耳に囁くもの
「ひでぇなぁ、ボコボコにされて今にも倒れそうな顔をしているぜ」
急いで洗面所に行き鏡を覗いたが、そうはなっていなかった。
「そっちじゃない。ちゃんと自分が見えてるか?」
うしろを振り向く。
「そうそう」
思わず膝から崩れ落ち、両手で顔を触る。
「な?」
ああ、自分で殴ってたんだ。
「それは内界的なものであり、鏡には映らないものさ」
触っていた顔から皮膚の様な、もっと硬いものが剥がれるような感覚があった。
「誰しもが外ヅラという仮面をしている」
剥がれたものが床に落ちた。
「彼は、人間の精神がその自己破壊に直面したときの反応を知りたかった、とも言ったがね」
恐る恐る触った。それは仮面の様なものだった。
「声高々に【自己責任】と唱える奴は、立派な身なりをしているが、口から出るのはケツから出るのにひどく似ている」
落ちた仮面を手に取る。
「その反対に、他人を批判する勇気のない者は、自分自身を殴るのさ」
これがペルソナと云うモノか。
「もっとも、彼も心理には詳しかったが倫理には欠けていたがね」
ふふふ、とせせら笑いが聞こえた気がした。
「ところで、なぜ最後の1万円を突っ込んだんだ?」
財布の中身は見なくてもわかる。
「おまえを責めたくて言っているわけじゃない。誰しもカッとなる時はある」
あの時は取り返せると思ってた。今は後悔しかない。
「まぁいい。最後に言っておくが、別に彼を侮辱しているわけじゃないんだからね」
彼って、誰だ?
おしまい
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