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すぅぱぁ・ほろう(9)

次の日、学校で神川とおるとは何度か会話をしたが嶺前塚の話はしなかった。
彼が気を使っていたのかもしれないし、僕がその話題を出さなかったからかもしれない。
誰かが先に鬼の首を掘り返していた可能性は否定できないが、もしそうだったとしても何が出来ようか。
「鬼の首が盗まれました」と交番に届けたところで警察が動いてくれるとは到底思えない。

昨晩、父に「封印していた鬼の首が盗まれたらどうなるか」と聞いたが、わからないと言われた。
浄山上人の残した和紙にもそのような時の対処法は書いてないらしい。
そもそも件の文書は鬼を退治して封印する手順であって、まさに鬼が実体化するまではどうしようもないのだ。
ただ一つだけ確かな事がある。
鬼の首の封印は既にとかれてしまっているのだ。

学校が終わり、バイト先に向かった。
出勤表を見ると、今日は佐々木が同じシフトで出勤しているようだった。
作業着に着替えるとすぐに野菜の荷下ろしが始まった。
佐々木も一緒に作業をしていたので荷下ろしが終わったら嶺前塚について少し聞いてみようと思っていたが、声を掛けようとしたらすぐに精肉コーナーの調理室に入っていってしまった。
避けられているのだろうか。
いや考え過ぎか。

しおり・クヒナとも何度か会話した。
もしや、と思っていたが相変わらず彼女の頭は無かった。
妙にほっとした。

伊東のぞみは研修も終わりレジ担当になっていた。
レジの操作はまだおぼつかない様子だったが、その分笑顔の対応がとても良い。
僕にはレジは打てても、あの笑顔は出来ない。

品出しの作業がひと段落ついて事務室でお茶を飲んでいた時だ。
ちょうど伊東のぞみがレジの交代時間で事務室にやってきた。
「あ、滝山さん、お疲れさまです」
僕を見つけると彼女は笑顔で挨拶してきた。
「お疲れさまです。でも“滝山さん”はもうやめてくださいよ」
またしても僕は照れ笑いをした。
彼女は「すいません」と言いながら、ふふふと笑った。
「伊東さん、レジ担当になったんですね?」
「はい、昨日からレジをする事になったんです。あまり機械は得意じゃないんで大変です」
そう言って彼女はまた笑った。
彼女も水筒を持参してきたようだ。
「そういえば、佐々木さんに声を掛けようとしたんですけど何か忙しそうで」
僕は苦笑いをしながら言った。
「嶺前塚の件ですか?」
「それです」
「そうですかぁ、タイミングが合わないのかなぁ。そうだ、嶺前塚には行ってみましたか?」
彼女は興味深々の様子で聞いてきた。
「はい、昨日ちょっと行って見ました」
「わぁー、何か発見出来ましたか?」
伊東のぞみの顔がぱぁっと明るくなった。
「いえ、全然でした」
嘘だ。
「そうでしたか」
彼女は少しがっかりしたような表情をした。
「ほんと、幽霊でも見つけられれば良かったんですけどね」
冗談を言って僕は笑った。
彼女もつられて笑ってくれた。

「のぞみちゃーん」
事務室のドアが開いてパートのおばちゃんが顔を出した。
「少し混んできたから、3番のレジお願いねぇ」
「わかりました、すぐ行きます」
彼女は水筒の蓋をキュっと閉めた。
「じゃあ、行ってきますね」
笑顔で事務室を出て行った。
僕も笑って見送った。

嘘だ。
何も無かったわけないじゃないか。
嶺前塚で浄山上人の和紙に書かれてあった通り石箱を見つけたし、でも石箱に入っているはずの鬼の首が無かったじゃないか。
もし、佐々木や伊東に「すでに大学で発掘調査をした」と言われたらどんなに心が休まるだろうか。

休憩を終えて次の品出しを始めた。
ふと食肉コーナーの方を見ると、佐々木としおり・クヒナが話をしていた。
佐々木もしおり・クヒナと同じくらい背が高かった。
しおり・クヒナの見えない頭部越しに見る佐々木はとても疲れた顔をしていた。
何かトラブルでもあったのか、それともデートに誘って断られたのかな、そう思った。
見ていてとても痛々しい。
あまり見ないようにしておこう、そう思って商品棚に視線を戻そうとした時だった。
「あれ?」
今、佐々木と目が合ったような気がした。
しおり・クヒナの頭部に隠れているから、あちらからはこっちは見えないはずなのに。
気のせいか?

結局その日は、佐々木と話すことは出来なかった。

次の日の朝。
朝食をとっている時に、町内で交通事故があったとのニュースが流れた。
食事中にテレビをつけているなんて珍しいと思った。
「昨夜23過ぎ、42歳の男性が車にはねられて死亡」
事故現場は南浄山駅の近くだと聞いて、妙な胸騒ぎがした。
「嫌ねぇ。先週も川で溺れた子が出たばっかりなのに」
母がごはんをよそいながら言った。

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