#3 知財業界と新卒就活
お久しぶりです。たねまるです。
本noteは昨年11月頃から書き始めたのですが、プライベートが忙しかったことと、いろいろと調査したり、弁理士の将来を憂う報告書が特許庁から出たりして、公開までかなり時間がかかってしまいました。その分、内容はかなり充実していると思いますので、一読してくださるととても嬉しいです。
#1のnoteで、大学又は大学院在学中の弁理士試験受験について解説する記事は皆無、と述べましたが、知財業界への新卒就活について体系的にまとめたものも、同様にほとんど見かけません。
今回は、公開されている既知の情報のみならず、私の知財業界ネットワークで見聞した話や、自身の経験を交えながら、標題の件について検討していきます。
注)在学中の弁理士試験合格を目指す学生の方も、そうでない学生の方も、どちらも読者として想定していますが、将来的に弁理士になりたいという意志がある学生の方へ向けた内容となっています。
1. 知財業界ってどんなところ
1.1. 既存の知財業界解説
在学中に弁理士資格を取得後、弁理士登録を行い、「弁理士」として働こうという方が身を置く業界は、必然的に知財業界になると考えられます。
在学中の合格が叶わなかった方、あるいは、合否が不確定の方も、ファーストキャリアは知財業界に飛び込みたい、という方がいらっしゃることでしょう。
ところで、知財業界とはどのようなところなのでしょうか?
特許事務所があって、企業知財部があって、ということはおそらく学生のみなさんでも思いつきそうですが、その他のプレイヤーにどのようなものがあるか、なかなか想像がつかないことでしょう。
業界を俯瞰的かつ視覚的に把握できるツールとして業界マップというものが有名ですが、インターネットで検索しても、知財業界の業界マップは見つかりません。
しかし、ネットの海を彷徨うと一つだけあるんです。知財業界マップが。
それは安高先生(弁理士)と野崎氏の動画です。
この動画では、知財業界のプレイヤーを細かい粒度で列挙、分類したうえで、新卒やエンジニアといった業界未経験者の就活に役立つ業界マップを作成していく過程を観ることができます。
2時間弱の長い動画ですが、知財業界を目指す学生のみなさんにはぜひ視聴していただきたいです。
1.2. 知財業界マップ ※新卒就活限定版
さて、上記の動画をもとに、新卒学生が入社(入庁)可能なプレイヤーのみを残し、簡略化したのち、図形に色付けをして、入社(入庁)難易度を3段階で示した「知財業界マップ ※新卒就活限定版」を作成しました。
最初に謝っておきます。色付けに関してはあくまで私の主観です。
おおよその採用人数は加味しているつもりですが、現役の理系学生であり、知財業界に片足を踏み入れている私が、周囲から得た情報を総合的に勘案し、これらの情報から予想される入社難易度を3段階で表しているため、多分に主観的な意見が含まれています。あらかじめご了承ください。
「この色分けはおかしいだろ!」といったご指摘がありましたら、恐縮ですがご一報いただけると助かります。
2. 各プレイヤーへの新卒就活
次に、上記マップに登場する各プレイヤーへの新卒就活の特徴や、メリット及びデメリットを検討していきます。
ただし、メリット及びデメリットの判断軸から給与の比較は除外しました。
給与まで考慮に入れると、個別の事務所や企業に依るところが大きく、また、特許事務所の給与体系は民間企業と異なる面が多いことから、安直な比較は難しいからです。あらかじめご了承ください。
2.1. 特許庁
特許庁の存在自体、学生にはあまり知られていませんが、新卒で入る(入庁する)ことができます。
■メリット
ヒエラルキーの頂点から業界デビューを果たすことができる
一般の方が弁理士試験に挑もうとすると、多くは大金を叩いて資格予備校を頼ることになるでしょう。すると、(言い方は悪いですが)受験テクニックで試験を突破できてしまう人も出てきます。
しかし、試験内容と実務の間にはギャップがあり、弁理士の仕事が性に合わず、弁理士登録を抹消してしまう人もいると聞きます。
その点、知財業界の中枢でありながら、ヒエラルキーの頂点である特許庁に入庁すれば、給与をもらいながら法律や審査基準についてボトムアップ式に学ぶことが可能です。また、審査官補として指導審査官によるマンツーマンの指導を受けることができます。
将来、弁理士として独立することも視野に入れているのであれば、元審査官という経歴は他との差別化が図れます(調査のスキル等)。
弁理士試験の試験科目が大幅に免除される
特許庁で審判又は審査の事務に5年以上従事した方は、弁理士試験の工業所有権法免除者になることができます(詳しくは弁理士試験の案内をご覧ください)。
例えば、修士号を有する審査官(審判官)であれば、短答試験の著作権法・不正競争防止法の試験科目の10問のうち、7問以上正解すれば、その後の論文・口述試験を受験せずとも、弁理士試験に合格することができます。
これは、私のような論文選択含め、全試験を受験した者からすると、夢のようなショートカットです。もちろん、国家公務員として一定年数以上真面目に勤め上げなければならないのも大変ですけどね。
このnoteの趣旨とはずれますが、在学中はあえて国総に専念して、特許庁入庁後の免除を目指すというのも立派な弁理士試験戦略だと思います。
さらに、「特許庁において審判官又は審査官として審判又は審査の事務に従事した期間が通算して7年以上になる者」に該当する方は、該当後に実務修習を修了することで、弁理士となる資格を得ることができます(弁理士法第7条)。
注1)厳密には審査官補心得(3月の研修)を経た後、審査官補として2-4年間審査を行ったのち、審査官に昇任するので、入庁してから5年で免除者になることができるわけではありません。
注2)特許庁在籍中に弁理士試験を受験することはできますが、弁理士登録して弁理士業務を行うことはできません。また、聞くところによると、数年前から審査官又は審判官が実務修習を受講することができなくなったそうです(例外として外部機関に出向している特許庁職員は実務修習を受講できるとの話も?詳細は特許庁へお問い合わせください。)。
■デメリット
狭き門である
難関試験である国家公務員採用総合職試験技術系区分に合格し、官庁訪問を行う必要があります。
具体的な倍率は明らかにされていませんが、近年の院卒者試験の申込者数が1,500人程度であるのに対し、最終合格者数は600人程度で、特許庁の採用者数は40名前後(学部卒含む)という統計を見ると、合格者全員が特許庁を志望するわけではないとはいえ、その倍率の高さが伺えます。
また、学歴ですべてを判断するわけではないですが、特許庁の採用実績を見ると、旧帝をはじめとした国立大学院出身者が多く、ライバルもかなり手強いと推察されます。
以上のように、厳しい競争に勝たなければ入庁は叶いませんが、前述したメリット以外にも、特許庁はホワイトなことで特に有名なため、弁理士試験への挑戦を考えている優秀な学生のみなさんには、ぜひ特許庁もキャリアの候補に入れてみるとよいでしょう。
2.2. 特許事務所・法律事務所
特許事務所の主な業務内容は各自調べていただきたいのですが、法律事務所とは、特許事務所の主な業務内容に加え、弁護士とともに訴訟をおこなったり、知財に関する法律相談をおこなったりする事務所のことをいいます。
以下、特許事務所及び企業知財のメリット及びデメリットについては、安高先生のYouTubeを参考にさせていただきました。
■メリット
バイネームで仕事できる
在学中の合格が叶った場合は、二十代前半で弁理士として働き始めることができます。世間からしたらひよっこでも、立派な「知的財産の専門家」として仕事をすることができます(大きな責任は伴います)。
仕事の業績と評価が明確
特許事務所の仕事の業績は「売上」というわかりやすい形で結実して、それでもって評価がされるので、とてもわかりやすいといえます。例えば、「あなたは今年明細書を○件書いて、中間処理を○件行い、売上はこれだけなので年棒はこちらの額です」となるのです。つまり、仕事をやればやるだけ、経験年数にかかわらず収入を増やすことができます。
自由度が高い
以前、WIPO(世界知的所有権機関)主催のワークショップに参加した際に、女性の弁理士の方が「(弁理士含む)士業はパソコン一つでどこでも働けるため、子育てとの両立がしやすい」とおっしゃっていたことがとても印象的でした。かく言う私も、キャリアと家庭の両立を図るためには士業が最適だと考え、弁理士を目指した一人です。
家庭との関係でなくとも、特許事務所は基本的に個人プレーを主としています。また、事務所にもよりますが、新型コロナウィルスの流行も契機となってテレワークが浸透しています。時間や場所に縛られずに実力で闘いたいという方にとって、事務所は最善の場所ではないかと思います。
さまざまな技術分野や企業と関わることができる
多種多様な業界の先端技術をいち早く知り、携わることができるという面白さがあります。
就職難易度は高くない
同い年の友人が「タダで関西に行ける」と言う謳い文句に釣られて、某大手特許事務所のインターンに参加し、その後、早期選考と称してM1の9月には内々定をもらっていたので、(選り好みしなければ)入所するのは容易でしょう。
また、弁理士試験の最終合格発表後に各会派が主催する合格祝賀会で、特許事務所・法律事務所とのマッチングの機会があります。在学中に弁理士試験に合格する自信がある学生であれば、この機会を利用し、通常の就職活動を行わずに済むかもしれません。
■デメリット
教育環境が未整備
某有名特許事務所に勤める弁理士の先生から聞いた話によると、いわゆる大手(所員数が多い)と呼ばれる特許事務所でも、教育体制が整っていないことが少なくないそうです。たとえ大手であっても、未経験で特許事務所に飛び込んで、放置される、というリスクもあることに注意しておく必要があります。もちろん、教育に力を入れている事務所もあります(所長が人格者らしい丸の内の某事務所は教育熱心みたいです)。
2.3. 企業知財部・企業法務部
■メリット
会社の力学がわかる
よい意味でも(悪い意味でも)、会社というものがどのようにして回っているのかがわかります。また、ものづくりの一連の過程に関わることができる点は、将来、弁理士として独立した際の大きな資産となります。
業務の幅が広い
特許事務所の弁理士が作成した明細書や意見書の確認を行う場合が多いですが、知財部員自らが明細書や意見書を作成する場合もあります。これに加え、調査、係争、契約、渉外といった、事務所ではなかなか機会がない業務も企業知財部の業務内容に含まれるため、幅広い業務の経験を積むことができます。
大学や大学院で研究したことが活かせる(こともある)
これは企業の選び方次第ですが、学生時代の研究内容を業務に活かすことも可能です。ただし、分野は同じでも、扱う発明は全く異なるということも十分にあり得ます。
■デメリット
採用枠が少ない
就活ポータルサイトの検索条件に「知財部」というキーワードがないように、新卒から知財部を募集している会社は少ないです。そして、あったとしても採用人数が少ないです。同時に採用実績も少ないため、過去のES等の情報を集めるのに少し苦労するかもしれません。
社内の立場は…
安高先生らの動画でもおっしゃっていますが、企業の知財部はいわゆる花形と呼ばれる部署ではありません(意訳)。
私の友人で、某大手企業の研究開発職に内定をもらった友人に、内定者サイトの内定者自己紹介ページを見せてもらったところ、研究職や開発職がページの上位いるのに対し、知財部が一番下にいるのがなんとも示唆的でした。
しかし、自分のことを棚に上げますが、知財の仕事は頭がよく、ちゃんとした人しか務まりません。そして、私有財産制度がこの世から無くならない限り、企業には知財部・法務部が必須の存在であり、弁理士の需要がなくなることはありません。企業の構成員として知財の観点から経営戦略に参画していきたい方にとっては、企業知財部・企業法務部は素晴らしい場所であると思います。
■企業例
知財部の新卒採用を行う企業は2種類に分けられます。①職種別採用・コース別採用といって、エントリーの段階から知財部を志望できたり、技術職・総合職にエントリーした後、選考の過程で知財部を選択できたりする企業と、②入社後に配属が決まる(いわゆる配属ガチャ)企業です。
私が各企業の採用サイトで収集した情報を、前述した2種類の採用方法ごとに分類したのが下記の箇条書きリストです。理系学生の人気就職先ランキングでよく見かける企業を、なるべく多くの業界が含まれるようにピックアップし、特許出願件数でソートしてあります。2023年11月現在の情報ですので、あくまで参考程度にとどめておいてください。知財部の新卒採用がなくなる可能性もあります。
【①職種別採用あり】
キヤノン(インターンあり)
パナソニック(パナソニック オペレーショナルエクセレンス)
本田技研工業
三菱電機
リコー
デンソー
日立
NEC
富士通
富士フイルム
住友化学(プロフェッショナルスタッフ)
KDDI
日産自動車
ソニー
任天堂
中外製薬
【②職種別採用なし】
トヨタ自動車
セイコーエプソン
ブラザー工業
東レ
旭化成
村田製作所
この他にも知財部の新卒採用を実施している企業をご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひコメント等で教えていただきたいです。
2.4. 知財サービス
安高先生らの動画における知財業界マップの「調査、分析、システム・データベース」をひとまとめにして「知財サービス」としました。このプレイヤーについてはまったくの無知です。申し訳ございません…
ただし、知財テック®️サービス(≒システム・データベース?)に特化した業界マップが下記のサイトでまとめられていたので、興味のある方はぜひご覧ください。
個人的に、日々インターネット出願ソフトや化石のような特許管理ソフトに悩まされているので、知財業界のDXを推進したい方は知財サービスにどんどん参入してもらいたいです。
また、知財サービスの新卒就活についての情報もお待ちしております。
2.5. コンサル・シンクタンク知財専門部門
いわゆる知財コンサルティングというやつです。最初に企業例を見てみましょう。
■企業例
NGB
デロイト・トーマツ・ファイナンシャルアドバイザリー(DTFA)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング(MURC)
冒頭に紹介した動画に出演されている野崎氏も新卒でNGBだそうです。日本最古の知財コンサル会社だとか。
デロイト・トーマツグループは昨年夏にデロイト弁理士法人を立ち上げ、大手のコンサルティングファームの中で最も知財コンサルに力を入れていると言ってもよいでしょう。当該グループのFASであるDTFAの知的財産アドバイザリーが新卒募集を行なっています。選考機会も複数あるので、就活の初期段階に試しに受けてもよいでしょう。
MURCはコンサルとシンクタンクの合同部隊で、シンクタンクのほうの知的財産コンサルティング室で新卒募集を行なっています。私もこちらのインターンに参加した経験があり、非常に良い印象を受けました。現役の弁理士の社員の方もいらっしゃいました。官公庁を相手とした知財政策に関わりたいという方にはおすすめです。
デロイト以外のBIG4も知財に関心がありそうな気配を感じるので、将来的に他のコンサルティングファームが部門別採用する可能性を踏まえ、今後の動向は要チェックです。
■メリット
業務が多岐にわたる
上に挙げた3つの企業例すべてを総括して述べるのは大変難しいですが、特許事務所では手が回らない「権利の利活用」という意味でのコンサルティングに携わることができるのは、傍から見て大変興味深いなと思います。
■デメリット
弁理士資格の使いどころは少ない
弁理士資格の使い所はそれほど多くはないと、内部の方から聞いたことがあります。
入社難易度は中程度
(NGBはわかりませんが)戦略コンサルや総合コンサルと比較するとライバルの数は少ないと願いたいですが、コンサル・シンクタンク業界自体が近年高学歴理系学生に人気のため、ある程度の競争は避けられないでしょう。
また、弁理士資格が適正に評価されるかどうかは謎です。
3. 事務所 vs 企業
3.1. 事務所弁理士はやめとけ?
2章では知財業界を構成する5つの主たるプレイヤーを紹介しましたが、中でも規模が大きいプレイヤーの二大巨頭である「特許事務所と企業知財」、どちらが(弁理士が働く環境として)よいのか、という議論は、長年、弁理士の間で活発にされてきたものと思料します。
この、いわゆる「事務所 vs 企業」論争について、2024年1月末、特許庁から気になる資料が公開されました。それは、第20回弁理士制度小委員会で配布された「弁理士制度の現状と今後の課題」という資料です。
この資料の調査結果のひとつとして、①近年、企業勤務の弁理士が増加傾向にあること、及び、②事務所勤務の弁理士は減少する試算であること、が開示されています。
この事務所不人気傾向について、特許事務所へヒアリングした結果も下記画像のとおり開示されています。
身も蓋もなくて笑っちゃいますね。こんな意見を見たら、事務所へ行きたがる若者はますますいなくなると思います。
特に気になるのが上から3つ目と4つ目の意見です。
ここに記載されているとおり、事務所は給与が安くて仕事が辛いという話もあるから、事務所は避けた方がよいのでしょうか。
また、「新卒は大手にいっとけ!」というアドバイスは就活でよく耳にしますし、やはり事務所弁理士はやめておいたほうがよいのでしょうか。
3.2. 稼ぎたいなら事務所
2章において、各プレイヤーへの新卒就活のメリット及びデメリットの判断軸から給与の比較は除外すると述べましたが、やはり気になるお金の話。
率直にいうと、圧倒的に稼ぎたい人は断然事務所弁理士がおすすめです。
圧倒的に稼ぐというのは、一本(年収1,000万円)という程度の話ではなく、2,000万、5,000万、はたまた億というスケールのことです。
このくらいの金額を稼ぎ出すには、勤める事務所の規模は小中規模のほうが好ましいです。もっというと、独立開業すれば、脱サラして起業などというよりも遥かに実現可能性が高いです。
「かといって、新卒で事務所に入らなくても、企業知財経験を経た後に中途で事務所で入ればいいじゃないか」というご指摘はごもっともです。
しかし、圧倒的に稼ぎたいという熱をもった方は同時に、若くして稼ぎたいとも思っているのではないのでしょうか。なぜなら私がそうだからです。
そのようなギラついた学生の方にとっては、新卒から事務所という選択肢でも全く問題ない、むしろ、そうすべきだと個人的に思います。できるだけ早く明細書を一人前に書けるようになって、顧客を獲得できるスキルも磨ければ、会社員をやっている同年代と比較して年収が高くなることは間違い無いですし、さっさと独立開業すれば、稼ぎは青天井です。
また、圧倒的に稼げてしまえば、「大企業は福利厚生がよい」論も無に帰します。稼ぎを元手に好きなところに住んで、好きなだけ遊べばよいのです。
ただし、「週2日しっかり休みたい」とか、「弁理士はコミュ障でもできるからなったんだけど」といった方には向いていないキャリアだと思います。一定期間は泥臭く実務をやる必要があります。そのような苦労を厭わない金の亡者だという自負がある学生の方、私のように新卒で事務所弁理士を目指してみませんか?
4. 新卒就活で検討すべきポイント
3章で話が少し逸れてしまいましたが、4章では新卒就活で検討すべきポイント、また、注意すべきポイントを簡単に解説していきます。
4.1. 金銭的援助の多寡
以前の記事で紹介したように、弁理士になる、そして弁理士であり続けるためにはとてもお金がかかります。
実務修習と弁理士登録にかかる費用が総額228,800円、弁理士会の会費が毎月15,000円です。これらの費用を事務所や企業が負担してくれるか否かは、選考の過程でしっかりと調べておきましょう。
入所・入社前に弁理士試験に合格した学生の場合は、入所・入社前でも実務修習費用は負担してもらえるかどうか、生々しい話ではありますが聞いておきたいところです。
残念ながら在学中の合格が叶わなかった場合には、就職後の弁理士資格取得サポートがどの程度あるのかも聞いておきたいです。予備校の受講料や試験前の休暇といった制度が充実しているかどうかも、重要なポイントです。
4.2. 就業環境
これは特許事務所に限った話ですが、企業と比較して、インターネットで収集できる特許事務所の情報は極めて少ないです。OpenWorkといったサイトを見ても数年後の年収はいかほどなのか、産休育休の整備は、テレワークの頻度は、といった情報にアクセスするのは極めて難しいでしょう。ですので、積極的に事務所訪問をしてこれらの話を自分から聞き出しましょう。
4.3. 給与
企業知財に就職される方は募集要項に記載されている初任給に加え、資格手当がもらえるか否かも聞いておきましょう。企業側も新卒弁理士を雇用した経験は皆無でしょうから、取扱いが異なる可能性があります。
特許事務所も同様に、新卒弁理士を雇用する経験はほとんどないでしょうから、適当な初任給というのは事務所ことになるの裁量に委ねられていると思われます。
私が合格後にとある中-大規模事務所の就職説明会に参加した際に聞いた話によると、当該事務所の実務未経験弁理士の初年度の年棒は550万円でした。おそらく年齢によらない金額であると思われます。
個人的に、この金額(月収45万円程度)が新卒事務所弁理士の最低初任給ではないかと思います(現に、私はまだ弁理士登録前ですが、2024年1-2月の平均月収はこれより多いです。)。
3章で述べたとおり、人材難の中で事務所に来てくれる有資格の新卒なんて、実務未経験であったとしてもみんな喉から手が出るくらい欲しいです。それだけ希少性が高いのに、今、月給25万円程度で仕事をしてしまえば、後続する未来の新卒弁理士に対して失礼だと考えるからです。
また、ある程度の報酬をまともに新卒弁理士へ払えないような事務所は、それだけの報酬を支払うために必要な売上を上げられるような付加価値を顧客に提供できる能力がないことと等価であり、そのような早晩潰れる事務所から盗む技術もないからです。そのような事務所で二十代の貴重な時間を無駄にする必要はありません。
適正な報酬を提示してくれる事務所は必ずありますから、どうかたくさんの事務所をあたってみてください。
5. 在学中にやっておきたいこと
学生ってOB訪問や面接で「在学中にやっておいたほうがいいことってありますか?」と聞きがちですよね。私も同様の質問をしたことがあるので、進路の選択を前にして、少しでも足掻いておきたい気持ちがよくわかります。
では、知財業界に新卒で入りたい学生は何をやっておいたらよいのでしょうか。
もちろん、私が執筆しているnoteは在学中に弁理士試験合格を目指す学生向けなので、試験勉強をやるべきというのは当然なのですが、自分の学生生活を振り返って、学生のみなさんに恐縮ながらアドバイスしていきます。
5.1. 英語をやろう
どの業界を目指すにしても「英語は大事」というのは昔から言われていることですが、弁理士は特に英語ができると強いです。
殊に、実務未経験の新卒弁理士であれば、明細書作成の修行中の身であっても、英語のスキルを活かして外内案件で一定の稼ぎを確保できます。
選択免除のために応用情報をやるというならまだしも、知財管理技能検定とかITパスポートといった細々した資格を取るくらいだったら、英語をやっておいたほうが賢明です。
5.2. 大学の講義はちゃんと受けよう
自戒の念を込めて、僭越ながら大学の講義の重要性を声高々に強調したいと思います。
特に学部1-2年で習うような基礎的事項は実務でも普通に使います。そして、論文選択試験の試験内容はまさにこの範囲から出題されます。なんなら院試の範囲も被っています。
私は大学の講義をサボり続けていたので本当に後悔しています。
単位数やGPAなど気にせずに、少なくとも必修の講義は、しっかりと腰を据えて勉強しましょう。
5.3. レポートはしっかり書こう
よく理系は国語が苦手、と言いますが、弁理士は国語ができなければお話になりません。読む、書く、話す、全てできなければなりません。
書く技術は、とにかく実践を積めば誰でも向上します。その実践の機会として、日々の実験レポートはもちろんのこと、一般教養のリアクションペーパーであってもしっかりと書くことを意識づけましょう。
5.4. 実務を体験してみよう
学生は知財の仕事についてまったくと言っていいほど無知です。
正直言って知財の仕事は地味です。メインは代書業であり、向き不向きはあると思います。
試験に合格して弁理士になってみたけど仕事が肌に合わない、というミスマッチを少しでも防止するためにも、企業知財部のインターンか特許事務所のアルバイト・インターンに参加して実務に触れてみてください。いずれも、実施している企業・事務所は少ないですが、実りある経験になるはずです。
5.5. 学生生活を楽しもう
いろいろと偉そうなことを言いましたが、これが一番大事です。
学生のうちから弁理士を目指すというのは志が高くて、大変結構なことですが、試験勉強が大変だからといって友人や恋人付き合いを減らすのは悪手です。
なぜなら弁理士はサービス業だからです。
コミュニケーション力が重要です。
たしかに、客先にあまり出ない書き屋の弁理士というのも存在しますが、先述したように稼ぎたいのであれば、コミュ力に裏付けられた営業力こそ活きてきます。
試験勉強は過去問演習を積めばなんとかなりますが、コミュ力は一朝一夕には身につきません。
だからこそ、在学中にサークルや部活に入って人脈を広げたり、遊びに出かけたり、意味もなく飲み会でオールしたり、といったことを、試験勉強を言い訳に冷笑するのではなく、全力で楽しんで、他者との付き合い方に慣れておいてください。
また、みなさんの周りの級友は、近い将来多くがメーカーに就職するであろうから、まさにお客様になるかもしれない人たちです。大事にしましょう。
これは余談ですが、人生計画に同年代のパートナーと歩む道がある方は、在学中に相手を探さないと、知財業界は出会いが皆無です。
6. まとめ
知財業界への就活についてネットで調べていると、研究開発職経験がない知財部員は役に立たないだとか、事業会社に勤めず新卒で事務所に来る奴にロクなのはいないだとかぼやく業界人を見かけることも多いですが、ただの老害なので、学生のみなさんはこのような雑音は無視して、「知財、ちょっと興味あるな〜」という直感にしたがって就活に臨んでほしいです。
最後に、就活を取り巻く環境は目まぐるしく変わっていきます。このnoteもすぐに古い就活情報となるでしょう。ですから、「2024年の院生はこんなことを考えていた」程度の参考でとめていただくよう、お願いします。最新の情報は自らキャッチアップしていってください。こんな私でもよければ、新卒就活のご相談も受け付けておりますので、noteやX(旧Twitter)までご連絡ください。
おまけ
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