読書感想文の歴史と問題点:本を読んで成長した物語を書く作文【教育学】
夏休みの宿題の定番である読書感想文。意味がない・かえって読書が嫌いになるなど様々な批判を受けていますが、こうした批判は半世紀以上前からあります。
批判を受けながら、なぜ続いているのか。歴史を見ると、読書感想文は感想というより自分について書く作文であるといった特徴や、問題点が見えてきます。
1.1955年全国コンクールから広まった読書感想文
読書感想文は、1955年に現在も続く読書感想文全国コンクールが始まったのを機に広まりました。教員有志による団体である全国学校図書館協議会(SLA)が、青少年の良書に対する関心を高めることと、各学校の読書指導を促すことを目的に始めました(文献① p.31)。多数企業の支援を受け、運営ノウハウ面は自社で4年読書感想文コンクールを開いていた教育用図書取次メーカー日教販、資金や広報は第2回から主催に加わる毎日新聞社、賞品は電通などの協力を得ました(同 p.32)。後援を取り付けた文部省からも「国家的な事業であるから頑張れ」と激励を受けたと全国SLAは記しています(同 p.32)。組織力の充実もあり、読書感想文コンクールは急速に普及していきました。
とはいえ、いくら周知が徹底されても強制はできません。多くの教員がコンクールに賛同して参加した理由には、そこまでの教育の歴史が関わっています。
2.明治の作文教育 定型文ばかり
作文教育は1873(明治6)年、教科「作文」として始まりました。日本で学校制度が始まった明治時代、文章を書く学習は主に手本を真似するものでした(※1)。
まずは手紙文。当時は日常生活で手紙が多数使われていました。法事の招待、金を借りる文、友人の昇給を祝う文、氷屋の開店広告、競馬興行の口上など(文献② p.178)、おおよそ子どもが関わらないことを含めて様々な文章を書かせました。以下の通り、学校行事を案内する文も作文の題材となりました。
他には書類、出張届・開業届・養子届など(同 p.176)会社や行政手続きの書類も書かせました。実用的とも言えますが、子どもから遠すぎて実感ないまま書いていたものも多数あるでしょう。
他には説明文。事物について教科書的な記述を書きました。以下は小学2年生に書かせた猿の説明です。
そして漢作文。伝統的な漢詩を模倣した文章を書きます。しかし、以下のように花見で酒を飲むという、明らかに小学生の実感が伴わない模倣だけの文章が書かれました。
このような与えられた文章を書く作文教育は、大正時代に一変します。
3.大正の作文教育 綴方:子どもの生活体験物語
大正時代になると、子どもが自ら題材を選んで自由に文章を書かせる綴方(つづりかた、一教科名だった綴方と区別して"生活綴方"とも言われる)が広まりました。明治期の形式的で方言を排する作文指導に対して、綴方は子どもの言葉で「話すように」書く方針でした。以下のように、明治期と大きく異なった日記的な文章となりました。
「子どもらしい」「あるがままの」純粋な文章を求める風潮は、自由を求める大正時代の流れもあって支持されましたが、逆に理想像を押し付けている童心主義と後に批判されました(文献⑥)。
児童文学雑誌『赤い鳥』(1918-36)など全国雑誌に子どもの作品が掲載され、多くの読者を獲得しました。作品が広まるあまり、悪口を書かれた人が作品を書いた子どもの親や教師に怒鳴り込んでくる事態まで生じました(文献④)。
綴方は戦中には規制され、国に奉仕する気持ちを書かせるものとなりました。
4.戦後の作文教育 生活体験から読書体験へ
戦後も綴方は『山びこ学校』(1951年)を代表に展開されますが、多くの学校では、学校行事についての作文と読書感想文が主となります。子どもの家庭生活には大きな差異があり、その都度個別に指導を考える必要があるなど、綴方は指導が大変です。児童数も多かったので、扱いきれないという面もあったでしょう。また、クレームのリスクもあります。知られたくないことが子どもを通して地域に広まった、教師の責任だ、と。
しかし、学校行事や本ならば、家庭背景や地域性(※2)を問わず平等に体験でき、題材も明確で指導しやすいです。こうした理由から、行事の作文や読書感動文は広まったと考えられます(文献④)。
こうした経緯もあって、読書感想文は単なる感想ではなく、読書を自分の生活体験と結びつけて成長した物語を書くことが好まれます。例えば、以下は1961年の作文教育を論じた本で、読書感想文指導の項のまとめに記された文ですが、いかにも綴方的な考え方で書かれています。
他にも、読書体験を通して「自分の心を磨くことができる」(文献⑧p.7)として感銘を得るような読書の記録が読書感想文という解説もあります。
感想文と銘打ちながら、単に感想を書くのではなく、本に感銘を受けた成長物語が良いとされます。もちろん、教員個人ごとに指導や評価は大きく異なりますが、コンクールにはその傾向があります(※3)。その異様さには、昔から批判が多数ありました。
5.「読書感動文」だけが感想ではない
読書をした感想には、当然批判や疑問もあります。面白いと思っても、感銘や成長とまで言えるものになることは稀です。しかし、読書感想文は単なる感想ではなく、極めて規範的な性格の「読書感動文」である、読書感想文を解説した書籍やコンクールを考察した田中(2007)はこう表現しています(文献⑨)。
こうした感銘を受けなければならない(少なくとも本に否定的ではいけない)、読書を通して成長するという読書感想文独特の価値観に対する批判は昔からあります。以下は、全国コンクールが始まってまだ間もない1957年に書かれた、読書感想文の問題点です。
「感動文」であるべきという規範が、有意義な疑問を含んだ感想を封じ込めたり、「自分は読書に向いていない」と思わせたりしては本末転倒です。
6.本という縛り:物語の媒体は多様
読書感想文では、物語でも論説でも随筆でも詩集でも、本であれば対象です。ただし、雑誌などは対象になりません(※4)。
その理由は、読書とは何かという価値観も関わりますが、活字出版の振興という側面は大きいです。全国コンクールでは、1962年から課題図書部門が追加されており、その意義を以下のように記しています。
課題図書に選ばれると、出版社にとっては大きな売上となります(文献⑫ p.28)。実際、本の売上を出す策の一環だからとしか説明できない決まりが、全国コンクールHPのQ&Aにあります。
内容ではなく本という媒体にこだわっている、それは出版振興の側面があるからと言えます。全国コンクールでは2024年現在電子書籍もNGとされています(文献⑬)。
しかし、様々な表現媒体のある現在、一冊の本という形式にこだわることは教育上もったいないように思います。すでに2007年には「インターネットを中心にネットワークの発達した高度情報化社会の現代にあって、『一冊の本』というありかたが解体しつつある」中、こだわる意義がどこまであるのかと指摘されています(文献⑨ p.35)。
感想文は読書に限ったものではありません(※5)。例えば物語をじっくり見てほしい、深く考えてほしいなら、マンガ・映画・ゲームなども良い物語が沢山あります。私自身、定期的にゲームのストーリーの感想を書いていますが、ゲームの物語を通した体験や思考は決して本より劣っていないと実感しています。普段から触れている媒体で何気なく見ていたものを、自分はどう感じたのか改めて考えて言葉にしてみる、そうして得られる経験は「読書感想文を書くためだけに読んだ本」からより大きなものになると思います。
何を考えさせたいのか、何が効果的か、今までの形式だけにこだわらず読書感想文のあり方を見直す動きが広まればいいなと思います。
【注釈】
※1 明治期の作文教育は範文模倣を主としていたが、当時も必ずしも模倣のみで良いと捉えられていたわけではなく、小学生の作文教育に対しては漢詩文を原典とする高尚な表現を避ける、型を用いながらも子ども個々の表現ができる余地を残すなど、児童が考えながら書く力をつけることを模索する試みもあった(文献⑭)。ただ、いずれにしても大正新教育以降の児童を中心とした綴方作文とは全く異なることは確かである。
※2 以下のように、都市化により生活体験・共通体験が不足しているので、読書による共通体験が必要だという論考もあった。
※3 読書感想文コンクールは「良い感想文」「そうでない感想文」というランク付けをする権威ともいえる(文献⑯)。
※4 一般にNGの代表格とされるマンガは、2024年現在HPによると全国コンクールには応募可能とみられる。ただし、教員に受け入れられるとは限らない。
※5 炭谷(1979)は「読書感想文の問題」という論文の中で、冒頭の「読書感想文」の語にいきなり注を付け、以下のように記している。
【参考文献】
①汐木孝吉「読書感想文コンクールについて」全国学校図書館協議会編『小学校読書指導実践講座 第4』pp.31-63、明治図書、1958年
②高橋弘「明治十年頃の岐阜県における小学校作文教育の一実態」『聖徳学園岐阜教育大学紀要』35、pp. 165–184、1998年
③高橋弘「明治三十年代前半の岐阜県における作文教育の一実態」『聖徳学園岐阜教育大学国語国文学』17、pp. 20–43、1998年
④斎藤美奈子『文章読本さん江』筑摩書房、2002年
⑤田中礼子「(2) 芦田恵之助の綴方教育実践について: 大正期を中心として」『日本の教育史学』3、pp. 27–48、1960年
⑥元森絵里子「近代日本における 『子ども』 の成立と教育の自律化 ―戦前期綴方教育論の分析から―」『教育社会学研究』83、pp. 45–63、2008年
⑦滑川道夫『作文教育』牧書店、1961年
⑧松尾弥太郎編『読書感想文指導の実際』共文社、1968年
⑨田中俊弥「制度としての『読書感動文』」『月刊国語教育研究』428、pp.32-35、2007年
⑩森久保仙太郎『読書指導99の相談:教師のための相談選書 第11』明治図書、1957年
⑪全国学校図書館協議会読書感想文コンクール委員会「青少年読書感想文全国コンクールの「課題図書」について:その設定の経過と選定方法」『学校図書館』412、pp.46-50、1985年
⑫ず・ぼん編集委員会『ず・ぼん 12: 偕成社と児童書出版/図書館のコンピュータシステム』ポット出版、2006年
⑬読書感想文全国コンクール公式サイト「感想文Q&A」:https://www.dokusyokansoubun.jp/qa.html (参照 2024年7月13日).
⑭鈴木貴史「作文教育における範文模倣期の再検討:填字法に着目して」『人文科教育研究』48、pp. 93–105、2021年
⑮斎藤はるみ『読書感想文の指導』共文社、1965年
⑯安藤美紀夫「読書感想文是か非か:感想文がなぜ問題になるか」『学校図書館』289、pp.51-54、1974年
⑰炭谷哲夫「読書感想文の問題:読みかきを結ぶもの」『人文科教育研究』6、pp. 20–26、1979年
◆井上不鳴編『小学作文階梯 : 初等科 巻5』竹林堂、1885年
★過去の教育学解説「学校で教えない教育のこと」はこちら
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