきや探究心の旬を逃すまい、という心理から購入頻度は年々増加の一途である。

そして出来上がるのが積読の山。

速読でも体得しないかぎり購入頻度に並行して読了するのは無理である。週に2~3冊程度読むのに対し、購入するのは平均して月に15~20冊程度。毎月せっせと数冊の積読を量産していることになる。

ここまでになると「なぜあの本を購入したんだっけ?」というものもチラホラ。それでも未読ならばまだマシである。ひどいのは先述したように購入履歴のある本を再度購入してしまう、という愚行だ。

本人は手に取るまで気がついていない。それどころかしばらく読み込んでは「ん?」と思うのである。デジャブのような不思議な感覚をしばし味わった後、スマホで購入履歴を確認すると、すでに履歴がある、といった具合だ。

ひどいケースでは同じ本を3度購入した経験もある。ここまでくると、普段から本当に本を読んでいるかすら怪しくなるが、最近では購入する前に、一応、購入履歴の有無のメッセージがあるかくらいは確認するようにしている。

それとは別に私は読了した本で気づき得たものや、また読み返す機会がありそうなものは保管しておくことにしている。

最近でもある領域のことを調べていたところ、以前別の仕事で掘り下げていたカテゴリーがヒットしたのである。

保管用の本棚を見渡すと、関係がありそうな本があったので手に取ってみると、以前付箋を貼り、赤線を引いた箇所も有益な情報であったが、その当時より少しだけ状況も変化し、経験値も上がった目で軽く読み返してみると、見落としていた大事なポイントが数多くあることに気がつくのである。

成長のフェーズで刺さるポイントが変わるということもあるだろうし、良書は普遍的な価値を持ち合わせていることがほとんどなので、読了後、熟成させて何度も読み返すと、このような再発見ができることあるのだ。

正直、ただでさえ積読が消費できず困っているのに、あろうことか読んだ本を読み返しているのだから購入した本の数を読むペースが上回ることはおそらく一生無いと思っている。

救いといえば、読書を苦行とは思っておらず、あくまでも自発的な知的好奇心から習慣化されているというところ。
仕事も含めて「趣味」という風に捉えている。

なにせ1日の中で一番没頭している時間は本を読んでいるときだからである。脳波を計測したことはないが、セロトニンが一番分泌されているのも本を読んでいるときに違いないと勝手に確信している。

良書を読み返すと新しい発見がある。良書と定めるポイントはそういう普遍的な価値があるかどうかにある